十九話 笑い合う
ヴァイスへの対処も考えなければならないが、差し当たっては今何をするかだ。
【底都テイヘーン】は、都と名付けられているように、コモンステラでは最大規模の都市になる。規模に比例するように店やクエストも多い。
最も重要なのは、ここには宇宙船の発着場があることだ。宇宙船に乗ればコモンステラから脱出できる。
つまり、【底都テイヘーン】の中で百万スターを稼げば、ヴァイスから逃げて次の星へと行ける。
「フィールドに出たらPKされるから、【底都テイヘーン】で完結できるクエストを受けて金を稼げばいいのか」
「理論上は可能ですね」
タゴサクの意見に対し、イアは曖昧な返事をした。
理論上は可能、すなわち現実的ではないと言いたいのだろう。
「無理なのか? 大きな都市ならクエストも多いだろ?」
「多いですよ。罠もありますけど、普通のクエストもあります。普通のクエストを受けてお金を貯めることもできます。ただ、効率がいまいちでして。コモンステラは貧乏な星ですから、NPCも貧乏なんです。お金持ちもいますけど少ないです。必然的にクエスト報酬も安く設定されていますし、モンスターを倒す方が効率いいです」
「贅沢は言ってられないし、地道に稼げばどうだ?」
「一日中クエストに精を出して、せいぜい一万スターですけど」
想像していた以上に安い報酬だった。
一日で一万スターなら、最短でも百日かかる計算になる。学校が始まればゲームをする時間も少なくなるし、百日では終わるまい。倍はかかりそうだ。
「この辺のモンスターと戦えば、一日で十万スターは稼げます。PKされなければの話ですけど」
「計算おかしくない?」
疑問の声を上げたのはソーニャだ。
「イアは、十日でコモンステラを脱出したんでしょ? どうやって貯めたの?」
「一日十万なら、十日で百万だ。どこがおかしい?」
「お兄ちゃんのは単純計算でしょ。イアは四月から始めたんだし、学校に通いながらゲームしてたのよ。平日に何時間プレイしたか知らないけど、どうやったら一日十万も貯められるの?」
ソーニャの言葉に納得した。確かにその通りだ。
「二つ方法があるの。一つは、もっと強いモンスターが出現する場所に行くこと。五日でコモンステラを脱出しようって話したけど、三人なら強いモンスターとも戦えると思ったからだね。ソロじゃ厳しいけど」
「てことは、イアがやったのはもう一つの方法?」
「そうだよ。【底都テイヘーン】で受けられるクエストに、クリア報酬が高額なやつもあるの。お金持ちのNPCがいて、そういう人たちから受けるクエストは報酬もよくなってる。十万スターから、最大で百万スター」
「何それ! 早く言ってよ!」
目標額が一発で稼げるクエストに、ソーニャは目の色を変えた。
タゴサクもぜひやりたいと思ったが、イアだけは乗り気ではない。
「報酬がいいクエストは、一癖も二癖もあるんだよ。簡単にクリアできないようになってる。わたしは、五十万スターもらえるクエストをクリアできたけど、運がよかったんだよね」
「卑怯なのは承知で言うが、イアがクリアしたクエストのやり方を俺たちに教えてくれるとか?」
「やり方を教えてクリアできるタイプのクエストじゃないんです。一応言っておきますと、わたしが受けたのはナンパ退治です」
「およおよ? 美少女ちゃんが俺を呼ぶ声がするぞ?」
イアの言葉に反応したのは、ゴールデンウィーク二日目に出会ったナンパだ。
「ヤッホヤッホ、おひさー。見知った顔があるから挨拶挨拶って思えば、イアちゃんが俺の名前を呼ぶんだもんなあ。ビックリビックリ」
「久しぶり。俺たちはナンパがいることに気付かなかった。悪い」
「気にしない気にしない。それより、イアちゃんが俺を呼ぶなんてどったの?」
「すみません、ナンパ違いです。わたしが言ったのは、クエストで倒すことになるNPCのナンパでして」
「納得納得。だから『ナンパ退治』ね。一瞬、俺を退治するのかと思ったよ。てかてか、俺もナンパでナンパする人間もナンパでややこしいわい! なははは!」
ナンパは今日もハイテンションだった。
こうして話すのは二度目なのに、昔からの友人のように溶け込んで会話に入ってくる。恐ろしいまでの社交性だ。
「ナンパ退治となると、高額報酬がもらえるやつ? 受けるの受けるの?」
「イアは難しいって言ってる」
ナンパの登場で話が逸れたが、改めてイアが説明してくれる。
五十万スターをもらえるクエストとは、ナンパ男退治だ。一日に一度だけ受けられる。
NPCに話を聞きに行くと、「若い娘に声をかけ、連れて行こうとする不埒な男がいる。うちにも娘がいるから心配だ」のような情報を教えてもらえる。
ゲームに慣れている人であれば、この情報だけで先の展開が読めるだろう。
男に絡まれる娘に出会い、助ける展開になると言っているわけだ。
実際、特定の時間になると、想像通りの場面に出くわす。NPCの若い男女が揉めているのだ。
あとは、不埒者から女性を助け出せばいい。
通常時は、NPCを攻撃してもダメージ判定がない仕様だ。
クエストの対象となるNPCには、ダメージを与えられる。
プレイヤーはNPCを倒せばいいと安直に考えるが、ここに罠が潜んでいる。
「アタリの場所とハズレの場所があるんです。アタリにいるのは情報にある不埒な男ですけど、ハズレにいるのはカップルだったり兄妹だったりします。ハズレの方は善良なNPCですから、攻撃しちゃダメです。間違って攻撃すれば、クエスト失敗の上に賠償金として所持金の九割を没収されます」
「なんつうゲームだ」
「人気のクエストなんですよ。多くのプレイヤーが同時に受けます。NPCが出現する時間帯は決まっていますし、それまではモンスターと戦ったりすればいいわけで、時間を有効活用できます。普通に遊んでいて、クエストの時間になればアタリを探して【底都テイヘーン】を駆け回ります。先を越されればクエスト失敗です。アタリハズレの場所はランダムですし、運が関係します」
だから、やり方が分かっていてもクリアできるとは限らない。ギャンブル要素の強いクエストだ。
プレイヤーが何人参加しているかにもよるが、アタリを引く確率は高くない。
毎日受け続けていれば、いつかはアタリを引けるだろうが、何日かかるやら。
「やるだけやってみないか?」
「わたしは構いませんけど、クリアできる確率は低いですよ?」
「失敗してもいいじゃないか。ゲームなんだし、イベントを楽しめばいい。俺ら三人はバラバラになって、誰がアタリを引くか競争するとかさ」
「面白そうね。私はお兄ちゃんに賛成。毎日のようにPKPKって殺伐としてるから、たまにはお祭り騒ぎみたいなことをして楽しまなきゃ」
お祭り騒ぎにしては殺伐としたクエストだが、それを言う必要はない。楽しめればいいのだ。
「イア、クエストを受けられる場所に案内してくれるか?」
「いいですよ。こっちです」
タゴサクたちが歩き始めると、なぜか後ろをついてくる人物が一人。
「ナンパは何をしてるんだ?」
「タゴサク、つれないつれない! 俺のこと忘れないで! 俺も一緒にクエストやりたい!」
「報酬は五十万スターしかないのに? レベル400オーバーのプレイヤーが必要とする金額には思えないが」
「お金じゃないの。友達と一緒に遊んでもいいじゃんいいじゃん」
断ることでもないので、ナンパも同行する運びとなった。
レベル差があるためパーティーは組めないが、今回はバラバラになって競争するのだからレベルは関係ない。四人でクエストを受けに行く。
クエストは受けられたが、NPCが出現するのは夕方頃だ。今はまだ午前中なので、約六時間後になる。
時間までは、【底都テイヘーン】を散策したりよさげなクエストを受けてみたりしながら時間を潰す。
そして時間になり、クエスト開始だ。
タゴサクは頑張ったが、結果は。
「なんでナンパが」
「なははは! 当たっちゃったね!」
見事アタリを引き当て、報酬の五十万スターを手にしたのはナンパだ。
金を欲しがるプレイヤーではなく、遊び目的で参加したナンパがかっさらっていく結果になった。
「これが俗に言う物欲センサーか?」
ゲームにおいて、欲しいと思ったアイテムほど出辛くなる不可思議な現象だ。逆に、欲しいと思わない時はあっさり出たりする。
無欲の勝利と言えるが、どうにも納得がいかない。
「まあ、クエスト自体は楽しめたからいいか。ソーニャとイアは、どんなNPCに出会った? 俺なんか、絶対にアタリだと思ったんだよ」
タゴサクが見つけたのは、それはそれは凶悪な人相をした男と、幼く可憐な美少女だった。
外見だけで判断するなら、まず間違いなくアタリである。凶悪犯罪者の魔の手が少女に迫る寸前としか見えない。
男性の言動も、いかにも悪人然としていた。タゴサクを口汚く罵倒したり、少女の腕を強引に引っ張ったりと怪しさ満点だ。
ところが、二人は実の兄妹だった。
タゴサクを罵倒したのは、怪しい男から妹を守るためだ。少女の腕を引っ張ったのも同様で、自分の傍に引き寄せようとした。
じっくりと話を聞かなければ、確実に攻撃していたと言える。
「いくらゲームだからって、あれはないだろ。見た目からじゃ血のつながりがあるなんて絶対に分からない。似てないにもほどがある。遺伝子はどうなってんだよ」
「私の方は、男が女に怒鳴ってたわね。女が泣いてたから勘違いしそうになったわよ。本当は、悪いのは女で、男を次々と騙す悪女だってさ。涙も演技」
「わたしは比較的分かりやすかったですね。軽薄な外見の男性と、地味で大人しい女の子がいて、カップルでした」
三人とも、自分たちが出会ったNPCについて報告し、盛り上がる。
プレイヤーにわざと誤解させ、善良なNPCを攻撃させて賠償金を支払わせようとする悪意が透けて見えた。酷いゲームだ。
という感じで、SOSへの悪口大会になった。
「俺も俺も、昔このクエストを受けたんだけどさ」
ナンパも過去に出会ったNPCのことを話してくれた。
いささかおかしな話題ではあるが、四人で笑い合う。これぞMMORPGの醍醐味といったところだ。
しかし、それを許さない者がいる。
夕暮れの都市にて、幽鬼のようにゆらりと現れたのは、タゴサクたちを執拗にPKしているプレイヤー。
「ヴァイス……」
白弓のヴァイスだった。




