二十話 リア充と非リア充
「相変わらずコダっているな。しかも、珍しいプレイヤーまで一緒だ」
タゴサクたちの前に現れたヴァイスは、忌々しげに口を開いた。
「三人では僕に勝てないからと、上級者を用心棒にしたのか。コダるプレイヤーらしい行動だな。臆病者であり、卑怯者だ」
三人では勝てないから仲間を増やしたと考えるだけなら分かるが、ナンパを指して「上級者」と言い切った。
ナンパも白に気を付けろと忠告してくれたし、二人は知り合いのようだ。
「ヤッホヤッホ、ヴァイス。そっちも相変わらずだね」
「馴れ馴れしく名前を呼ばないでもらいたい。上級者だろうと誰だろうと、コダる者は許さない」
「友達と一緒にいるだけじゃん」
「ならば、SOSから去ればいい。SOSはソロで遊ぶゲームだ」
「パーティー禁止じゃないよ」
「禁止されていなければ何をしてもいいと? 身勝手な言い分だな」
二人の会話は平行線だ。
討論するのは構わないが、タゴサクたちを忘れてもらっては困る。
「んで、ヴァイスは俺たちをPKしにきたのか? 町中じゃ戦闘はできないぞ?」
少し前までは丁寧な言葉遣いにしていたが、今はタメ口だ。こちらの方が話しやすいし、本人の了承を得たわけではないが勝手に変えさせてもらった。
「ここで戦えないのなら、外に引っ張り出す。僕のステータスなら可能になる」
「そういう手があるのか。初めて知った。教えてくれたのは脅し?」
今日一日、タゴサクたちは【底都テイヘーン】から外に出なかった。外に出ずに済むクエストを受け、遊んでいた。
同じ真似を続けられては困ると考えたため、安全地帯など存在しないと告げたのではないか。
タゴサクはそう考えて質問したが、ヴァイスは心外そうな顔になった。
「僕は、別に……」
「脅しのつもりじゃなかったのか。失礼なこと言ったな。ごめん」
「タゴサクタゴサク。ヴァイスはコミュニケーションが苦手なんだよ。自分の言葉がどう受け止められるか、相手の言葉にどんな裏があるか、難しく考え過ぎるタイプだね。ナイーブとも言える。繊細で傷つきやすいの」
「勝手なことを言うな! お前が僕の何を知っている!」
ヴァイスは反論するが、痛いところを突かれたから動揺しているようにしか見えない。ナンパの言葉は、あながち間違いではないと感じた。
「もしかして、私が『変態野郎』って言ったのもまずかった? エッチなことをする気はなかったの?」
「わたしも、『鬼畜』とか『鬼畜生』とか言っちゃいました」
ソーニャは、白く濁った粘性の液体をぶっかけられて文句を言った。
イアは、可愛い猫を潰す状況になったことを怒った。
どちらもヴァイスを傷つけていたのかもしれない。
二人はそろって謝罪した。ごめんなさいと。
「謝罪しても無駄だ。僕はコダるプレイヤーを逃がさない」
「逃がしてもらうために謝ったんじゃないんだけどね」
「失礼なことを言ったと思ったからです。ソーニャちゃんはまだしも、わたしは酷かったですよね。誰に聞いてもわたしが悪いって答えます」
ソーニャもイアも、悪いと思ったから謝罪した。裏などない。
それは、二人と親しいタゴサクだから分かる。ヴァイスには伝わらない。
「嘘だ。被害者でいたいのだろう? 謝罪している相手をPKすれば、僕が悪者になり、そちらは被害者になる」
「アキオーダックやグレスとは別の意味で面倒な奴だな。ちょっと外に行くぞ。二人で話したいことがある。ソーニャとイアは留守番な。ナンパは二人を見ていて欲しい」
「俺はいいけどいいけど」
「お兄ちゃんが仕切らないでよ」
「頼む」
「……シリアスなのは似合わないからね。とっとと済ませて、いつも通りの変態顔をしてて」
「わたしは、真面目なサクさんがいいと思います。異性として好きじゃありませんよ。エッチなのよりは真面目な方がいいってだけです」
ソーニャをなんとか説得し、イアの余計な一言も聞いて、タゴサク一人で話すことになった。
「てなわけだ。行こう。ヴァイスのレベルは知らないが、ナンパが相手じゃ分が悪いだろ。俺一人になってやる。信じてもらえないだろうが、嘘じゃないからな」
「分かった」
ヴァイスも承諾してくれ、フィールドに出るために歩く。
ヴァイスは何も語らないため、タゴサクから話しかける。
「俺さ、すっげえ贅沢なんだよな。現実だと裕福な家庭の子供だ」
「何を?」
「まあ聞いてくれ。自慢話に聞こえるかもしれんが」
現実のタゴサク、すなわち御堂空の家は金持ちだ。昔から金銭面で不自由した経験はない。欲しい物があればなんでも買ってもらえた。
旅行にも連れて行ってもらえた。両親の仕事が忙しいせいで頻繁には無理だが、今でも年に一度は旅行している。今年の正月は海外旅行をした。
小遣いも十二分に与えられている。SOSを始めようとなった時、五万円もするVRゲームデバイスをポンと買えるほどには。
「生意気だが可愛い妹もいる。年頃なのに、一緒にゲームで遊んでくれる。俺が変態的な発言をしても、文句を言いつつ嫌わないでいてくれる」
本人の前では言えないが、双那が妹でよかったと思う。妹が大好きだ。
「俺の容姿は整ってる方だ。彼女はいないし童貞だが、これは性格のせいで、不細工だからじゃない。それなりの格好をして真面目な態度を取ってれば、結構見られる顔なんだぞ」
高校のクラスでは上位に位置するだろう。
SOSで何人もの男性プレイヤーと出会ったが、容姿で敗北したと感じる相手はいない。ナンパで互角といったところだ。
「学校の友達にも恵まれてる。俺は変態だが、ありがたいことに友達は多い。男子も女子も。嫌いな奴やウマの合わない奴はいるぞ。いるが、いじめられてるとか無視されてるとかじゃない」
勉強は楽しくないが、友達と会えるので学校は好きだ。登校拒否になっている子供に比べれば恵まれている。
「成績はまずまず優秀だし、スポーツも得意だ。中学時代はバスケ部のレギュラーで全国に行った。背が高いから有利だったんだよ。百八十五センチある」
高校では帰宅部だが、怪我や故障で引退を余儀なくされたのではない。バスケも楽しいが、遊びたかったから帰宅部になった。
続けたくても続けられない人がいるのに、贅沢な話だ。
「俺はすげえ贅沢だ。今までも、多分これからも」
大学生になれば一人暮らしをしてみたいと考えている。両親にも話したが認めてくれた。あとは受験に合格するだけだ。
一人暮らしで自立するのではない。マンションの家賃や生活費、大学の授業料、さらには遊興費までも両親に出してもらう。アルバイトをしてもいいが、しなくても全然問題ない。必要な分は両親からもらえる。
学生であることを理由に、親のすねをかじる。アルバイトや奨学金で大学に通っている人も多いだろうに、甘い考えだ。
「俺はこんな人間だ。彼女がいない点を除けばリア充だな。リア充だから、非リア充の気持ちなんか理解できない」
「……僕が、非リア充だと?」
「間違ってたらごめん。ヴァイスを見てると、それっぽいと思った」
ヴァイスは、タゴサクとはまるで違う人間だ。
容姿が整っているとは言えない。痩せこけた頬や落ちくぼんだ目、病的なまでに白い肌などが合わさり、死人のように不気味だ。
彼女がいるとも思えない。いれば、せっかくのゴールデンウィークにゲームでPKばかりしない。現実で彼女とデートでもしている。
ナンパ曰く、ヴァイスはコミュニケーションが苦手な人間らしいが、タゴサクも同様に考えた。コミュニケーションができずに苦しいからこそ、ソロ前提のSOSをプレイしていると。
実家のことは分からないが、総合的に考えればタゴサクの方がリア充であろう。
妹のソーニャもリア充だし、イアはあれだけ可愛いのだから充実していないはずがない。三人とも、実に恵まれた人間だ。
「俺はヴァイスの気持ちが理解できない。だから全部推測になる。リア充三人が一緒にいれば、気分悪いんじゃないか? リア充たちに見下され、踏みにじられてると感じないか? 『俺たちゃ美男美女同士で楽しくやってるぜ。お前と違ってな』みたいな副音声が聞こえてこないか?」
ヴァイスは答えないが、構わずに続ける。
「ムカつくよな。リア充を否定したいと考えて当然だが、現実じゃ難しい。リア充を否定したところで、非リア充の嫉妬としか思われない」
リア充の仲間入りはできず、表立って否定もできない。
できるのは、心の中で罵倒する程度だ。
「SOSは違う。コダる奴らってことで堂々と否定できる。ソロである自分が正しいと主張できる。現実では晴らせない鬱憤をゲームにぶつけられる。一人用のゲームじゃできないことで、SOSでのみ可能だ」
「まるで読心術者のように語っているな。ナンパもそうだが、僕の何を知っているというのだ」
「何も知らないし、推測だって言っただろ。ヴァイスが、どうしてコダるプレイヤーを嫌うのかを考えていくと、この推測にたどり着いたんだよ」
「その推測が正しいとして、ならばどうする? 僕を否定するか?」
「いいや。ヴァイスが何を考えていようと、俺には関係ないってのが正直な気持ちだ」
タゴサクは、そこまでお節介ではない。どちらが正しく、どちらが間違っているかを論じるつもりもない。
裕福な人間が偉そうに説教をかましても、心には響かないという話もある。
「好きにすればいいと思ってる。ゲームの遊び方は自由なはずだ。俺はヴァイスを否定しない。だが、俺が否定されても聞いてやらない」
SOSには、タゴサクたちはいてはいけないと思った。引退も頭をよぎった。
だが、いい加減考えるのに疲れたのだ。
タゴサクの頭は、小難しいことを考えるのに向かない。スケベな妄想なら大得意だが。
「俺たちはコダるプレイヤーだ。ソロでしか遊べない人が集まる楽園に、土足で踏み込む無神経な人間だ。開き直ってやるさ」
話しているうちに、いつの間にかフィールドに出ていた。
時刻は逢魔が時。魔物に遭遇するとされる時間帯だ。
紫の空のせいで、紅の夕焼けが見えないのは残念だが、戦いの場としてはふさわしいと思う。
「さあ、戦おうか」
ヴァイスに向き直り、タゴサクは剣を構える。
「正気とは思えんな。初心者が僕に勝てる可能性はゼロだ。この数日で身に染みたかと思ったが、まだ分からないのか」
「話し合いに応じてくれるならありがたいが、無理だろ?」
「無理だな」
「それに、策もなしにタイマンすると思うか? 秘策があるかもしれないぞ」
「ハッタリだ。新しいスキルを一つや二つ覚えていたとしても、レベル差は埋められない。この際教えておくが、僕はレベル320だ」
ナンパには劣るも、かなりの高レベルだ。コモンステラにいるべきプレイヤーではないし、初心者が戦うべき相手でもない。
秘策なんてものもなく、嫌になるほど無謀な行動と言える。
「俺はレベル41だ。八倍近い差があるな」
「愚かな。ご都合主義のマンガではあるまいし、これだけの差があれば絶対に勝てないというのに」
ヴァイスも白い弓を構えた。
遥か格上のプレイヤーとの戦いが始まる。




