十八話 正反対の価値観
翌日からは、ヴァイスの執拗なPKの餌食になる。ゴールデンウィーク六日目、七日目と二日間で、繰り返しPKされた。
ヴァイスに襲われない時はモンスターと戦えている。新しい町にも行ったし、クエストを受けてスキルを覚えた。
レベルだって上がっている。タゴサクとソーニャはレベル40を超え、イアも地味に上がりレベル67だ。
通常なら、コモンステラの脱出まであと一歩であろう。
PKさえされなければ。
PKによりアイテムや金を失うせいで、目標額の遠いこと遠いこと。コモンステラ脱出に必要な百万スターなど、到底貯められる気がしない。
かといって、ヴァイスには勝てない。勝ち負け以前の問題で、毎度毎度一方的に虐殺されているだけだ。
ゴールデンウィーク八日目。タゴサクたち三人は、【底都テイヘーン】という都市で集まり話し合いをする。
「あんにゃろう……ゲームを続けられなくするって大げさじゃないな。ここまでしつこいとは思わなかった」
「イアだけでも上の星に行く? アイテムで移動できるんでしょ?」
「できるよ。何度もPKされて色々となくしちゃったし、正直逃げたい気持ちはある。せっかく集めたアイテムが……お金が……」
逃げたい気持ちがあると言っているイアには同意したい。
タゴサクも、ソーニャのそっくりさんの件はなかったことにして、ゲームをやめたくなっている。
「私、偽物のことは諦めようかなって思い始めてる。ムキになるようなことでもないかなって」
ソーニャも諦めムードだ。PKの暴力に屈したくないという理由でパーティーの解散を嫌がったが、そのソーニャですらだ。
ゴールデンウィークも今日と明日で終わる。これを機にSOSを引退し、タゴサクは受験勉強に集中すればいい。
元より期間限定の予定だった。引退する時期としてはちょどいい区切りになる。
簡単な話だ。誰かに強要されているわけでもなし、毎日のようにPKされて嫌な思いをするのに、我慢してまで続ける必要などない。
そもそもの話、ゲームなんて所詮は遊びだ。身も蓋もない言い方をするなら、現実逃避の道具に過ぎない。不条理に満ちた現実から切り離されて、甘く優しい仮想世界でストレスを発散するのが目的だ。
辛く苦しいゲームなんて、ゲームじゃない。
怖くてストレスになるゲームなんて、ゲームじゃない。
面倒事など避け、面白おかしく勝手気ままに遊べばいい。
心に傷を負いそうな展開になるなら逃げればいい。
さあ、どうする。
「あー、イライラする! こういう空気は苦手だ!」
我慢の限界を超え、タゴサクは大声で叫んだ。
朝っぱらから鬱々とした空気が漂っているせいで、辛気臭くて敵わない。
タゴサクは、お世辞にも真面目とは言えない性格だ。スケベなことを考え、友達とバカ話で盛り上がるのが好きだ。
以前出会ったナンパという男性プレイヤーのように、軽い人の方が性格も合う。
「俺は、ナンパみたいな奴と女性の胸について語れれば満足なんだよ。でもって、ソーニャから変態とか最低とか軽蔑されてればいい。一番楽しいじゃないか」
「楽しいのはお兄ちゃんたちだけでしょうが。私は楽しくないわよ」
「ソーニャはソーニャで、イアと赤裸々トークでもすればいい。『ご本人の前じゃ言えませんけど、サクさんってとっても素敵ですね!』、『私、禁断の恋に目覚めちゃいそう。お兄ちゃんのためにおっぱいを大きくしたの』とか」
調子に乗ってバカな発言をした。裏声も使い、ソーニャとイアの真似をしたが、やったタゴサク自身が気持ち悪いと思った。
女子二人がどういった反応を示すかは、推して知るべし。視線が絶対零度の域にまで冷たくなる。
「イア、二人で行きましょうか」
「そうだね。今のはないかなあ」
「場を和ませるための冗談だったんです! 俺を見捨てないで!」
プライドをかなぐり捨てて懇願し、なんとか許してもらえた。
捨て身の作戦はうまくいったようで、少しだけ空気が明るくなる。まあ、明るくするため言葉だったかというと違い、完全無欠に本心だが。
とにかく、ゲームで遊ぶのだ。
三人で【底都テイヘーン】を歩く。迂闊にフィールドには出られず、PKの心配がない町中がかろうじて安心できる場所だ。
それですら、批判の眼差しは向けられる。コダるプレイヤーであり、しかも美少女二人を侍らせているのだ。嫌われずに済むわけがない。
逆の立場なら、タゴサクは美少女を侍らせるプレイヤーを嫌っている。
「あれだな。俺の行動をたとえるなら、独り身しか参加できない集まりに、恋人連れで堂々と参加してるようなものか。見せつけるだけ見せつけて、挙句に『PKされているかわいそうな被害者です』とか性格クッソわりい」
「私たちを恋人扱いしてるのはともかく、ちょっと自虐的過ぎない?」
「他のプレイヤーからすれば思うだろ。ヴァイスはどう考えてんのかね」
とことんパーティーを嫌い、執拗にPKしてくるヴァイス。彼が何を思っているのか、タゴサクはここ数日考えている。
これまで出会ったプレイヤーは分かりやすい。
ナンパは、本人も言っていたようにナンパ目的だ。基本的な容姿を変更できないSOSで、美少女をナンパしたがっている。
アキオーダックはセクハラだろう。戦闘中の不可抗力を言い訳にセクハラしたいのだ。強いプレイヤーではセクハラどころではなく負けるし、弱い美少女プレイヤーを狙ってPKしていると考えられる。
ガンタはPK自体が好きそうだ。面白そうという理由で、他のゲームからSOSに移ったと言っていた。
既に引退したが、グレスは他人との交流が嫌だからSOSを選んだ。
では、ヴァイスは?
内面は見通せず、推測にしかならないが、グレスに近そうな気がする。
他人と交流したくない、もしくはできない性格をしている。
現実でも他のMMORPGでも、交流がなくなりはしない。学校も会社も、遊んでいてさえも、必ず他人と関わってしまう。
居場所がない中で、唯一の希望がSOSだ。
単に他人と関わりたくないだけなら、一人用のRPGをプレイすればいい。VRRPGもあるし、そこでなら好きにできる。
レベルはいくらでも上げられ、レアアイテムは全て独占でき、ラスボスを倒して世界を救い、NPCから感謝される。
それをせず、わざわざMMORPGをプレイしているのは、肯定されたいからではないか。
コミュニケーション能力という言葉があるように、他人と親しくできるのは能力のうちだ。勉強ができるとかスポーツができるといった類と同様、個人の能力と考えられている。
コミュニケーション能力に欠ける人は否定されるし、生き辛い。
SOSでは価値観が正反対になる。
ソロ推奨のVRMMORPGだ。一人でいることに後ろめたさを感じる必要はなく、むしろ肯定される。コミュニケーション能力など無用の長物と化す。
コミュニケーション能力に優れ、他人と仲良くできる人間を否定できる。蹴落とすことに正当性を主張できる。
自分こそが正しいのだと声を大にして叫べる。
他のどこでも不可能な真似が、SOSでのみ可能になるのだ。ゆえにSOSをプレイしている。
もちろん、これは全てタゴサクの推測に過ぎない。ヴァイス本人から話を聞いたわけでもなく、勝手に考えているだけだ。
だが、SOSにこだわり、パーティーを嫌う理由は他に考えられない。
ヴァイスは言っていた。仲良しこよしのパーティーを組みたければ、他のVRゲームで遊べばいいと。
同じことはヴァイスにも言える。ソロが好きなら一人用のRPGで遊べばいい。
あえてSOSで遊んでいるのは、SOSでなければならない理由があるからだ。
こうやって考えていくと、先の推測にしかたどり着かない。
「Solo Oro Stella、略してSOS……救難信号か。偶然の一致と考えるには出来過ぎてる略称だな」
助けてください。
コミュニケーションができずに苦しみ、助けを求める人のためのゲーム。
「俺たちがいちゃいけないわけだ」
「なんか自己完結してるけど、どうしたの? シリアスな顔は、お兄ちゃんには似合わないわよ。スケベでだらしなくて変態的な顔なのがお兄ちゃんでしょ」
「あんまりだ! 俺だってな、シリアスになればそれなりにイケてるんだぞ!」
「自惚れ過ぎ」
「イアなら分かってくれるよな? 俺はイアの好みに合致してるはずだ。『サクさんは素敵です!』って言ってくれていいぞ」
「サクさんが好み……ないですね。あり得ませんね」
「泣く」
イアは、少年マンガに登場するエッチなキャラが好きだと言っていたのに。エッチで軽薄な女好きキャラが、いざという時に見せる格好いい姿が好きだと。
タゴサクは、メソメソとわざとらしく泣き崩れた。
女子二人はスルーだ。ここ最近、タゴサクの扱いが酷過ぎる。演技ではなくガチで泣きそうだ。
「置いてかないで!」
前に進んで行く二人を慌てて追いかける。
こうやってふざけられるのも、一歩間違えれば相手を傷つけかねない言動ができるのも、コミュニケーション能力の一環であろう。
タゴサクは、ある意味ソーニャを信頼している。変態的な発言をしても本気で嫌われることはなく、突っ込みを入れてくれると。
ソーニャだって、変態だなんだと罵るが、兄妹だから言える。
イアは、タゴサクやソーニャを見て、「ここまでやっても大丈夫そうだ」と判断するから乗っかれる。出会った当初は、ここまで失礼な反応はしなかった。
三人とも、相手によって距離感を変え、適切な言動を取れている。コミュニケーション能力があるということだ。
能力のあるタゴサクには、ない人の気持ちを本当の意味では理解できない。
分かったふりをして「俺も分かるぞ」などと発言したところで、持てる者の傲慢さにしかなりはしない。
しないが、できればヴァイスと話してみたいと思った。




