あの日2
花火大会が終わって、友達と別れて、兄と合流して、仕事の残ってる父を会場置いて、家に戻った。手にはたこ焼きを持っていた。
「花火綺麗だったねー」
「うん。」
「お母さんたこ焼き食べれるかなー?やっぱもう少しあっさりしたもののほうがよかったんじゃない。」
兄が家の鍵を開ける。なんだかこの時から嫌な予感がしてたんだ。
「屋台にあっさりしたものなんてねーよ。」
「えーあるよ。例えばさー…」
家に入ってすぐ、前を歩いていた兄が突然立ち止まった。
「千奈美、ダメだ。」
「え?なに?」
急に目の前が暗くなった。兄の大きな手が私の目を覆ったのだ。
「千奈美、見ちゃダメだ。」
兄の声が震えている。
ほのかに鼻に付く血の匂い。嗅いだことなんてなかったけどきっとこんな匂いなんだ。
なんだろうこのなんともいえない不思議な感じ。ものすごく、空気が重い。
「……死んでるの?お母さん。」
兄は何も答えなかった。
私は兄の手をどけた。
目の前に広がる光景は私の眼球を通り越して、脳に直接飛び込んできた。
人間一人からこんなに血が出るのかというくらい大量の血が、血の海があった。
その海の真ん中に浮いているのは、さっきいってらっしゃいと優しい笑顔で手を振ってくれた母なのか。
本当にそうなのか。
「…お、お父さんに連絡しなきゃ。救急車と警察と、電話しなきゃ。」
「あ…ああ、警察と救急車俺やっとくから、千奈美親父に電話してくれ。」
兄も私もひどく冷静だった。
いつも通り2コールで出た父。
これまた我ながら落ち着いた声で父に事実を伝える。父は何も答えず、沈黙し、そのまま電話を切ってしまった。
電話の先の父はどんな表情をしていたのだろう。
電話を終えても、決してすぐに彼らが来るわけではない。ドラマとか映画ならここでシーンが変わって、すぐ刑事が出てくるんだろうけど、違う。彼らの到着まで待たなくてはいけないのだ。
遠くで兄が電話で警察に事情を説明している声が聞こえた。
ああ、わかった。この重い空気。
水の中にいるようなのだ。身体が、心がふわふわしていて、音も聞こえなくて、息が苦しくて、とにかく早く外に出たい。
2人で待った。リビングで、廊下に母の死体を放置したまま待った。何も話さなかった。自分の着ている浴衣の赤色がやけに赤かった。
リビングには、荷造りがしっかりされた旅行用のカバンが4つ置いてあった。




