あの日
父は消防士だった。仕事柄ほとんど家にいなかったが、まとまった休みをもらうと必ず小さい旅行に連れて行ってくれた。11年前までは。
11年前のあの日、父は消防士として朝から花火大会の警備をしていた。
「毎年一緒に見れなくてごめんな。でも父さんも母さんと修と千奈美と同じものを同じ時に見て、同じように感動してる。だから……」
「だから一緒に見てるのと同じなんだ。家族っていうのは離れてても繋がってるんだぞ。でしょ。もう、お父さん毎年言い訳一緒なんだから。」
私は笑って父の言葉を遮った。
「ははっ。でもな、今年はめずらしく明日から休みが取れたから家族旅行も明日からでいつもより早いんだ。」
「もーそれも聞いたの5回目くらい。それに今の時期お盆で道混んでるからそんなに嬉しくないし〜。」
父はいつも熱い人で、めんどくさいところも多々あって、ちょっとおバカで、母と私にはめっぽう弱いから、いつも母と冗談半分でからかって笑っていた。
「俺もう行くから」
浴衣を着た兄が玄関から出て行った。
不思議なことに全く反抗期が来なかった私に対して、兄はこの日まで絵に描いたような反抗期男子だった。
しかし、私と母には優しかった。
とにかく父が嫌いだったようだ。
皮肉なことに、彼がそのようであるのは昔から父が、女と子どもは大事にしろ、と昭和男全開モードで教え込んでいたからなのだが。
だからこの日も、兄は花火大会に行けなくなってしまった母のことを最後まで気にかけていた。
前の日まで夏風邪をこじらせていた母は次の日から始まる家族旅行のほうが大事だからと大事をとって、この日は一人で留守番することになったのだ。
玄関先まで見送りに来てくれた母は、私の浴衣をちょっと直して、いってらっしゃい、とだけ言って微笑んでいた。
母の声はちょっとハスキーなんだ。。。
母の最後の笑顔と声だった。




