花火大会
5、4、3、2、1……
「わかった。一緒に行こ、花火大会。そのかわりたこ焼きおごってね。」
心の中でカウントダウンしてから精一杯笑顔で返事をした。
心配そうだった兄の顔がまた笑顔になって、浴衣に着替えてくると言って部屋を出て行った。本当によく表情の変わる人だ。
私は浴衣の帯を締めなおした。
11年ぶりの花火大会に今夜、行く。
公園に着く頃には花火大会はもうクライマックスを迎えていた。みんなが空を見ている。
可愛い浴衣を着た4〜5人の女子高生が写真撮ってくださーいとニコニコ顔でやってくる。
頼まれたのは…兄だ。
「お兄さん名前なんていうんですかー?」
「え、めっちゃイケメンじゃないですかー。やばいやばいっ。」
「お隣さん彼女さんですかー?」
兄は、ちなみに名前は吉原修だが、さりげなく私を女子高生たちの視線から隠すように立ち、写真を撮ってあげている。顔は笑ってるけど、これはわかりやすすぎる作り笑顔だ。
女子高生の声は私の耳に無理やり入ってきて、耳の中をチクチク刺す。そのチクチクがだんだん頭に、手足に、全身に、そして心に広がって、私は兄の浴衣の袖をギュッと握りしめていないと立っていられなかった。
気がつくと女子高生たちはいなくなっていて、花火も終わっていて、兄とたこ焼きを持って芝生に座っていた。
手が震えている。爪楊枝で刺してるたこ焼きが震えている。
兄は何もせずただ隣に座っていた。
なんだかこのままじゃいけない気がして無理矢理話題を探し出した。
「あ、あのさ、さっきお父さん寝てた…?」
「うん。大丈夫だった。でもそろそろ帰らなきゃな。1人で起きたら大変だ。」
兄は何もない真っ暗な空を見上げたまま返事をした。
帰る気なんてさらさら無いようだ。
兄は立ち上がらない。
「親父ってさー、いつからだっけ?あーなっちゃったの。」
まるで独り言でも呟くように、吸った息をただ吐き出すように兄は言った。
だからそれが質問なのかわからなくて、帰りを急ぐ人の中、黙ってふたりで座っていた。
でも多分、ふたりとも父とあの日のことを思い出していた。




