笑うと決めた日
殺人だった。
父も兄も私もすぐにアリバイが取れ、疑いはかからなかった。警察に色々聞かれたが、ほとんど覚えていない。後で聞いた話だが、親を亡くした直後とは思えないほどハキハキと答えていたそうだ。兄も、私も。
しかし犯人は…今も捕まっていない。
その日を境に家族の時間が止まった。
兄は通っていた私立高校を中退し、私は私立高校の受験を諦めた。
父が仕事を辞めてしまったからだ。自分の家族1人守れずに消防士なんてできないと言って、いろんな会社を派遣社員としてまわり、機械のように働いていた。
兄もバイトを始め、私も高校に入ると同時にバイトを始めた。
家族には笑顔どころかなんの感情も見られなかった。私は学校で無視され、兄は入社試験に無視された。
不幸の連続だった。耐えるしかなかった。
唯一あった良いことは、あの日を境に、兄の反抗期がぱったり終わったことくらいだ。
そして、私が国公立の大学に入り、ようやく兄が会社に入り家を出て行った年の夏、父が認知症になった。
「奈穂美、奈穂美、あぁ信じてたよ。戻ってくると信じてたよ。どうしたんだよ。すっかり若々しくなったじゃないか。1人で旅行に行ってしまったんだね。あの花火大会の時、寂しくなって1人で行ってしまったんだね。ごめんな。もう絶対離さないぞ。」
母の命日のために家に帰ってくる兄を駅まで迎えに行って、夕方2人で帰ってきたら、父が急に私に抱きついてきた。
「違う。私は千奈美だよ。お母さんはもう死んだんだよ。」
言おうと思ったけど言えなかった。
ドーンドーンという音が聞こえてきた。
「…今年は命日の前の日なんだね。」
そう言うと父は不思議そうな顔をした。
「お父さん。
今年もまた、花火があがるよ…。」
私はその場で泣き崩れた。初めてだ。母が死んでから初めて大泣きした。お母さんお母さんと泣き叫んだ。涙は4年間せき止められていた分どんどんどんどんこぼれ落ちて、私は座り込んでわんわん泣いた。
父はただ黙って私を見ていた。きっと彼の目には奈穂美にうつっているであろう私をぼんやりと見ていた。
「……悔しい。悔しいよ。なんで俺たちだけこんなに苦しくて、あいつはまだのうのうと生きてる。なあ、なんでだよ。」
床を何度も何度もたたきながら、兄もまた泣いていた。叩いている床は、4年前、母が息絶えた場所だ。
「お兄ちゃん。私決めた。」
「え?」
「私笑って生きる。明るく生きる。楽しく生きる。それで、お父さんの前では奈穂美として生きる。」
「なん……」
「だから!」
兄の質問を遮る。
「だから今日は泣かせて。1年で1度だけ、花火大会の日だけは泣かせて。」
兄はすこし固まってから頷いて、顔をくしゃっとさせて笑った。
「お兄ちゃん、やっぱり笑顔のほうがいいや。」




