8.『その刃は堅牢なる“心“をも断つ』
♢
(……実力差がでけぇ)
戦闘の最中、ヤブキはそれを直に感じていた。
ヤブキの蹴りも、クロードの斬撃も、人鬼将軍の鎧に浅い傷を付ける程度。周囲から這い出してくる小鬼たちの連携も加わり、次第にただ避けるだけで精一杯になる。
(何より硬ぇ。しこたま打ったが、まるでコンクリ蹴ってるみてーだ)
ヤブキは内心で舌打ちした。
体は動く。だが、このままでは消耗戦だということを思い知らされていた。
「おい! お前の職業、『侍』だって言ったよな? なんか策とかねーのか?」
「はい! ……一つ、あります!」
ヤブキの問いに、クロードも頷いた。
息を整えながら回避を続けつつ、お互いのできることを確認し合う。
「『侍』は現実の日本刀と同じ要領で、理想的な当たり方をすればその分威力が増す職業なんです」
刃の角度、軌道、タイミング、体重の乗せ方。攻撃をする際はその全てに細心の注意を払わなければならない。しかし、その技術に『侍』の固有スキルを組み合わせれば、その威力は絶大なものになる。
「それに加えて、一定時間の溜めが必要ですが……それが決まれば、可能性があります」
「つまり隙さえ作れりゃ、アイツにダメージを入れられるんだな?」
「はい。ヤツの動きを止めさえできれば……」
ヤブキは小さく息を吐いた。
自分の役割を、自然と理解する。
「俺が何とかする。お前はそれにすべてをかけろ」
クロードは一瞬、目を見開いた。
それから、静かに頷く。
「……お願いします」
言葉を皮切りに、戦いの形が変わる。
ヤブキは蹴りで周囲の小鬼を蹴散らし、人鬼将軍の視線を引きつける。体を低くし、死角を突くように動き回る。
爪が振り下ろされるたび、紙一重でかわし、足元を刈り、バランスを崩させる。
時間を稼ぐ。隙を作るために、ただひたすらに動き続ける。
そのうちに——胸の奥で、何かが強く脈打った。
高鳴り。ざわめき。
唇の端が、無意識に吊り上がる。体が動くたびに、口元が自然と歪んでいる。
頭が冴えているせいか、先ほどとは違い、今度はそれを自分自身でしっかりと自覚していた。
(やっぱりだ。何だよ、これ)
額に汗が流れ、呼吸が荒くなる。
それでもそれ以上に、熱い。
現実の学生生活。アルバイトをこなし、親のいない日常をただ耐える日々。
それが今は完全に切り離されている。
目の前の相手と衝動をぶつけ合うこの時間だけが、ここには存在する。
(クッソ気持ちイイ‼︎)
非現実的な体験。ゲームという範疇を超えたこの時間そのものが、ヤブキにはたまらなく刺激的だった。
どうか叶うなら、この時間が終わらないでほしい。いつまでもこの『熱』に、身体を預けていたい。
──熱に浮かされる時、人は人でなくなる。その熱を支配するか、支配されるか。運命の分かれ道はその岐路にある。
麗華の言った言葉がふと、頭に浮かぶ。あの言葉通り考えるのならば、今がその岐路といって良いだろう。
『支配する』か、『支配されるか』。
(……やってやるよ)
そう気づいた瞬間から、ヤブキの動きはさらに激しくなった。力果てるまで殴り合うように、人鬼将軍に食いつく。蹴り、拳、体当たり。浅い傷しか与えられなくても、視線を離さず、隙を狙い続ける。
だが——現実はそう甘くはない。
「がはッ…」
攻撃の際の僅かな隙。それを見逃さず、人鬼将軍の爪が、ついにヤブキの脇腹を捉えた。
巨体の腕が振り下ろされ、ヤブキは地面に叩きつけられる。衝撃が体を貫き、思わず息が止まる。
体が動かない。人鬼将軍が上から覆い被さり、トドメを刺さんと爪を振り上げる。
「ハハ……ここまでだな」
殺される寸前だったが、恐怖は自然と無い。
ヤブキは疲労で視界がかすみながらも、確かにクロードの方を見た。
「……あとは、お前が魅せる番だ」
声にならない声。だが、意思は届いた。
クロードが踏み込む。
侍の固有スキルの一つ。——『居合・両断』。
(……絶対に決める。決めてみせる!)
現実の刀を振るうように。いや、それ以上に。
理想的な軌道、理想的な角度、理想的なタイミング。プレイヤーの技術だけが、この一太刀の威力を決める。ヤブキが力を振り絞って作った、最後の隙。
次の瞬間。
目にも止まらぬ速さで、巨体の横を通り過ぎた。
音もなく振るわれた刀が、人鬼将軍を静かに両断した。耳をつんざくような断末魔とともに、巨体が二つへ裂かれ、次第に崩れ去る。
「…………ふぅ」
しばしの間、沈黙が落ちる。
クロードは刀を鞘に収め、荒い息を吐きながらヤブキを見た。傷だらけの体で、地面へ寝そべっていた。額に汗が光り、疲労が色濃く出ている。子供のNPCは無事、茂みの陰で縮こまっていた。
「また助けられちゃいましたね、俺」
ヤブキは上体を起こし、地面に座ったまま肩をすくめた。唇の笑みはもう消えていたが、胸の奥の高鳴りはまだ色濃く残っている。
「たまたま近くにいただけだ。それに、最後は俺も助けられた」
ヤブキが夜空を見つめていると、クロードが口を開く。
「……さっきは、本当にすみませんでした」
クロードは、静かに頭を下げた。
「自分の考えばかり押し付けて、結果的に一人じゃ何もできなかった。それどころか、突き放した貴方にまた助けられた。プレイヤーどうこうとして以前に、俺は一人の人間として最低でした」
自分なりに好きを追った結果がこのザマだった。口先だけで、何もかも中途半端。
それを自覚していたクロードは、言い終えた後もしばらく頭を上げなかった。
しばしの静寂の中、沈黙が割れる。
「お前は間違ってねぇよ」
「……え?」
口を開いたのはヤブキだった。
「自分なりにやりたいことあって、それに夢中になる、結構じゃねーか。好きなもんバカにされたら誰だって怒るだろ」
その言葉に遠慮や世辞は感じられなかった。心の底から出た本音を、言葉にして伝える。
「俺もそこは変わらねぇ。金の為に、生きるためにこのゲームをしてる。お前と意見が合致することは、多分ない」
「ヤブキさん……」
「…………でも、まぁ」
少し言葉を選びつつ、続ける。
「本気でやった今の戦いは、案外楽しかったよ」
少し照れくさそうに笑うヤブキを見て、クロードは驚く。しかし、すぐに表情を戻す。その目の奥には、先ほどの冷たい失望とは違う何かがあった。
「……だったら!」
クロードは顔を上げ、すぐさま詰め寄る。その顔はほのかに赤く、確かな興奮が見て取れる。
「俺が好きにしてみせます! このゲームのことを! 俺の見ているこの景色を、貴方にも見せてあげたい!」
「……あ?」
「あ、だからその……えっと……」
必死に言葉を搾り出す。行き場の無い手を刀の柄に沿わせ、自分を必死に落ち着かせる。
「俺と、友達になってくれませんか?」
思わずヤブキは言葉に詰まった。
親を亡くしてからは初めてだった、友達という響き。思えば、誰かと並んで立ったことも。学生として、一人で生きてきた日常のなかで、初めてだった。
「…………お前、歳いくつ?」
「へ? 今年で1、8ですけど」
「同い年かよ。だったら敬語やめろよな、気持ち悪りぃ」
「えッ⁉︎ 君、高校生なの⁉︎ 絶対年上だと思ってたのに‼︎」
「……うるせぇな」
そう言って、ヤブキは視線を逸らした。だが、口元はわずかに緩んでいた。先ほどまで自然に浮かんできた笑みとは異なる、優しい笑顔。
「まぁとりあえず、今日のところはもう寝るわ。明日も学校が──」
その時、東の空が、少しずつ白み始めた。
段々と夜の帳が薄れ、淡い光が木々の間から差し込んでくる。朝日だった。
ヤブキはそれを見て、思わず固まった。
「……あ」
すぐさま時計を確認する。パネルに表示された時刻を見て、ヤブキの顔が青ざめた。
『現在時刻 5:00』
徹夜だった。
この世界と現実世界は、時間軸は統一されている。
目の前の木々はまごうことなく、朝を迎えていた。
「あちゃー、今日もオールしちゃった。最近ずっとこうだなー」
横で笑いながら呟くクロードを尻目に、ヤブキは頭を抱える。
明日——いや、今日の授業に、間に合うかどうかもわからない。すぐに弟妹の支度をし、自身も学校に向かわなければ。
「…………やっぱもう、ゲームなんて懲り懲りだ」
「えぇ⁉︎」




