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『貧者英傑』 ー金と契約の神域踏破ー  作者: ガンダッシュ
少年は立ち上がる、『熱』に浮かされて

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8.『その刃は堅牢なる“心“をも断つ』




(……実力差(レベル差)がでけぇ)

 

 戦闘の最中、ヤブキはそれを直に感じていた。


 ヤブキの蹴りも、クロードの斬撃も、人鬼将軍の鎧に浅い傷を付ける程度。周囲から這い出してくる小鬼たちの連携も加わり、次第にただ避けるだけで精一杯になる。


(何より()()。しこたま打ったが、まるでコンクリ蹴ってるみてーだ)


 ヤブキは内心で舌打ちした。

 体は動く。だが、このままでは消耗戦だということを思い知らされていた。


「おい! お前の職業、『侍』だって言ったよな? なんか策とかねーのか?」


「はい! ……一つ、あります!」


 ヤブキの問いに、クロードも頷いた。

 息を整えながら回避を続けつつ、お互いのできることを確認し合う。


「『侍』は現実の日本刀と同じ要領で、理想的な当たり方をすればその分威力が増す職業なんです」


 刃の角度、軌道、タイミング、体重の乗せ方。攻撃をする際はその全てに細心の注意を払わなければならない。しかし、その技術に『侍』の固有スキルを組み合わせれば、その威力は絶大なものになる。


「それに加えて、一定時間の溜めが必要ですが……()()が決まれば、可能性があります」


「つまり隙さえ作れりゃ、アイツにダメージを入れられるんだな?」


「はい。ヤツの動きを止めさえできれば……」


 ヤブキは小さく息を吐いた。

 自分の役割を、自然と理解する。


「俺が何とかする。お前はそれにすべてをかけろ」


 クロードは一瞬、目を見開いた。

 それから、静かに頷く。


「……お願いします」


 言葉を皮切りに、戦いの形が変わる。


 ヤブキは蹴りで周囲の小鬼を蹴散らし、人鬼将軍の視線を引きつける。体を低くし、死角を突くように動き回る。


 爪が振り下ろされるたび、紙一重でかわし、足元を刈り、バランスを崩させる。

 時間を稼ぐ。隙を作るために、ただひたすらに動き続ける。


 そのうちに——胸の奥で、何かが強く脈打った。


 高鳴り。ざわめき。

 唇の端が、無意識に吊り上がる。体が動くたびに、口元が自然と歪んでいる。

 頭が冴えているせいか、先ほどとは違い、今度はそれを自分自身でしっかりと自覚していた。


(やっぱりだ。何だよ、これ)


 額に汗が流れ、呼吸が荒くなる。

 それでもそれ以上に、()()


 現実の学生生活。アルバイトをこなし、親のいない日常をただ耐える日々。

 それが今は完全に切り離されている。

 目の前の相手と衝動をぶつけ合うこの時間だけが、ここには存在する。


(クッソ気持ちイイ‼︎)


 非現実的な体験。ゲームという範疇を超えたこの時間そのものが、ヤブキにはたまらなく刺激的だった。


 どうか叶うなら、この時間が終わらないでほしい。いつまでもこの『熱』に、身体を預けていたい。



 ──熱に浮かされる時、人は人でなくなる。その熱を支配するか、支配されるか。運命の分かれ道はその岐路にある。



 麗華の言った言葉がふと、頭に浮かぶ。あの言葉通り考えるのならば、今がその岐路といって良いだろう。

 『支配する』か、『支配されるか』。


(……やってやるよ)


 そう気づいた瞬間から、ヤブキの動きはさらに激しくなった。力果てるまで殴り合うように、人鬼将軍に食いつく。蹴り、拳、体当たり。浅い傷しか与えられなくても、視線を離さず、隙を狙い続ける。


 だが——現実はそう甘くはない。


「がはッ…」


 攻撃の際の僅かな隙。それを見逃さず、人鬼将軍の爪が、ついにヤブキの脇腹を捉えた。

 巨体の腕が振り下ろされ、ヤブキは地面に叩きつけられる。衝撃が体を貫き、思わず息が止まる。


 体が動かない。人鬼将軍が上から覆い被さり、トドメを刺さんと爪を振り上げる。


「ハハ……ここまでだな」


 殺される寸前だったが、恐怖は自然と無い。

 ヤブキは疲労で視界がかすみながらも、確かにクロードの方を見た。


「……あとは、()()()()()()番だ」


 声にならない声。だが、意思は届いた。

 クロードが踏み込む。

 侍の固有スキルの一つ。——『居合・両断』。


(……絶対に決める。決めてみせる!)


 現実の刀を振るうように。いや、それ以上に。

 理想的な軌道、理想的な角度、理想的なタイミング。プレイヤーの技術だけが、この一太刀の威力を決める。ヤブキが力を振り絞って作った、最後の隙。


 次の瞬間。

 目にも止まらぬ速さで、巨体の横を通り過ぎた。


 音もなく振るわれた刀が、人鬼将軍を静かに両断した。耳をつんざくような断末魔とともに、巨体が二つへ裂かれ、次第に崩れ去る。

 

「…………ふぅ」


 しばしの間、沈黙が落ちる。

 クロードは刀を鞘に収め、荒い息を吐きながらヤブキを見た。傷だらけの体で、地面へ寝そべっていた。額に汗が光り、疲労が色濃く出ている。子供のNPCは無事、茂みの陰で縮こまっていた。


「また助けられちゃいましたね、俺」


 ヤブキは上体を起こし、地面に座ったまま肩をすくめた。唇の笑みはもう消えていたが、胸の奥の高鳴りはまだ色濃く残っている。


「たまたま近くにいただけだ。それに、最後は俺も助けられた」


 ヤブキが夜空を見つめていると、クロードが口を開く。


「……さっきは、本当にすみませんでした」

 

 クロードは、静かに頭を下げた。


「自分の考えばかり押し付けて、結果的に一人じゃ何もできなかった。それどころか、突き放した貴方にまた助けられた。プレイヤーどうこうとして以前に、俺は一人の人間として最低でした」


 自分なりに好きを追った結果がこのザマだった。口先だけで、何もかも中途半端。

 それを自覚していたクロードは、言い終えた後もしばらく頭を上げなかった。


 しばしの静寂の中、沈黙が割れる。


「お前は間違ってねぇよ」


「……え?」


 口を開いたのはヤブキだった。


「自分なりにやりたいことあって、それに夢中になる、結構じゃねーか。好きなもんバカにされたら誰だって怒るだろ」


 その言葉に遠慮や世辞は感じられなかった。心の底から出た本音を、言葉にして伝える。


「俺もそこは変わらねぇ。金の為に、生きるためにこのゲームをしてる。お前と意見が合致することは、多分ない」


「ヤブキさん……」


「…………でも、まぁ」


 少し言葉を選びつつ、続ける。


「本気でやった今の戦い(ゲーム)は、案外楽しかったよ」


 少し照れくさそうに笑うヤブキを見て、クロードは驚く。しかし、すぐに表情を戻す。その目の奥には、先ほどの冷たい失望とは違う何かがあった。


「……だったら!」


 クロードは顔を上げ、すぐさま詰め寄る。その顔はほのかに赤く、確かな興奮が見て取れる。


「俺が好きにしてみせます! このゲームのことを! 俺の見ているこの景色を、貴方にも見せてあげたい!」


「……あ?」


「あ、だからその……えっと……」


 必死に言葉を搾り出す。行き場の無い手を刀の柄に沿わせ、自分を必死に落ち着かせる。


「俺と、()()になってくれませんか?」


 思わずヤブキは言葉に詰まった。

 親を亡くしてからは初めてだった、友達という響き。思えば、誰かと並んで立ったことも。学生として、一人で生きてきた日常のなかで、初めてだった。


「…………お前、歳いくつ?」


「へ? 今年で1、8ですけど」


同い年(タメ)かよ。だったら敬語やめろよな、気持ち悪りぃ」


「えッ⁉︎ 君、高校生なの⁉︎ 絶対年上だと思ってたのに‼︎」


「……うるせぇな」


 そう言って、ヤブキは視線を逸らした。だが、口元はわずかに緩んでいた。先ほどまで自然に浮かんできた笑みとは異なる、優しい笑顔。


「まぁとりあえず、今日のところはもう寝るわ。明日も学校が──」


 その時、東の空が、少しずつ白み始めた。 

 段々と夜の帳が薄れ、淡い光が木々の間から差し込んでくる。朝日だった。

 ヤブキはそれを見て、思わず固まった。


「……あ」


 すぐさま時計を確認する。パネルに表示された時刻を見て、ヤブキの顔が青ざめた。


『現在時刻 5:00』 


 徹夜だった。

 この世界と現実世界は、時間軸は統一されている。

 目の前の木々はまごうことなく、朝を迎えていた。


「あちゃー、今日もオールしちゃった。最近ずっとこうだなー」


 横で笑いながら呟くクロードを尻目に、ヤブキは頭を抱える。

 明日——いや、今日の授業に、間に合うかどうかもわからない。すぐに弟妹の支度をし、自身も学校に向かわなければ。


「…………やっぱもう、ゲームなんて懲り懲りだ」


「えぇ⁉︎」




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