表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第一章完結】『貧者英傑』 ー金と契約の神域踏破ー  作者: ガンダッシュ
少年は立ち上がる、『熱』に浮かされて

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/27

7. 『好きを追うこと』



 ヤブキと別れてから少し経った頃。

 クロードは木に背を預けたまま、刀の柄に触れる指先を見つめていた。


(……所詮ゲーム、か)


 先ほど言われた言葉を、頭の中で何度も繰り返す。 



 ──()()()()()と、このゲームで刀を振るう感覚はまったく別物だった。



 道場では型があり、礼節があり、勝敗の基準が明確だ。


 あの頃は、父の声が常に耳の奥で響いていた。

 『正しく振れ』『無駄な動きをするな』『結果が全てだ』。竹刀の乾いた音と、畳の匂い。汗を拭うたびに、自分の体が()()のように感じられた。

 それは彼にとって、好きなことではなかった。ただ、やらされていた。


 父は厳格な男だった。幼い頃から「男は剣を持て」と、剣道を強要した。朝練、放課後、週末。道場に通うことが、彼の日常のすべてだった。父はそれを『正しい生き方』だと信じて疑わなかった。


 だが母は違った。


 ある日、母は父に内緒でVR機器を貸してくれた。自分が愛する仮想の世界を、息子へと教える為に。

 半信半疑で始めたゲームだったが、ログインしたと同時に彼は感動した。

 人々の夢を体現化したかのようなその世界に、自分の見ていた世界の狭さを痛感したのだ。


 中学生のとき、意見の対立から両親は離婚した。

 親権は母が取り、彼は父の道場から解放された。

 その日からクロードは、────黒道直人(こくどう なおと)は、本気でゲームに没頭するようになった。


 仮想の刃は振り下ろすたびに竹刀とは違う手応えがある。何とも言えない重量があり、切れ味があり、相手の動きに合わせて臨機応変に軌道を変える。強制された剣道とは違う、なにかがあった。

 世界の細部まで作り込まれたこの場所で、刀を振るうことは義務ではなく、好きを形にする行為だった。ログアウトしたあとも、この世界にいた時間を思い出してしまう。


 それが彼にとっての『好き』である。彼の考えを理解しているのは、現実では母親一人だけだった。


 特にこのゲーム、『マジシャンズ・ラグナロク』は別格だった。五感を現実と寸分違わず再現したこの世界は、今までやってきたどんなゲームよりも、心躍るものだった。


 だからこそ、この世界に興味のないプレイヤーが許せなかった。 

 クロードは小さく息を吐き、森の中を歩き出した。希少依頼を終えたばかりで、目的などなかった。

 ただ今は、物思いにふけりたくなった。


 木々が深くなってきたあたりで、小さな声が聞こえた。


「お母さん……」


 クロードは足を止めた。

 声のする方へ、慎重に近づく。茂みの向こうへと向かうと、一人の子供のNPCが座り込んでいた。年の頃は十歳前後。両手には薬草を握りしめ、泣きそうな顔で辺りを見回している。


「大丈夫?」


 声をかけると、子供はビクッと肩を震わせた。クロードが刀を鞘に収めて両手を見せると、ようやく顔を上げる。


「……お母さんが、熱が出て。薬草が必要だって、街の人が言ってたから……」


 危険な森まで、一人で来たのだ。母親のために。

 その言葉を聞き、クロードの胸がわずかに痛む。


「そっか。街まで送るから、俺と一緒に行こう」


 子供の手を取り、優しく立ち上がらせた。

 

 ──その瞬間、背後から異様な気配がした。

 空気が、重く沈む。木々がざわめき、地面がわずかに震える。クロードは子供を背後に庇い、ゆっくりと振り返った。


(……まじか)


 立っていたのは、先ほど相手にした小鬼首領(ゴブリンロード)とは桁違いの巨体だった。

 蒼黒い鎧を纏った人型の獣。肩には太い角が生え、赤い目が夜闇の中で妖しく光っている。周囲の空気を歪ませるほどの威圧感。


 ───人鬼将軍ゴブリンキング。小鬼族の頂点に立つ、『スターティア』付近でも無類の強さを誇るB()()()()()()()


 その瞬間、クロードの眼前でパネルが青白く光る。


『緊急クエスト発生:人鬼将軍の討伐、NPCの保護』


 推奨レベルは、45。

 クロードは刀の柄に手をかけた。

 今のレベルは22。現時点で敵う相手では無いことは重々承知している。

 

「……ちょっと、下がっててね」


 子供に低い声で告げ、クロードは刀を抜く。


 人鬼将軍の巨体が喉を鳴らし、自身の顔ほどある爪を振り上げた。











 ── 一方、ヤブキは森の外れで、静かに空を見上げていた。


 さっきのクロードの言葉が、まだ頭に残っている。

 考えが理解できないわけではない。純粋にゲームを愛する人間が、金のためにだけクリアを目指そうとする人間を嫌うのは、当然だと思った。


 ヤブキは、自分がこのゲームを始めた理由を改めて思い返した。


 西園寺麗華。

 彼女に脅され、仕方なくログインすることに応じた。承諾しなければ、自分と家族がどうなるかわからなかったから。


 生活のことや将来のことを考えると、もっと多くの金が必要だった。学生の身分で、親を亡くしてから一人で弟妹を養うには、何よりも金が必要なのだ。

 

 生きるためにクリアする。

 それだけのはずだった。


 なのに、さっきの戦いでは身体が勝手に動いた。胸の奥がざわついた。

 楽しんでいたとまでは言わないが、少なくともその感覚は嫌ではなかった。


(どうしちまったんだ俺は)


 クロードのように、自分の好きを追う人間と、自分は違う。


(……いや、考えるな。時間の無駄だ)


 深く考える余裕などない。現実は待ってくれない。 金が必要、いくら考えたってそれは変わらないのだから。


(アイツはアイツで、同じようにゲームが好きなヤツと関わればいい)


 小鬼首領との戦いの後。戦闘系の依頼以外も試してみようと、ヤブキは『薬草採集』の依頼を受けた。

 この依頼では量の指定は特になく、見つけた薬草の数に応じ、報酬の量が変動する。


 夜光に照らされる青白い葉を見つけては抜き、袋に詰めていく。足元の土の感触、木々の匂い。現実の退屈な日々とは違う、何かがここにはあった。だが、今のこの時間に、胸のざわめきはなかった。


(飲食店の皿洗いに似てるな。退屈なところとか)


 どれくらいそれを続けたか。

 

(……何の音だ?)


 遠くで、金属がぶつかる鋭い音がした。続いて、低い咆哮。


 ヤブキは手を止めた。そして音のする方へと、慎重に近づく。すると木々の隙間から開けた空間が見えた。


「ハァ……ハァ……」


 そこには、先ほど別れたクロードがいた。


 刀を構え、後退している。相手は小鬼首領よりもさらに一回り大きい、鎧を纏った人型の獣。肩には太い角が生え、赤い目が妖しく光っている。

 クロードの背後、草むらの後ろには子供のNPCの姿も見える。


 彼の肩と腕には、すでに深い傷があった。このゲームには痛覚こそないものの、ダメージに応じた衝撃や疲労は確かに存在する。

 刀を振るうたびに、動きが鈍くなっていく。額には汗が滲み始め、ヤブキの目から見ても疲労は明らかに蓄積していた。


 人鬼将軍が大振りの爪を振り下ろす。クロードはそれを刀で受け止めたが、体格差による衝撃に耐えきれず膝をついた。

 そのまま押し込まれ、背中を木に激しくぶつけた。


「くっ……!」


 体制を崩した隙を見逃さず、人鬼将軍はさらに襲いかかる。


 だが——クロードは、また立ち上がった。

 息を荒げながらも刀を握り直し、すんでのところで攻撃を避ける。


(……なんで、そこまで)


 ヤブキは木陰から、その姿を見つめていた。

 命や生活がかかっている訳でもない。クリアに直結するような問題でもない。


「まだまだ、こっからでしょ」


 傷だらけのクロードの笑顔に、胸がわずかにざわつく。木々の隙間に体をうずめているのはもう限界だった。


 助けなければ、という気持ちは微塵も無かった。

 ただ、先ほどから胸のうちに感じる『得体の知れない高鳴り』に、身を任せてみたくなった。


 気がついた時には、またもや身体は勝手に動いていた。


「せいっ」


 将軍の足元を狙い、低い姿勢から蹴りを叩き込む。巨体がわずかに揺らいだ隙に、クロードの前へ滑り込む。


「ヤブキさん⁉︎」


「少し見ないうちに男前になったな。いらない世話だったか?」


「…………いえ、助かりました」


 予想だにしない助っ人。しかし、先ほどの自分の発言を思い出し、バツが悪そうに歯切れの悪い返事。

 そんなクロードの頬を、両手で掴む。


「ぶっ⁉︎」


「余計な事考えんのは後にしろ。あのデカブツをどうやってブッ殺すか。今はそれだけでいい」


 言い終えると二人は立ち上がり、目の前の怪物へ目をやる。背丈は自分たちの3倍近くはあるだろう。蹴りも、関節技も、刀も。生半可なものは通用しそうにない。

 それでも二人の目には、微塵の恐怖も感じられなかった。


「見せてみろよ。お前の()()を」


「……はい!」



『緊急クエスト・人鬼将軍の討伐、NPCの保護』













本編で触れるかもしれませんが、獰猛狼や小鬼族はD級、

小鬼首領はC級。プレイヤーの冒険者ランクは格上の

モンスターと戦わせないようにするための運営の善意です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ