6.『追い求めるのは『金』か『好き』か』
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小鬼たちがクロードを認識し、すぐさま戦闘が始まった。
クロードが先に動く。刀を一閃し、最寄りの小鬼の首を正確に刎ねる。続く二体も間を置かず斬り伏せる。その動きには一才の無駄がなく、呼吸と剣筋が完璧に一致していた。
(確かにすごい動きだな。ギャラリーができるのも頷ける)
だが、小鬼首領が咆哮を上げた瞬間、状況が一変した。
周囲の地面が震え、新たに数体の小鬼が地中から這い出してくる。首領自身も動き出し、巨体とは思えない速度でクロードに飛びかかった。爪を振り下ろす。クロードは刀を横に払い、受け流す。
金属のような光沢を帯びた爪。それに刃が当たり、なんとも言えない鈍い音を立てる。
クロードが後退しながら連続で斬りつける。腕、脚、脇腹。
「硬い…!」
だが、その傷は浅い。首領は気にするそぶりすら見せず、周囲の小鬼に指示を飛ばすように喉を鳴らした。小鬼たちが左右から回り込み、クロードの退路を塞ぐように囲む。
連携が速い。一体が正面から飛びかかり、もう一体が死角から刃を伸ばす。クロードは刀で片方を斬り払うが、もう片方の攻撃を完全には防げない。肩に浅い傷が走る。さらに別の小鬼が足を狙って飛びかかってきた。
「……くッ」
クロードの無駄の無い動きに、わずかな乱れが生じる。一人で全員を処理するつもりが、小鬼たちの連携に苦しめられ始めていたのだ。首領が再び大きく爪を振り上げ、クロードがそれを受け止めた瞬間。
背後から二体の小鬼が同時に飛びかかってきた。
その光景を見れば、誰が見ても明らかにクロードが押されていた。
刹那、クロードの眼前に一つの影が現れる。
「…⁉︎ ヤブキさん、危ない‼︎」
最初の小鬼が振り下ろした刃を、ヤブキは右足で受け止めた。
刃がブーツの側面を掠めるが、体重を乗せて押し返す。そのまま軸足を切り替え、左足で小鬼の顎を真下から蹴り上げる。鈍い音。小鬼の頭が大きくのけ反り、その場に崩れ落ちた。
続く一体にも、同様に蹴りを叩き込む。腿、腹、こめかみ。こちらも無駄のない軌道で、次々と急所を抉っていく。常人離れした動きだった。
重心の移動が滑らかで、蹴りの勢いが最小限の力で最大の効果を生む。小鬼たちは抵抗する暇もなく、一方的に倒されていった。
そのとき、ヤブキの唇が無意識に歪んでいた。
薄く鋭く、まるで何かが内側から浮上してきたような笑い。ヤブキ本人は気づいていない。
ただ体が動くたびに、目の奥に冷たい光が宿り、口元が自然と吊り上がっている。
それを見たクロードは、思わず目を見開く。
「ヤブキさん……?」
飛びかかる一体を体を捻ってかわし、回転しながら踵を後ろから叩き込む。もう一体の足を刈り、起き上がる前に膝蹴りを腹に叩き込んだ。洗練された動き。ゲーム内で覚えたものには到底見えない。
そしてその顔には未だ、無意識の笑いが残っていた。
首領がクロードからヤブキに視線を変えた瞬間、ヤブキはすでに走り出していた。両足で首領の頭部へ、全体重をかけた飛び蹴り。正確な角度が功を奏し、首領の巨体が大きく傾いた。
(隙ができた! 今ならやれる!)
クロードが刀を構えるが、ヤブキは気にしない。着地してすぐ、先ほど自身で倒した小鬼が持っていた小刀を次々と拾いあげ、首領の身体中へ刺しこんでいく。首領が短く咆哮し、バランスを完全に崩した。
その隙を、ヤブキが逃さなかった。体勢を変え、首領の首筋に腕を回し、締め上げる。関節技の応用だった。
しばらく暴れたが、首領の荒い息は徐々に弱まり、やがて完全に止まった。
『レベルが上がりました LV11→LV14』
周囲の死体が、漏れなく赤いポリゴンとなって消える。地面に、普通の小鬼とは違う薄黒い牙が残された。
『首領の主牙を入手しました。』
クロードは刀を鞘に収め、荒い息を吐きながらヤブキを見た。
目が大きく見開かれている。
「あ、スマン。ちょっと助けるだけのつもりだったんだが」
最初は守るつもりでいた相手が、想像を遥かに超える実力を持っていたことへの静かな動揺。そして戦っている最中のあの無意識の笑みへの、微かな違和感。
「……信じられません」
「え?」
「その動きです。足で刃を受け、蹴りで次々と仕留め、極め付けは最後の締め技……初めて見ました、そんな戦い方」
クロードの声には、純粋な驚きと賞賛があった。ヤブキは薬草を口に運び、肩をすくめた。
唇の笑みは、すでに消えていた。
「あーいや、大したことねえよ」
「いえ、大したことです。……また助けられちゃいましたね。ありがとうございます」
礼の言葉とともに、少し恥ずかしそうに苦笑する。
二人は戦闘を終えた後、平原の端にある岩陰に座った。
夜風が少し冷たい。遠くで、別のプレイヤーたちの笑い声が聞こえる。
(それにしても今の戦い、なんつーか…)
ヤブキは薬草を噛みながら、自分の手を見た。拳を開いたり閉じたりする。さっきまでの戦いが、まだ皮膚の内側に残っているような感覚があった。
そして胸の奥に、ほんのわずかなざわめきが生まれている。それが何なのか、自分でもよく分からない。ただ、その感覚は本人にとってさほど嫌ではなかった。
(体が勝手に動いた、ってか?)
「……ヤブキさんは、なぜこのゲームを始めたんですか?」
黙々と考える中、クロードの問いが静かに落ちた。丁寧な言葉遣いは崩れていない。
(……あの女に関することは……うん。絶対言えねーな)
もし一言でも漏らせば、バレた時が大変なことになる。
しかし嘘を言う場面でもないだろう。ヤブキは薬草を地面に突き、答えを選ぶようにしてから口を開いた。
「金の為だな」
空中に浮かぶパネルを操作していたクロードの手が、ふと止まった。
「やはり、報酬金ですか」
「ああ。ニュースを見て、目指すことにした。俺はクリアできりゃなんでも良いよ」
沈黙が落ちる。クロードは夜空を見上げたまま、しばらく動かなかった。風が二人の間を通り過ぎる。やがて、ゆっくりと、低い声が漏れた。
「……そう、ですか」
怒っているわけではない。少なくとも、声を荒げるような怒りではない。
「俺は……違います」
「あ?」
だが、静かなものが、クロードの言葉の端に沈んでいた。目は夜空を向いたまま、まばたき一つしない。唇が、わずかに引き結ばれる。
「俺は、ゲームそのものが好きなんです。純粋に」
世界観の細部まで作り込まれているところも、戦闘の手応えも、探索しているときにふと見つかる小さな物語も。
ログアウトしたあとも、この世界にいた時間を思い出してしまうほどに、ゲームを愛している。
クロードは、ようやく視線をヤブキに戻した。表情は穏やかなままなのに、どこか冷たい影が差している。目の奥に、静かな炎が灯っている。燃えるような怒りではない。底に沈んだ、冷たい失望だ。
「だからこそ許せない。この世界を、ただの金づるとしか見ていないプレイヤーを。クリアすること自体に価値を見出せない……そんな人達を、俺は絶対に認められない」
声は静かだ。怒鳴るわけでも、責めるわけでもない。ただ、静かにはっきりと、拒絶の色を帯びている。丁寧な言葉遣いのままなのに、その静けさが却って鋭く響く。指先が、刀の柄を微かに握りしめている。
「俺は俺の『好き』を追う為に、このゲームをプレイしてる。俺は、貴方のような人が嫌いだ」
ヤブキは横目でクロードを見る。
顔には、うっすらとした失望の色が浮かんでいた。
「……随分な物言いだな。どこまで行っても、この世界はたかがゲームだ。一番大切なのは現実だと俺は思うが?」
「ゲームだからこそです。ここには、現実にはないものがたくさんある。……訂正してください」
クロードの声は、最後の部分でわずかに震えた。怒りというより、失望が先に立っている。静かな怒りだ。燃え上がる炎ではなく、底に沈んだ冷たい火のようなもの。
「悪ぃ。俺にはそういうの、わからねぇや」
「……………」
意見が、夜の平原に静かに対立していく。
ヤブキは立ち上がり、枝を肩に担いだ。胸の奥のざわめきは、まだ消えていない。だが、それを気にする暇はなかった。
「ま、お前はそれで良いと思うぜ。報酬はありがたくもらってくな」
「ヤブキさん、」
「……だけど、これだけは言わせてくれ」
世の中は、金が無いと生きていけない。俺は生きる為にこのゲームをクリアしたい。
ヤブキはそれだけを言い残した後、背を向け、街の方へと歩き出した。
クロードはしばらくその背中を見送っていた。拳を握る指に、微かに力が入る。声には出さないまま、低く息を吐いた。目にはまだ静かな失望の色と共に、微かな苛立ちを含んでいた。
「なんで……」
意見は、対立したままだった。
モンスターを倒した際、お金はドロップしません。




