5.『男は金に下ったのだ』
♢
「すみませんでした! あれしか方法が思い浮かばなくて……本当にありがとうございます!」
「まぁ、結果よければなんとやらだ。別にいい。えっと……『クロード』でいいんだよな」
「はい。 お陰で助かりました、ヤブキさん」
クロードは深々と下げていた頭を上げ、苦笑した。和服に日本刀と、この世界では明らかに浮いている格好だが、本人はそれを気にしていない様子だった。
「さっき平原で小鬼族の討伐依頼をしていたんですが、場所が悪くて……」
森の端ではなく、見通しの良い場所で複数の小鬼を処理していたら、通りかかったプレイヤーたちに見つかってしまったらしい。あまりの実力に次々に声をかけられ、断ろうとするとさらに人数が増えるという悪循環へと見事にハマり、クロードは身動きが取れなくなっていたと言う訳だ。
(……そうだよな。普通助けたら感謝されるよな。人として、普通に)
ヤブキは腕を組み、黙ってその話を聞いていた。直近で助けた人物が、偶々性根が迷路のようにねじ曲がった女だっただけなのだ。目の前のこの青年は、少なくとも敵意を向けてくる相手ではなさそうだった。
「ぜひお礼をさせてください。えっと、ちょっと待っててくださいね……」
クロードは懐から半透明のパネルを呼び出した。青白い光が二人の顔を照らす。
「実は、さっきの小鬼討伐の最中に、希少依頼が発生したんです。平原の窪地に稀に出現する『小鬼首領』の討伐依頼通常の小鬼族討伐とは別枠で、滅多に受注できない依頼でして……」
ヤブキは首を傾げた。
少しNPCに聞き込みはしたものの、未だこのゲームのことはほとんど知らない。ログインしてからの数時間でしたことといえば、精々森で狼を狩った程度だ。
「希少依頼ってなんだ?」
「ある条件を満たすと受注できる依頼のことです。今回のケースで言うと、通常の小鬼族を一定数倒すと、ごく稀に『首領が近くに出現した』という通知が来ます。俺がさっき倒した数で、たまたま引っかかりったみたいで。報酬は通常の小鬼討伐の何倍も良いです」
クロードはパネルをヤブキに見せる。そこには、依頼内容が詳細に表示されていた。
『緊急・醜悪なる人型の獣の討伐』。出現場所は平原の特定エリア、推奨レベルは記載なしだが、『注意:単独での討伐は危険。周囲の小鬼との連携に警戒を』と注釈が付いている。
報酬金は──1000ゴル。
(1000⁉︎)
「お礼も兼ねて、一緒にどうですか? ヤブキさんも装備はまだ整っていないようですが、二人なら十分対応できるはずです。報酬は折半ということで…」
ヤブキ自分の状況を振り返る。レベル11。HPは先ほど薬草で回復済み。手元には拾った太い枝と、数本の薬草。剣は壊れたままだ。
しかし、昨日のことをふと思い出す。『お礼をしたい』と言って店を訪れた西園寺麗華が実際にしたのは、善意などかけらもない奴隷契約の提案。正直、ヤブキは『助けた見返り』と言う事象にトラウマがある。
「……ゼヒ、ゴイッショサセテイタダキマス」
善意を受け取ったのではない。男は金に下ったのだ。
「ありがとうございます! では、早速ギルドで正式に受注しましょう」
「ハイ、イキマショウ」
軽い足取りで進むクロードを、機械的な動きな動きで追いかける。
受付のNPCは小鬼首領の討伐依頼を見てわずかに目を見開いたが、淡々と手続きを済ませる。
「では早速行きましょう! しばらく着いてきてくださいね」
クロードは刀を軽く押さえ、先に歩き出した。ヤブキは無言で後に続く。
──夜の平原は、魔法灯の光が届かない場所では星だけが頼りだった。
道中、クロードは周囲を警戒しながらも、口を開く。
「ヤブキさんは、このゲーム始めたばかりですか?」
「ああ。今日初めてログインした」
「そうでしたか。それにしては、動きが落ち着いていますね」
通常VRゲームを始めたての初心者は、現実の自分との体格や感覚のギャップから、動きに慣れるのにしばらく時間がかかるらしい。現実世界の体型をそのまま流用したとはいえ、ヤブキの感覚センスには光るものがある。
だが、本人はそんなことを知るよしもなく。
「ところで、このゲームのことはどのくらいご存知ですか?」
「ほとんど知らねえな。ただまぁ、クリアすれば金がもらえるってことだけは知ってるぞ」
ヤブキは当たり前のように答えた。クロードの足が、わずかに止まる。
「……報酬金のこと、ですか」
「ああ。ニュースでもやってたし」
クロードは静かに歩き出した。声のトーンが、ほんの少しだけ落ちる。
「そう、ですか」
それ以上は聞かなかった。
(え、なんかマズいこと言ったか?)
微かに変化した態度を見て、ヤブキは話を逸さんと、代わりに実務的な話に切り替える。
「あー……まぁそれは置いておいてよ。その小鬼首領ってのはどんなモンスターなんだ?」
ヤブキがそう質問すると、クロードは先ほどまでの柔らかい物腰へと戻る。
その表情に気まずさは感じられなかった。
「まず小鬼首領は、通常の小鬼とは動きが違います。周囲の個体を呼び出して連携してくるだけでなく、自身も高い耐久力を持っています。先に周囲の雑魚を処理してから、ヤツに集中した方がいいでしょう。ヤブキさんは最低限のサポートに回っていただければ十分です」
(……えらく自信満々だな)
クロードの言葉には、ヤブキを守る気が感じられた。ゲームを始めたての初心者を連れて行く以上、自分が主力になるつもりなのだろう。ヤブキの実力など、まだ知る由もなかった。
やがて、平原の窪地に辿り着いた。そこには、小鬼たちの群れが見えた。
人間の胸ほどの身長である通常の個体とは明らかに違う、一回り大きな個体が中央に鎮座している。赤い目が夜闇の中で妖しく光り、肩には粗雑な金属の破片を纏ったような鎧が食い込んでいる。
頭上に表示される名前は──小鬼首領。
「俺が道を開きます。ヤブキさんは一旦、後ろで待機を」
「あぁ、わかった」
クロードが刀を抜く。ヤブキは太い枝を握り直したまま、少し離れた位置に立った。
(……なんだかんだ、働かずに金稼げるならそれが一番いいよな。現実じゃ無理だけど)
守られるという不慣れな体験に、ヤブキは満更でもない様子だった。
現時点で発見されている希少依頼はまだ2割ほど
小鬼首領の希少依頼は有名で、確率でドロップする爪からはこの時点では破格の性能をもつ装備が作れたりする




