3.『マジシャンズ・ラグナロク』
神域と書いて神ゲーと読む
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──翌日の、放課後。
純也が教室を出ると、廊下の壁際には麗華が立っていた。
いつものかつらと大きな眼鏡。昨日の邪悪な令嬢の印象はなく、地味で目立たない転校生の姿に戻っている。周囲の生徒たちは特に関心を示さず、彼女の前を通り過ぎていった。
「時間、ある?」
声だけは、昨日のカフェで聞いたものと少し違う。少し抑えたトーンだった。
「……バイトまで一時間ある」
「十分よ。渡したいものがあるの」
麗華はそれだけ言うなり、先に歩き出す。純也は少し間を置いてから後を追う。
校門を出て、いつもの裏道を抜ける。誰もいないところへ案内しろ、と麗華が言う為、純也は渋々昨日のカフェへ連れていく。
「行き先ねーなら前歩くんじゃねーよ。この我儘女」
「生憎人の後ろを歩くのは慣れてないの。貴方が合わせなさい」
二人の間の雰囲気は重い。数分が経った頃、二人は目的地へと辿り着いた。
店はまだ開店前で、鍵は純也が持っていた。鍵穴へと差し込み、誰もいないカフェの扉を開く。
「昨日も思ったけど、いい店ね。これからはここで打ち合わせしましょう」
「いや迷惑だわ」
店内に入ると、麗華は奥の席に座るよう指で示した。
純也がカウンターでコーヒーを淹れていると、彼女は鞄から黒いケースを取り出す。中には小型の端末と、薄型のヘッドセット、そして『マジシャンズ・ラグナロク』のソフトの3点が綺麗に入っていた。
「フルダイブ用の専用端末よ。一般流通のものより反応速度も没入感も遥かに上。特別に貸してあげる」
純也は手に取ってみた。見た目は簡素だが手触りが妙に冷たく、精密機器特有の重みがある。
「……こういうのって、やっぱり落としたら壊れるのか?」
「殺すわよ。一台数百万ってとこかしら」
「ハッ⁉︎」
金銭感覚のあまりの違いに、思わず手が震える。弟妹の次に大切にしようと思う純也だった。
「ゴホン!……で、今日からいきなりお前と悪巧み開始って話か?」
「いいえ。まずは一人で慣れてきなさい」
麗華はカップを片手で包み、静かに続けた。
「向こうの世界では私、ちょっと手が離せないの。しばらく学校も休むつもり。あなたが基本操作と世界観を一通り把握するまでは、単独で進めて頂戴」
「……ゲームなんてガキの頃以来なんだが?」
「しょうがないわね。手取り足取り教えてあげるから、とりあえずそこに四つん這いになりなさい」
「よっしゃワクワクしてきたぜ。俺一人で進めっから、ネタバレとか絶対すんじゃねーぞ」
純也は端末をケースに戻す。これ以上聞いても、今は多くを語らないつもりらしい。
ちょうどそのとき、店の外から話し声が聞こえた。通りがかった生徒たちの会話だ。
「……あの不良グループ、全員退学らしいぞ」
「マジか。昨日まで普通にいたのに」
「何かやったんだろ。うちの学校、ああいう連中に厳しいし」
純也の手が止まった。窓の外を見るまでもなく、誰の話かわかる。昨日自分が蹴散らした連中だ。
麗華は特に反応を示さず、コーヒーを口に運んだ。その横顔は平然としていて、まるで自分には関係のない話を聞いているようだった。
「……人を蹴落として飲むコーヒーは美味いか?」
「えぇ、この店のは中々にお気に入りよ」
優雅、それでいて内側に確かな邪気を孕んだ笑顔。
純也は改めて、目の前の女の危険さを思い知った。助けたつもりが、相手は自分の手で相手を排除できる人間だった。昨日の『選択権なんてない』という言葉が、重く胸に沈む。
麗華はカップを置き、席を立った。
「それじゃ。初めてのゲーム、存分に楽しんでね♡」
かつらを被ったままの姿で、彼女は店を出ていった。外で待っていた黒服の影が、静かに後に続く。
──バイトが終わるのは夜の九時過ぎだった。
店を閉めて帰宅すると、妹は既に自室で机に向かい、弟は既に布団の中で小さく寝息を立てていた。
純也は小さく「ただいま」と呟き、そのまま音を立てないよう自分の部屋へ入る。
(とりあえず、説明でも見るか)
『マジシャンズ・ラグナロク』。自分自身となるアバターを操作し、モンスターと戦い冒険するファンタジーMMO。戦闘職に限らず、生産職、技術職、研究職など、どのように楽しむかは自分次第。
故にクリアの条件はプレイヤーの行く道によって異なり、その数は現在も全ては解明されていない。多種多様、数えきれないほどのVRゲームが既に世に出ているが、このゲームが『世界一のゲーム』として評価が揺るがない所以はそこだった。
何にも縛られることなく自由に生きる。現実世界では困難なことが、この世界ではできる。
「……本当に夢みたいな話だな」
一言漏らし、純也はソフトからカセットを取り出し、備え付けの端末に差し込む。
そのまま慣れない手つきでヘッドセットを装着し、電源を入れる。
その刹那、視界が暗転した。耳の奥で低い電子音が響く。
『新規ユーザー認証完了。これより、キャラクター作成を開始します』
まずは外見の設定。細かく調整する項目が無数に並ぶ。
「見た目か。……まぁどうでもいいか」
純也は『現実の体型、骨格を基に自動生成』の項目を迷わず選んだ。一分と経たぬうちに自分とよく似た、しかし少しだけ整った青年の姿が生成される。傷痕は薄くなり、目元の隈も消えていた。
現実の自分より、ほんの少しだけ生きやすそうな顔だった。
「すげぇな。どんな技術使ってんだこれ」
次に職業選択。一覧を開くと、数百種類を超える職業が並んでいた。戦士、魔術師、盗賊、鍛冶師、学者……。
戦闘特化から生産特化まで、細かく分岐している。
「おいおい、日ぃ暮れるぞこんなもん見てたら。……もう夜だけど」
純也はスクロールしながら、条件を絞った。
麗華が自分を誘ったという事は、このゲームの『ワールドクリア』には確かな戦闘力が不可欠なのだろう。気持ちを汲み取らずに『農家』などを選ぼうともしたが、バレた際の報復を考えると、そんな気は起きなかった。
武器も格闘も、ある程度以上扱えるもの。偏りすぎず、どんな状況でも最低限動けるもの。
一芸特化よりも、バランス型。それが自分に合った戦闘スタイルだと、純也は理解していた。
辿り着いたのは『傭兵』だった。
説明文にはこうある。
『あらゆる武器と格闘術を平均以上の適性で扱える万能職。突出した強みはないが、状況に応じて戦い方を変えられる』
純也は迷いなく選択した。
その後、目の前に半透明のパネルが浮かび上がった。表示されたのは、名前の入力欄。
散々ユーザーが多いのは聞いていた為、純也は本名を入れるつもりはなかった。しばらく考え、適当な文字列を打ち込む。
「これで終わりか。意外と簡単だったな」
『キャラクター作成完了。『マジシャンズ・ラグナロク』へようこそ』
機械的な音声が耳の奥で響いた瞬間、世界が消えた。
まず、床の感触が消える。そして次に、自分の体重が消える。
重力が急に引き抜かれたように体が浮かび上がり、意識だけが暗いトンネルの中を加速していく。耳鳴りのような低音が鼓膜を圧迫し、やがてそれすらも遠ざかった。
次に訪れたのは、完全な無だった。
上下も前後も時間すらもない。ただ意識だけが、暗い水の中に沈んでいくような感覚。
そして光が、内側から弾けた。
まぶたが強制的に開かされる。冷たい夜風が頬を撫で、鼻腔に乾いた石と草木の匂いが流れ込んでくる。
肺が膨らむ感触。心臓が胸の奥で確かに脈打つ音。指先を動かすと、手袋の内側で皮が擦れる感触までがはっきりと伝わってきた。
純也はゆっくりと膝をつき、石畳に手をついた。冷たく、ざらついている。現実のアスファルトとは違う、削られた石特有の感触だ。
顔を上げる。すると夜の街がそこにはある。
魔法灯がぼんやりと橙色の光を落とし、石畳の大通りを照らしている。両側に連なる建物の窓からは、温かな明かりが漏れていた。どこからか弦楽器の静かな音色が聞こえ、人々の話し声と笑い声が風に乗って届く。
純也は自分の手を見つめた。指先の皮は現実より少しだけ滑らかだった。それでも、力を込めれば関節が鳴る感触は本物だった。
「これがVRゲーム……ねぇ」
六畳の部屋も、古いブラウン管テレビの光も、冷蔵庫の寂しさも、すべてが遠くに霞んでいく。代わりに、この世界の『現実感』が、体の芯まで染み込んでくる。
(ひとまず色々試してみるか)
純也は静かに息を吸い込み、石畳の上に最初の一歩を踏み出した。
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【★ステータス★】
【PN】ヤブキ
【LV】 1
【職業】傭兵
【HP】体力値 30
【MP】魔力値 2
【STR】筋力値 10
【STM】スタミナ値 10
【VIT】耐久値 15
【AGI】敏捷性 10
【LUC】幸運値 1
・所持スキルポイント 残り0
【★装備★】
【右手】なし
【左手】なし
【頭装備】なし
【胴装備】傭兵の胸当て
【腰装備】傭兵の腰布
【足装備】傭兵の靴
【アクセサリー】なし
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一般的なVR機器は1万円いくかいかないかくらい




