28.『刃を振うのは誰が為に』
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『エンチャントゴーレム』石と魔力で構成された巨大な人型の守護者。人魔将軍を上回る実力と、多くの特殊能力を併せ持ち、『起源の大地』でも屈指の難易度を誇るエリアボス。
その関節部は岩のように重厚。一歩踏み出すたびに地面が沈むほどだった。
クロードは大きく間合いを取って観察を始める。対するゴーレムは、まだ動かなかった。
ただ、青白い光を帯びた瞳で彼を捉えている。
(見るからに硬そうな体表。普通の斬撃が効くとは思えない)
クロードは息を整え、ゆっくりと円を描くように歩いた。胸部中央に特に濃い光を放つ核らしきものがある。そこが急所だろう。だが、安易に飛び込めば返り討ちにされることを理解していた。
(勝つには……スキルが不可欠だ)
そう気づいた時、ゴーレムが最初の動きを見せた。
突如として、その巨大な足元を中心に大きな魔法陣が展開される。青白い光が地面を走り、クロードの足元まで侵食してくる。
瞬間、自身の体が重くなった。動きが半拍遅れる。
「なるほど、デバフかぁ」
周囲にいる敵全体の敏捷性と反応速度を削る効果。
ゴーレムはその隙を見逃さず、重い拳を振り下ろした。地面が抉れ、衝撃波が木々を揺らす。
クロードは鈍重な動きながらも紙一重でそれを回避。そしてさらに間合いを取る。
(前の俺なら、ここで焦って攻めてたかな)
一週間前までの自分を思い出す。初心者達におだてられるも、肝心な時に役に立たない自分。他者の熱に物怖じ、戦うこともできなかった自分。
(今は、違う)
侍という職業はその性質上、正確無比な技術を必要とする。言ってしまえば、精神が不安定であればその真価を発揮できない。迷いがあれば抜刀の軌道が歪み、受け流しの角度が甘くなる。必然的に隙も産まれてしまう。
そして、ゴーレムが再び動く。
今度は自身の腕を自ら叩き合わせ、両腕に魔法陣を刻み込んだ。石の表面が赤く熱を帯び、筋肉のように膨れ上がる。
(デバフの次は自己バフ……だから付与なのね)
次の一撃は先ほどの比ではなかった。
拳が音速に近い勢いで迫る。クロードは刀を抜き、最初の大振りを滑らせた。
──スキル『流点受け』。刃が石の表面を擦り、火花が散る。衝撃を逃がしつつ次の間合いを測る。
そして三太刀ほど、その拳に浅い斬撃を入れる。
だが体表に傷はほとんど残らなかった。
♢
「……相性が悪いな」
「にゃ」
戦いを見守るべく、遠くの岩陰から頭を覗かせるヤブキとラジー。
斬撃主体のクロードと、斬撃を物ともしない岩の肉体を持つエンチャント・ゴーレム。どちらが優勢かは考えるまでもない。
「胸に核っぽいのがあるってのは、アイツなら気づいてるだろうが……」
人魔将軍を一刀両断にしたあのスキル。あれを決めることができれば、勝機は十二分にあるだろう。
しかし一対一での戦闘。加えてデバフのかかった肉体で大きな溜めをすることが不可能に等しいことを、ヤブキは理解していた。
「ま、ピンチになれば助けてやれば──」
「おみゃあ、バカかにゃ?」
助けてやればいい。そう言いかけたヤブキに、叱責するラジー。
「クロは見てて欲しいって言ってたにゃ」
「!」
普段の何処かのんびりとした様子とは違う。煌めく瞳で真剣にヤブキを見つめ、確かな意思で言葉を紡いでいる。
「心配しなくてもアイツは負けないにゃ。にゃんたって、にゃあが見込んだ男にゃん」
「…………おう」
それ以上、ヤブキは何も言えなかった。
♢
刃が通らないことを再確認し、クロードは判断を変えた。
(でも人型の構造上、全身硬いなんてことはありえない)
どんな鎧も甲冑も、人が動くことを想定している以上、どうしても防御を薄くしなけらばいけない箇所。
胴体や腕の中央を狙うのをやめ、関節に絞って斬りつける。
肩、肘、膝。刃を滑らせるように角度を変え、接続部の僅かな隙間を狙う。
そうしたことでゴーレムの動きに、わずかな乱れが生じた。右膝を斬られた瞬間、巨体が僅かに傾ぐ。クロードは即座に間合いを詰め、左肩の関節にも追撃を入れる。
これにより、体勢が大きく崩れる。
——その瞬間、突如ゴーレムの巨腕が伸びた。
崩れた体勢から、予想外の速さでクロードの胴を掴む。石の指が胴体を締め上げ持ち上げた。
デバフで重い体が、拘束され完全に自由を失う。
「くっ……!」
クロードは歯を食いしばる。HPが削られる音、骨が軋む音が耳元まで届く。
このままでは押し潰される。だが——
「なーんちゃって」
刹那。
胴を掴んでいたゴーレムの手首から先が、突如細切れになった。
石の破片が地面に落ちる。喋るほどの知性もないゴーレムだったが、自身の身に起きた異変に大きく動揺を見せる。
その隙にクロードは着地し、すぐに間合いを取った。
数割のダメージを負ったものの、致命傷には至らなかった。
「やっぱり、モンスター相手にも便利だね。これ」
──スキル『順風ノ太刀』。自身が斬った箇所に十数秒後、改めて二重の斬撃を浴びせる斬撃スキル。詠唱を必要としない為、通常の斬撃と一見変わらない性質上、いつどこで斬られるかという選択肢を相手に与えることができる。
序盤の攻防の際の三太刀で、すでに入れておいたスキルだった。
これによりゴーレムが初めて明確な反応を示す。
腕からは今までの魔法陣とは違い、まるで圧力を抑えきれなくなったように青黒い光が勢いよく溢れ出る。断面が内側から沸騰し、石の組織が溶解と再結晶を繰り返すように蠢き始めた。
「あれ、もしかして……第二形態ってやつ?」
クロードの読みは当たっていた。
次の瞬間、体表に刻まれていた全ての魔法陣が、一斉に深紅に点火する。光は単なる点灯ではない。紋様が血管のように浮き上がり、魔力を全身へ強制的に循環させ始める。
失われた手首から先が、光の糸で編まれるように急速に再構築されていく。最初は半透明の輪郭だけだったものが瞬く間に密度を増し、石の質感を取り戻し、関節の継ぎ目まで精密に再現される。
指先が完成したとき、新たに生まれた腕は以前より一回り大きく、表面に新たな強化紋が深く刻まれていた。
同時にゴーレムの全身が再び熱を帯びる。足元の魔法陣から生じる青白い光が、地面を侵食する範囲を一気に広げた。空気が歪み、周囲の木々の葉が内側から焦げるように色を変える。
エンチャント・ゴーレムが体力を削られた際に見せる行動。
しかもただの回復ではない。失ったものを補う以上に、自らを上書きするように強化し始めている。
「……いいね」
ゴーレムの雰囲気が明らかに変わる。しかし、クロードの顔に焦りはない。
むしろ──笑っていた。その笑みは純粋無垢な明るいもので、ヤブキのそれとは全くの別物。
しかし、その瞳に宿る確かな熱だけは、両者に通ずるものがあった。
「やっぱ最高だよ、このゲームはさ!」
ゴーレムは回復した右腕を振り上げ、連続で拳を叩き込んでくる。それを回避するたびに息が乱れ、受け流しの角度がわずかに甘くなる。それでもクロードは後退せず、むしろ前に出た。
(その調子だ! もっと出せ!)
その瞬間、ゴーレムが最大の動きを見せた。
足元に巨大な魔法陣を多重展開し、全身の強化紋を同時に点火する。体表が白熱し、空気が歪む。次の一撃で決着をつけようという意思が、明確に伝わってくる。
対するクロードは、大きく間合いを取った。広げた魔法陣の外に出るように。
刀を鞘に深く納める。
呼吸を整え、精神を一点に集中させる。
距離を取ったのは怖気付いたからではない。自身の勝利の為、必要なピースを見極め、実行する為に。
(……ねぇ、ヤブキ)
集中の最中。頭の中で静かに問いかける。
刹那、対するゴーレムは距離を縮める為、大きく踏み込んだ。
(君はどんどん熱くなって……あっという間に、届かなくなっちゃったよ)
それは正に、渾身の一撃。強化された両腕が全ての重量を乗せて振り下ろされる。地面が割れ、衝撃波が森を震わせる。接近されたことにより、クロードの身体は再び、冷や水を被ったかのように重くなる。
(一度は置いてかれちゃったけど、俺も並べるかな。君の隣に)
それでもクロードは動かない。
攻撃の当たる最後の一瞬まで間合いを計る。
(そして教えたいんだ。この世界は────このゲームはさ)
——抜刀。
音もなく、刀が走った。
理想的な軌道、理想的な角度、理想的なタイミング。侍の固有スキルが、プレイヤーの技術と寸分違わず重なる。
ゴーレムの胸部中央、核となる魔法陣を、圧倒的な質量で両断した。
そしてほんの一瞬だけ。クロードの背後に現れた、巨大な阿修羅の像。刀を振るった直後、それはもう消えていた。
「…………」
両者の間に沈黙が走る。巨体はもう動かなかった。
拳が当たる寸前で止まり、魔法陣が消えていく。ゴーレムは咆哮をあげるでもなく、ただ静かに。粒子の雨となってクロードに降り注いだ。
(こんなにも、楽しいんだって)
クロードは刀を鞘に抑え、その場に倒れ込む。荒い息を整えながら、眼前で崩れる粒子を眺めていた。
「ははは……。さい、っこー……」
勝利を、成長を噛み締めるように。彼はそう呟いた。




