29『技術の街・ネクスリム』
♢
「……すげぇな」
「ふん、言ったとおりにゃ」
戦場に残ったのは石の粒子が舞い散る余韻と、一人の荒い息だけだった。
ヤブキは岩陰から姿を現し、隣にはラジーが尻尾をゆらゆらと揺らしながらついてくる。ゴーレムの残骸が完全に消えるまで、二人はしばらく沈黙してその場を見つめていた。
「前は受け身な優等生って感じだったのに、進化しやがった」
初めて出会った際の戦いぶりとの変化に、ヤブキは思わず感嘆する。あの一連の流れは、ただの『勝った』では片付けられないものがあった。
「敵が力を増せば増すほど、アイツも調子を上げて強くにゃる。……今のクロは、常に上を見る挑戦者にゃ」
ラジーが目を細めて続ける。その声はいつもの軽さではなく、どこか深いところから湧き上がるような響きを帯びていた。
「紛れもにゃい、勇者の素質。アイツはまだまだ強くなるにゃ」
「……勇者、ねぇ」
ヤブキがチラリとラジーを横目で見る。
「お前の正体、そろそろ真面目に聞くべきか?」
「にゃー? 僕はただのラジーにゃん。可愛いにゃ」
「……そうかよ」
軽く受け流すように、尻尾でヤブキの腕をトンと叩いた。飄々としたその態度をそれ以上追及する気はヤブキにもなかった。
そうしてヤブキはクロードのすぐそばまで歩み寄る。クロードはまだ地面に座り込んだまま、刀を鞘に収めた手で額を拭っていた。
「見てたぞ。最高だったよ、お前」
クロードが顔を上げる。その表情は、疲労の中に純粋な明るさを湛えていた。
「へへ……ありがとう」
静かに呟く言葉に対し、子供のように目を輝かせていた。その反応にヤブキは思わず口元を緩めた。
二人と一匹はそこでしばらく、戦場の余韻を噛みしめていた。
♢
──場所は変わる。
『ネクスリム』は深い盆地の底に築かれた公益都市。四方を山に囲まれたその地形を生かして古くから職人や技術職が集まり、武器や道具の生産で栄えてきた。街道を行き交う商人たちの中継地としても機能し、今なお技術の街としてその名を轟かせている。
『スターティア』がまだ始まりの街らしい素朴さと初心者向けの落ち着いた空気を残していたのに対し、ネクスリムは明らかに違った。盆地の底に広がる街並みは石造りの重厚な城壁に守られ、内部には歯車やパイプが露出した建物が立ち並ぶ。街路灯は魔法石ではなく魔力を動力源とした機械式のものが規則正しく並び、夜でも一定の明るさを保たせている。
広場ではプレイヤーでもNPCでもない自動人形が荷物を運び、屋台では錬金術師が即席のポーションを調合する音が響く。
「ここが技術の街ねぇ。夜でもすげぇ賑わってるな」
「この大陸でも特に大きな街だからね。『ネクスリム』を拠点にするプレイヤーも多いらしいよ」
そんな街の門をくぐった瞬間。二人に向けられる、静かで確かな視線。それはNPCのものではなく、明らかに生きたプレイヤーのものだった。
「……なんか、見られてる?」
それに気づいたクロードが小さく呟く。
「お前がランキング上位だからじゃねーの。最近の活躍が噂にでもなってんだろ」
「あー……そういえば、ヤブキは名前載ってなかったね」
「お? やるか?」
実際クロードの名は初心者のみならず、すでに中堅以上のプレイヤーの間でも知られ始めている。
だが、それだけではない。
ヤブキ自身の見た目──顔を覆う仮面と長いコートという組み合わせは、様々なプレイヤーが存在するこの街でも珍しいものだった。スターティアでは『ちょっと変わった初心者』で済んでいたが、ここでは何者かと探る視線が多かった。
「ん?」
その視線の中に、ヤブキは何人かのプレイヤーが自分達を見て小声で話しているのを見つける。装備からして中堅以上、おそらくこの街に長く滞在している者たちだろう。彼らはヤブキの仮面とコートをちらちらと眺め、何か言い合っていた。
しかしヤブキが声をかけようと一歩踏み出した瞬間、さっと視線を外して群衆の中へ消えていった。
「……なんだあれ」
「知り合い?」
「知らねえ。気になるけど、今は後回しでいい」
ヤブキの目的、それはこの街の冒険者ギルドだった。技術職──特に建築士や鍛冶師、機械工といったNPCを確保するためにも、まずは情報を集める必要がある。
ギルドの建物は、街の中央広場に面した大きな石造り。入口には髑髏を模した紋章が掲げられていた。
中に入ると受付カウンターがいくつも並び、冒険者たちがひっきりなしに出入りしている。ヤブキたちは空いているカウンターに向かい、NPCの受付嬢に声をかけた。
受付嬢はにこやかに頷き、資料を繰りながら答える。
「それでしたらちょうど一週間後、この街で技術の祭典である『感謝祭』が開催されます。各地の職人や発明家が集い、新作の公開や技術交流を行う大きなイベントです。工房同士の取引や、冒険者との契約も盛んに行われますよ」
「へぇ……なるほど」
「これ以上ないチャンス、って感じじゃない?」
「全くもってその通りだ」
仮面の奥で、ヤブキの目が光る。ヘッドハンティングにはお誂え向きの場が一週間後に開かれる。技術職を求めている以上、参加しない手はなかった。
「感謝祭への参加資格は『一定以上の実績を持つ冒険者』に限られます。具体的にはBランク以上の冒険者、もしくは特別な推薦状を持つ方ですね」
しかし、受付嬢の一言でヤブキの手が止まる。
「…………ん?」
そして、自分がゲームに来てからのことをふと思い返していた。冒険者ランクの説明は『スターティア』にて受けていた。ある程度の実績を積み、昇格試験を受けることで自身のランクを上げることができる。そしてC級に昇格するためには、エリアボスを倒す必要があるということも、クロードから事前に聞かされていた。
そうしてグリードエイプを倒そうと赴いた先で、キョウイチロウに殺され、そのままワールドクエストが始まり、クリアして今に至る。
つまり、どういうことかというと。
「……参加できなくね?」
現在、クロードはBランクまで昇格を成功させている。対するヤブキは急いで冒険者ライセンスを確認する。そしてそこに書かれていたのは──最低のDランク。
昇格試験どころか通常の依頼すらまともに取り組んでいなかった為、当然の結果とも言える。
「クソ雑魚にゃ!」
「黙れ!!」
クロード一人なら参加自体には問題ないが、二人で動く以上ヤブキのランクも引き上げておく必要がある。
「頼む! 俺を昇格させてくれ! できれば一気にB級まで!!」
「え、えぇと……」
はっきりと、そして切実に受付嬢に食い下がる。仮面を付けた顔を近づけ、圧をかける。
「ごほん。飛び級を希望される場合は通常よりも難易度の高いものを達成する形になりますが……可能です」
そうして提示されたリストをヤブキはじっくりと眺める。討伐系、護衛系、探索系が並ぶ中『極薬草の捜索』という項目があった。ネクスリム郊外の深い森に生息する希少な薬草を採取し持ち帰るという内容。
(……要は宝探しってことか)
戦闘要素も含まれるが、主眼は採取と探索。戦闘以外の部分で自分の判断や技術を試すにはちょうどいい。
「これにする! 『極薬草の捜索』を、飛び級試験として受ける!」
「承知しました。では必要書類を……」
受付を済ませ、二人はギルドを後にする。
ラジーが肩の上で小さく欠伸をした。
「薬草採取とか、雑魚の思考にゃ」
「うっせ、戦闘以外でも試してみたいことがあるんだよ。ってか、お前だって戦えねーだろ」
「僕は可愛いからそれだけで価値があるにゃ」
「その通り!」
「……幸せなこった」
街の喧騒を背に、ネクスリム郊外の森へ向かう道に向かい始めた。
──そしてその影を追う、数人のプレイヤー達。ヤブキ達がギルドにいる時、そして街を出るまで常に観測し続けていた彼ら。
彼らの背に刻まれているエンブレム。それは──林檎を貪る黄金の髑髏。その頭上では赤い名前が妖しく光っていた。




