25.『再会は地面から』
♢
「おいこっち! ボスきてるぞ!」
「回復役の人早く来て! もうすぐ死ぬから私ぃぃ‼︎」
「タンクがそんな端っこいんじゃねーよ! 何してんだお前!」
「いやだって……怖くて……」
『貪婪虚弱の大森林』。その特定エリア、『大猿の領域』。そこではエリアボスである『簒奪大猿』と複数のプレイヤーたちの、激しい戦いが行われていた。
その中に、一際目立つプレイヤーがいた。皆が鎧や魔法装束といった、西洋風のゲームを連想させる格好を身に纏う中、黒い和服と腰に刺した一本の日本刀。
そこに、クロードはいた。
「…………」
自分の愛するゲームの最中だというのに、クロードの顔は冴えない。
(……このボス見てると、いやでも思い出しちゃうな)
何もできず、ヤブキを置いて逃げるしかなかった森の記憶。それが蘇る度に、刀を握る手が無意識に強くなる。 あの男の笑顔も、ヤブキの右腕が粒子になって散る瞬間も、すべてが鮮明に残っている。
そしてあの時、自分だけが置いて行かれた。あの二人の『熱』に。
(どこにいるんだろう、ヤブキ……)
どうして今、彼はこの森に再び訪れているのだろうか。
──ヤブキと別れてからの最初の二日間。
救助したNPCを無事ギルドへ送り届けた彼は、『スターティア』近郊を歩き続けた。
「あの人ならきっと、あんなプレイヤー倒してまたログインしてる筈!」
ヤブキの最後のログイン地点周辺。平原や洞窟、街の外れのベンチに冒険者ギルドの掲示板。ありとあらゆる場所を、何度も巡る。その際、時間の無駄を無くすため、適当な依頼を済ませながら捜索を行なっていた。
フレンドリストを確認すると、ヤブキの表示は『不明』とされていた。オンラインでもオフラインでもなく『不明』。見たことない表示だったが、念の為にメッセージは何十通も送っていた。
最初は短い文面だった。
『大丈夫?』
『返事返してほしい』
『どこにいるの?』
結果は既読すらつかない。三日目の朝には、文面が長くなっていた。
しかし送信しても、画面は変わらない。クロードはパネルを閉じ、静かに息を吐いた。
「……ここにいないなら、先に進んでいるはず!」
自分に言い聞かせるように呟き、彼は一度スターティアを離れ、次の街である『ネクスリム』へと向かった。
ヤブキの捜索に力を入れつつ、刀一本で効率よく回れるルートを開拓し、経験値を稼ぎ、装備を更新する。順当に依頼をこなしていきながら、着実に実力をつけていた。
現在のクロードのレベルは52。冒険者ランクも上がり、気がついた時には冒険者ランキングに名を連ねるほどであった。
冒険者ランキングとは、全プレイヤーに公開されるプレイヤーの格を表した順位である。
『クランランキング』『S級ランキング』『ブラックリストランキング』など様々な順位があるが、その中でクロードが名前を刻んだのは『ルーキーランキング』。
数ヶ月以内にこのゲームを始めた者たちが、依頼やモンスター討伐などどれだけの功績を積んだかを可視化したものである。
レベルだけでなく、討伐数や特殊クエストの達成状況なども加味される。始めて僅か一週間と少しで、クロードはいつの間にか初心者層の間で知られるようになっていた。
それでも、彼の表情は硬いままだった。
(まだ見つからない。ランキングにも名前載ってないし……)
そして夜になるとスターティア近郊へ戻り、姿を探す。見つからなければ、また先へ戻る。この繰り返しだった。
そして極め付けはワールドクエスト第一節『憤怒ナル起源』のウィンドウが、全プレイヤーの視界を覆ったとき。そこに表示される、友の名前。
クロードは、なんとも言えない気持ちのまま、刀を握りその場へ立ち尽くしていた。
(ワールドクエストって……ワールドクリアと何か関係があるんじゃ──)
詳細は何も書かれていない。
だがその一文が引き起こした大きな動揺は、彼にも確実に届いていた。
胸の奥で、小さな熱が動く。
(どこで何してたんだよ……もう)
そして──『貪婪虚弱の大森林』へと戻る、数時間前。
再びスターティアに戻ったクロードは、街に入った瞬間から囲まれた。
「あ、クロードさんだ!」
「ルーキーランキング1位の方ですよね⁉︎」
「ちょっとお願いがあるんですけど……!」
「えーっと、俺今人を探してまして……」
有名になってしまった弊害。町や平原などでプレイヤーに出会うたび、このような状況に苛まれる。
(そういえばヤブキと会ったのも、こんな感じの時だったような?)
彼は困ったように微笑みながら、人波をかき分ける。微かな期待の元、前のように周囲を見渡すが、彼の姿はない。
その中で、一人の青年が必死に声を上げた。
「あの! 今から俺たち簒奪大猿のレイドに行くんですが、人が足りなくて……。クロードさんがいてくれたら心強いなって!」
クロードは一瞬、断るつもりだった。初心者混じりの討伐など今の自分には必要ない。だが、青年の瞳が妙に真剣だった。後ろに固まる十数人の顔にも、同じ熱がある。
「実は前に一度挑戦して、全滅してるんです。今日こそはちゃんと倒したくて」
さらに後ろから、別の声が重なる。
「お願いします! 報酬は多めに出しますから!」
「ルーキー1位の人に来てもらえたら、俺たちも安心できるんで……!」
クロードは、小さく息を吐いた。
(うぅ……断りづらい)
彼らの熱意は、本物だった。下手な技量を人数で補い、それでも挑もうとしている。その本気さに、クロードはわずかに目を細める。
しかしふと、胸の奥で僅かな期待が動く。
(そういえば森はしばらく行ってなかったっけ……もしかしたら、ヤブキも)
その期待が、最後の一押しになった。
「……分かりました。協力します」
青年たちが安堵の表情を浮かべる。クロードは刀の柄に手をかけながら、静かに付け加えた。
「ただし、俺はあくまでピンチな時に最低限助けるという形で。それと、危険だと判断したらすぐに撤退します」
「は、はい! ありがとうございます!」
その約束をしたのが、つい数時間前だった。
──そうして、現在に至る。
貪婪虚弱の大森林の一角は、すでに騒がしかった。
「誰か回復薬持ってない? 俺もう死にそー」
「てか回復役どこだよ! ってもう死んでる⁉︎」
「猿がいっぱい出てくるから後衛も守んないとって言ったでしょ‼︎」
「あーやばいやばいなんか食ってる‼︎」
十数人の初心者たちが、グリードエイプを囲んで戦っている。体高三メートルを超える猿人が、手下を喰らって筋肉を膨れ上がらせていた。鎖を巻きつけた腕が振り下ろされるたびに、地面が抉れる。
対する彼らの動きは、初心者というのがうなづける程おぼつかない。おそらくレベルも、推奨レベルを下回っているだろう。
回避は半拍遅れ、回復が間に合わず、連携もあまり噛み合っていない。仮に一人ずつ戦っていたならば、確実に即死しているだろう。それでも人数で補い、なんとかボスのヘイトを分散させている。必死に声を掛け合い、倒れそうな仲間を支え合う姿には、確かに本気があった。
クロードは前に出ながら、静かにその光景を見ていた。
(ヤブキやアイツを見た後だと、どうしても比べちゃうな)
幻滅はしない。むしろ、彼らの熱意は本物だろう。だが胸の奥に微妙な感触が残る。自分がここ一週間でどれだけ動いたか、どれだけ刃を研いできたかを、改めて意識してしまう。
「……ふぅ」
十数人いたプレイヤーたちは、あっという間に半分以下になってしまった。
これ以上見ているわけにも行かないと判断し、動くことにしたクロード。
察した猿族が襲いかかるが、刀を構え、最初の一撃を受け流す。
──スキル『流転受け』。
刃が鎖を滑らせ、衝撃を逃がす。すぐに間合いを詰めて、霞切りを放つ。抜刀の瞬間に加速した斬撃が、ボスの腕を浅く裂いた。
技術的には余裕がある。だが、思考の半分は別の場所にあった。
(あのとき、俺は逃げるしか出来なかった)
ヤブキを置いて走った夜の感触が、ふと蘇る。
(あの男の前で何もできなかった。刀を振るうことすら、まともにできなかった)
そしてキョウイチロウの笑みが、脳裏をよぎる。
(今の俺があの場にいたら、ヤブキを守れたのかな)
刀を振るいながら、彼は問い続けていた。
(もしかしたら、このゲームも辞めちゃったのかな……)
その瞬間、反応がわずかに遅れた。
初心者の一人が、大振りの鎖をまともに食らいそうになる。クロードは滑るように割って入った。刀を斜めに滑らせ、衝撃を殺す。
「俺が引き受けるので、回復しておいてください」
短く声をかけ、再び前に出る。グリードエイプはさらに巨大化していた。手下を喰うたびに、その存在感が増していく。
「ボスがどんどん大きくなってるんだけど、これ大丈夫⁉︎」
「クロードさん、お願いします、マジでお願いします!」
クロードは答えず、ただ刀を構えた。
(ヤブキ……どこにいるんだ──)
──その時だった。
地面が突如、不自然に隆起した。
「へ?」
エリアボス戦は通常、外部からの参戦はできない。混戦を避けるよう、戦闘開始後にボスのエリア内への新たな侵入が禁止される。システムがそう定めている。
だが、その下から——戦闘前からそこにいた存在が、一気に地上へ躍り出た。
土と岩が爆ぜる。巨大な黒い体躯が、地面を割って出現した。
大きく裂けた口。歯が光を反射し、空気が歪む。その背中の突起には、黒いコートを羽織る仮面の人物。
「こンの馬鹿たれがーーーーーーーーーッ!!!」
その体躯の動きは、制御を失ったように荒々しかった。背中の男の悲痛な叫びと共に、その巨大な口が限界まで開く。
「あああああああああああああああぁぁぁ……‼︎」
次の瞬間——。
グリードエイプが、三メートル超の巨体が丸ごと飲み込まれた。
あまりの勢いにボスの体が中途半端にひしゃげ、鎖が音を立てて千切れる。手下の猿人たちも次々と巻き込まれ、光の粒子となって消えていく。
「は⁉︎」
「ボスが、消えた? いや食われたのあれ」
「あの黒いの、なにあれ。いや、なにあれ」
地面に残ったのは、深く抉れた穴と、土煙、そして動揺が隠せない初心者たちだけだった。
しかしそれはクロードも同じ。
(何⁉︎ 新手のボス?)
目を見開き、言葉にならない驚きが彼を襲う。
「あの背中に乗ってる人、誰……?」
それは一人のプレイヤーの呟きだった。その瞬間、プレイヤー達やクロードの注目は、芋虫のような体躯をした化け物ではなく、背中に乗る一人の人間へと移った。
(てか、今の声──)
聞き覚えのある声。
何より、この規格外の登場。クロードの中に生まれる、一つの淡い期待。
捕食した獲物を咀嚼する背中から、下に向かい叫ぶ一人の影。
「俺は『俺を乗せて動いてみろ』としか言ってねぇよな⁉︎ 何いきなり地面潜ってんだこの馬鹿!」
「ああああああああぁぁ…」
「もう知らん! 死ねこの野郎!」
そう吐き捨て、その背中から飛び降りる。地面に着くや否や、その巨体は彼の影に吸い込まれるようにして消えた。
白い仮面の隙間から小さく息を吐き、辺りを見回す。
「ったく。にしてもこれ乱入してよかったのか? どう見てもボス戦の最中──」
仮面の下で顔をしかめる。
周囲の初心者たちは事態を飲み込めず、完全に固っていた。そして彼は──ヤブキは、その中にいる見知った顔を認識した。
刀を下ろしたまま、自分を見つめている人物。
「あ」
今度はヤブキの動きが固まった。
腰に携えた日本刀。うねったその髪に、その顔立ち。忘れもしない。
「……バカは君だよ。本当に」




