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『貧者英傑』 ー金と契約の神域踏破ー  作者: ガンダッシュ
欲張りな貧傑、英雄とならん

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25.『再会は地面から』


「おいこっち! ボスきてるぞ!」


「回復役の人早く来て! もうすぐ死ぬから私ぃぃ‼︎」


「タンクがそんな端っこいんじゃねーよ! 何してんだお前!」


「いやだって……怖くて……」


 『貪婪虚弱の大森林』。その特定エリア、『大猿の領域』。そこではエリアボスである『簒奪大猿(グリードエイプ)』と複数のプレイヤーたちの、激しい戦いが行われていた。

 その中に、一際目立つプレイヤーがいた。皆が鎧や魔法装束といった、西洋風のゲームを連想させる格好を身に纏う中、黒い和服と腰に刺した一本の日本刀。

 

 そこに、クロードはいた。

 

「…………」


 自分の愛するゲームの最中だというのに、クロードの顔は冴えない。


(……このボス見てると、いやでも思い出しちゃうな)


 何もできず、ヤブキを置いて逃げるしかなかった森の記憶。それが蘇る度に、刀を握る手が無意識に強くなる。 あの男の笑顔も、ヤブキの右腕が粒子になって散る瞬間も、すべてが鮮明に残っている。

 

 そしてあの時、自分だけが置いて行かれた。あの二人の『熱』に。

 

(どこにいるんだろう、ヤブキ……)


 どうして今、彼はこの森に再び訪れているのだろうか。









 ──ヤブキと別れてからの最初の二日間。

 救助したNPCを無事ギルドへ送り届けた彼は、『スターティア』近郊を歩き続けた。


「あの人ならきっと、あんなプレイヤー倒してまたログインしてる筈!」


 ヤブキの最後のログイン地点周辺。平原や洞窟、街の外れのベンチに冒険者ギルドの掲示板。ありとあらゆる場所を、何度も巡る。その際、時間の無駄を無くすため、適当な依頼を済ませながら捜索を行なっていた。


 フレンドリストを確認すると、ヤブキの表示は『不明』とされていた。オンラインでもオフラインでもなく『不明』。見たことない表示だったが、念の為にメッセージは何十通も送っていた。

 最初は短い文面だった。


『大丈夫?』


『返事返してほしい』


『どこにいるの?』


 結果は既読すらつかない。三日目の朝には、文面が長くなっていた。

 しかし送信しても、画面は変わらない。クロードはパネルを閉じ、静かに息を吐いた。


「……ここにいないなら、先に進んでいるはず!」


 自分に言い聞かせるように呟き、彼は一度スターティアを離れ、次の街である『ネクスリム』へと向かった。


 ヤブキの捜索に力を入れつつ、刀一本で効率よく回れるルートを開拓し、経験値を稼ぎ、装備を更新する。順当に依頼をこなしていきながら、着実に実力をつけていた。

 現在のクロードのレベルは52。冒険者ランクも上がり、気がついた時には()()()()()()()()に名を連ねるほどであった。


 冒険者ランキングとは、全プレイヤーに公開されるプレイヤーの格を表した順位である。

 『クランランキング』『S級ランキング』『ブラックリストランキング』など様々な順位があるが、その中でクロードが名前を刻んだのは『ルーキーランキング』。

 数ヶ月以内にこのゲームを始めた者たちが、依頼やモンスター討伐などどれだけの功績を積んだかを可視化したものである。


 レベルだけでなく、討伐数や特殊クエストの達成状況なども加味される。始めて僅か一週間と少しで、クロードはいつの間にか初心者層の間で知られるようになっていた。


 それでも、彼の表情は硬いままだった。


(まだ見つからない。ランキングにも名前載ってないし……)


 そして夜になるとスターティア近郊へ戻り、姿を探す。見つからなければ、また先へ戻る。この繰り返しだった。


 そして極め付けはワールドクエスト第一節『憤怒ナル起源』のウィンドウが、全プレイヤーの視界を覆ったとき。そこに表示される、友の名前。

 クロードは、なんとも言えない気持ちのまま、刀を握りその場へ立ち尽くしていた。


(ワールドクエストって……ワールドクリアと何か関係があるんじゃ──)


 詳細は何も書かれていない。

 だがその一文が引き起こした大きな動揺は、彼にも確実に届いていた。


 胸の奥で、小さな熱が動く。


(どこで何してたんだよ……もう)








 

 そして──『貪婪虚弱の大森林』へと戻る、数時間前。


 再びスターティアに戻ったクロードは、街に入った瞬間から囲まれた。


「あ、クロードさんだ!」


「ルーキーランキング1()()の方ですよね⁉︎」


「ちょっとお願いがあるんですけど……!」


「えーっと、俺今人を探してまして……」


 有名になってしまった弊害。町や平原などでプレイヤーに出会うたび、このような状況に苛まれる。


(そういえばヤブキと会ったのも、こんな感じの時だったような?)


 彼は困ったように微笑みながら、人波をかき分ける。微かな期待の元、前のように周囲を見渡すが、彼の姿はない。

 その中で、一人の青年が必死に声を上げた。


「あの! 今から俺たち簒奪大猿(グリードエイプ)のレイドに行くんですが、人が足りなくて……。クロードさんがいてくれたら心強いなって!」


 クロードは一瞬、断るつもりだった。初心者混じりの討伐など今の自分には必要ない。だが、青年の瞳が妙に真剣だった。後ろに固まる十数人の顔にも、同じ熱がある。


「実は前に一度挑戦して、全滅してるんです。今日こそはちゃんと倒したくて」


 さらに後ろから、別の声が重なる。


「お願いします! 報酬は多めに出しますから!」


「ルーキー1位の人に来てもらえたら、俺たちも安心できるんで……!」


 クロードは、小さく息を吐いた。


(うぅ……断りづらい)


 彼らの熱意は、本物だった。下手な技量を人数で補い、それでも挑もうとしている。その本気さに、クロードはわずかに目を細める。


 しかしふと、胸の奥で僅かな期待が動く。


(そういえば森はしばらく行ってなかったっけ……もしかしたら、ヤブキも)


 その期待が、最後の一押しになった。


「……分かりました。協力します」


 青年たちが安堵の表情を浮かべる。クロードは刀の柄に手をかけながら、静かに付け加えた。


「ただし、俺はあくまでピンチな時に最低限助けるという形で。それと、危険だと判断したらすぐに撤退します」


「は、はい! ありがとうございます!」


 その約束をしたのが、つい数時間前だった。








 ──そうして、現在に至る。

 貪婪虚弱の大森林の一角は、すでに騒がしかった。


「誰か回復薬持ってない? 俺もう死にそー」


「てか回復役どこだよ! ってもう死んでる⁉︎」


「猿がいっぱい出てくるから後衛も守んないとって言ったでしょ‼︎」


「あーやばいやばいなんか食ってる‼︎」


 十数人の初心者たちが、グリードエイプを囲んで戦っている。体高三メートルを超える猿人が、手下を喰らって筋肉を膨れ上がらせていた。鎖を巻きつけた腕が振り下ろされるたびに、地面が抉れる。


 対する彼らの動きは、初心者というのがうなづける程おぼつかない。おそらくレベルも、推奨レベルを下回っているだろう。

 回避は半拍遅れ、回復が間に合わず、連携もあまり噛み合っていない。仮に一人ずつ戦っていたならば、確実に即死しているだろう。それでも人数で補い、なんとかボスのヘイトを分散させている。必死に声を掛け合い、倒れそうな仲間を支え合う姿には、確かに本気があった。


 クロードは前に出ながら、静かにその光景を見ていた。


(ヤブキやアイツ(キョウイチロウ)を見た後だと、どうしても比べちゃうな)


 幻滅はしない。むしろ、彼らの熱意は本物だろう。だが胸の奥に微妙な感触が残る。自分がここ一週間でどれだけ動いたか、どれだけ刃を研いできたかを、改めて意識してしまう。


「……ふぅ」


 十数人いたプレイヤーたちは、あっという間に半分以下になってしまった。

 これ以上見ているわけにも行かないと判断し、動くことにしたクロード。


 察した猿族が襲いかかるが、刀を構え、最初の一撃を受け流す。

 

 ──スキル『流転受け』。

 刃が鎖を滑らせ、衝撃を逃がす。すぐに間合いを詰めて、霞切りを放つ。抜刀の瞬間に加速した斬撃が、ボスの腕を浅く裂いた。


 技術的には余裕がある。だが、思考の半分は別の場所にあった。


(あのとき、俺は逃げるしか出来なかった)


 ヤブキを置いて走った夜の感触が、ふと蘇る。


(あの男の前で何もできなかった。刀を振るうことすら、まともにできなかった)


 そしてキョウイチロウの笑みが、脳裏をよぎる。


(今の俺があの場にいたら、ヤブキを守れたのかな)


 刀を振るいながら、彼は問い続けていた。


(もしかしたら、このゲームも辞めちゃったのかな……)


 その瞬間、反応がわずかに遅れた。

 初心者の一人が、大振りの鎖をまともに食らいそうになる。クロードは滑るように割って入った。刀を斜めに滑らせ、衝撃を殺す。


「俺が引き受けるので、回復しておいてください」


 短く声をかけ、再び前に出る。グリードエイプはさらに巨大化していた。手下を喰うたびに、その存在感が増していく。


「ボスがどんどん大きくなってるんだけど、これ大丈夫⁉︎」


「クロードさん、お願いします、マジでお願いします!」


 クロードは答えず、ただ刀を構えた。


(ヤブキ……どこにいるんだ──)



 

 ──その時だった。

 地面が突如、不自然に隆起した。


「へ?」


 エリアボス戦は通常、外部からの参戦はできない。混戦を避けるよう、戦闘開始後にボスのエリア内への新たな侵入が禁止される。システムがそう定めている。

 だが、その下から——()()()()()()()()()()存在が、一気に地上へ躍り出た。


 土と岩が爆ぜる。()()()()()()()が、地面を割って出現した。


 大きく裂けた口。歯が光を反射し、空気が歪む。その背中の突起には、黒いコートを羽織る仮面の人物。


「こンの馬鹿たれがーーーーーーーーーッ!!!」


 その体躯の動きは、制御を失ったように荒々しかった。背中の男の悲痛な叫びと共に、その巨大な口が限界まで開く。


「あああああああああああああああぁぁぁ……‼︎」


 次の瞬間——。

 グリードエイプが、三メートル超の巨体が丸ごと飲み込まれた。

 あまりの勢いにボスの体が中途半端にひしゃげ、鎖が音を立てて千切れる。手下の猿人たちも次々と巻き込まれ、光の粒子となって消えていく。


「は⁉︎」


「ボスが、消えた? いや食われたのあれ」


「あの黒いの、なにあれ。いや、なにあれ」


 地面に残ったのは、深く抉れた穴と、土煙、そして動揺が隠せない初心者たちだけだった。

 しかしそれはクロードも同じ。


(何⁉︎ 新手のボス?)


 目を見開き、言葉にならない驚きが彼を襲う。


「あの背中に乗ってる人、誰……?」


 それは一人のプレイヤーの呟きだった。その瞬間、プレイヤー達やクロードの注目は、芋虫のような体躯をした化け物ではなく、背中に乗る一人の人間へと移った。


(てか、今の声──)


 聞き覚えのある声。

 何より、この規格外の登場。クロードの中に生まれる、一つの淡い期待。

 捕食した獲物を咀嚼する背中から、下に向かい叫ぶ一人の影。

 

「俺は『俺を乗せて動いてみろ』としか言ってねぇよな⁉︎ 何いきなり地面潜ってんだこの馬鹿!」


「ああああああああぁぁ…」


「もう知らん! 死ねこの野郎!」


 そう吐き捨て、その背中から飛び降りる。地面に着くや否や、その巨体は彼の影に吸い込まれるようにして消えた。

 白い仮面の隙間から小さく息を吐き、辺りを見回す。


「ったく。にしてもこれ乱入してよかったのか? どう見てもボス戦の最中──」


 仮面の下で顔をしかめる。

 周囲の初心者たちは事態を飲み込めず、完全に固っていた。そして彼は──ヤブキは、その中にいる見知った顔を認識した。

 刀を下ろしたまま、自分を見つめている人物。


「あ」 


 今度はヤブキの動きが固まった。

 腰に携えた日本刀。うねったその髪に、その顔立ち。忘れもしない。


「……バカは君だよ。本当に」






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