24.『山積みの課題』
♢
「主の力の詳細……ですか?」
「あぁ」
村の問題を確認したところで、次にヤブキが試したかったこと。それは『ゴルギアスの恩恵』の確認だった。新たに得たスキルや向上したステータスの試運転もしたかったが、それよりも気になるのは変化した職業の『断罪者』について。
一応彼自身もログインする前、攻略サイトで検索もかけたものの、その単語すら出てこなかった。表向きには発見されていない職業の可能性が高いと、ヤブキは判断した。
「正直俺一人で試すより、お前がいてくれたほうが助かる。悪いな」
「いえ。誠心誠意努めさせていただきますゆえ」
(さっきのこと気にしてる……?)
──村を離れ、モロクが先ほど切り開いた荒野に立つ。
「ヤブキ様が手にした恩恵はゴルギアス様の力の一端。"権能"と呼ばれる、唯一無二の力です」
ゼーレは静かに説明を始めた。
『憤怒の権能』と呼ばれるそれは、スキルや魔法等とは根本的に異なる力らしい。継承したての現時点で使える権能は三つ。
『怒レル支配者』『眷属融合』そして、『思念伝達』。
「まず初めに『怒レル支配者』についてご説明致します」
『怒レル支配者』。憤怒の力を象徴するとされるその権能は、魔力を消費し配下の悪魔を呼び出す事ができるというもの。
呼び出す悪魔の種類によって、召喚する際の魔力の消費量は比例する。ゼーレやモロクといった六魔族などの場合、高い実力に伴い、その分多くの魔力を必要とする。
魔力。
その単語を聞き、ヤブキは昨日の自分のステータスを思い出していた。
一つだけ異彩を放つ圧倒的数値。継承によって増えた魔力量ならば、無制限に召喚することも可能なのではないか。
(もしかしなくても、ブッ壊れ確定の能力だな)
一対一の戦闘に数の暴力が加われば、これほど組み立てやすい戦闘もない。試す以外の選択肢はなかった。
「呼び出す際は合言葉を決め、その詠唱をしてください。ヤブキ様の影より、悪魔が顕現なされます」
「あ、合言葉?」
魔法の詠唱とは異なり、権能を行使する場合は自身で決めた合言葉を唱える必要があると、ゼーレは言う。
(恥ずかしいのはちょっとアレだし……端的なやつを……こう……)
ヤブキは魔力の流れを意識し、短く言う。
「行くぞ」
その瞬間、ヤブキを中心として地面に暗い影が広がる。そしてその影は徐々に枝分かれし、中から悪魔が顕現する。十体、二十体、三十体……気がつけば、数十体の下級悪魔がヤブキを取り囲むようにひれ伏していた。
「ハハ……これは、想像以上だな」
自身があれだけ苦戦した敵が、今度は自分の手足となって動く。その期待に胸を膨らませる。
よく見ると悪魔たちには個体差があった。筋肉質で大柄な個体。瘦せ型で機敏そうな個体。鱗に覆われた個体。角が三本生えた個体。
「流石。お見事です」
メリットは明確だった。自身の膨大な魔力を活かせば戦闘に役立つのは勿論のこと、短時間で大量の労働力を確保できる。警備や運搬、力仕事に即戦力とできるかもしれない。
「戦力や労働力はこれで問題解決じゃないか?」
「僭越ながら、申し上げますと……」
一方のデメリット。それは現時点での熟練度が足りないのか、高度な技術や精密作業は苦手で、命令を明確にしないと怠業や暴走の危険があるということ。住民が悪魔をどう受け止めるか、という心理的な問題も無視できない。
「成程。現状は戦闘用兼、大陸の防衛担当ってところか」
「我々悪魔は主の魔力により存在している為、実体がありません。その為破壊されてもヤブキ様の魔力が尽きぬ限り、何度でも復活し戦います」
(その上半分不死身……こりゃ、相当心強い)
召喚した悪魔たちはひとまず、モロクと同じように土地の開墾を命じた。
そして魔力の数値を確認する。今の召喚で消費した魔力量は──約10000。その上破壊されればさらに魔力を消費する。一般的にこの消費量は多い部類であるが、自身の最大量から見るその数値は存外少なく見えた。
「よし、次のやつ頼む」
次に試したのは『眷属融合』だった。その名の通り、自身の眷属である悪魔を合体させ、より強い悪魔を生み出すことができる。
「とりあえず試してみるか」
整備中の下級悪魔を適当に二体選び、意識を集中させる。発動の意を固めた際、魔力が大きく引き込まれる感覚に苛まれる。二体の悪魔が粒子となって混ざり合い、薄暗く輝く。
光が収束したあと、一つの影が現れる。ほぼ裸に近い下級悪魔とは異なり、燕尾服を見に纏い、知性を思わせる所作。現れたのは、中級悪魔だった。
「おぉ。進化した」
メリットは、戦力や労働力の質を段階的に高められる点にある。下級悪魔、中級悪魔、上級悪魔と来て、将来的には魔王級にまで強化できるという。
「対するデメリットは、素材にした悪魔が消滅すること、そして失敗のリスクがあるということです。また合成にはそれなりの時間と集中を要するため、現時点では大量生産には向かないかと」
「今は単純に数の暴力で押した方が良さそうだな。これは封印っと……」
最後に『思念伝達』を試す。
『聞こえるか?』
心の中でゼーレに呼びかけると、すぐに返事が返ってきた。
『はい、ヤブキ様。はっきりと聞こえております』
目の前にいるにも関わらず、その口は動いていない。頭の中に直で流れる、明瞭な声。
『こりゃ便利だな。秘密の会話なんかにも役立つ』
『思念伝達はヤブキ様の配下……つまり、悪魔とのみ可能となります。』
『流石にプレイヤー間では使えないか。にしても優秀だ』
そうして確認し終えた三つの権能。どれも将来性、実用性に富んだ優秀な力だった。
「言い忘れていましたが、この『暁の従地』と、ヤブキ様が最後に訪れた場所へは私がゲートを開きます。いつでもお申し付けくださいませ」
ゼーレが礼儀正しく頭を下げる。
「……俺はお前とバイトがしたい」
「へっ?」
心の底から出た本音だった。
力の試運転を終えた二人が戻った頃。村では簡素ながらも祭りが開かれた。
新たな王の誕生を祝うためのものだ。焚き火が焚かれ、住民たちが集まり、乏しい食料を分け合って食事をする。
子供たちが笑い、老人が昔話を語る。貧しいながらも、どこか温かい空気が村を包んでいた。
ヤブキとゼーレは、焚き火から少し離れた場所で話をしていた。
「『断罪者』……要は、罪を断つ者。罪って言えば……」
『七大罪。その内ゴルギアス様は『憤怒』司るお方でした』
『七大罪……アイツが呼んでたな。忌まわしき同胞と』
ヤブキが連想したのは、現実世界にも伝わる伝説。
──七つの大罪。
キリスト教に伝わる、死に値する罪。
嫉妬。強欲。怠惰。色欲。暴食。傲慢。そして──憤怒。
元々仲間だったもののゴルギアスは彼らと戦った。そして全員を滅ぼさなければ、戦争に終わりはない。 ゴルギアスの発言や、終末戦争の存在。ヤブキの中で仮説が出来上がる。
──七大罪を殺すことは、ゲームクリアに大きく近づく事を意味する。
未だかつて誰も到達していない、神域への頂。その手がかりが今、ようやく掴めた。
「その七大罪って奴らが何処にいるか、わかるか?」
「……お恥ずかしい事に。彼らは終末戦争を最後に表舞台から姿を消しており、手がかりすらつかめていません」
(そもそも終末戦争が何かも分かってないんだよな……)
ゴルギアスの口ぶりから、かつて大きな戦いがあった事は分かる。しかしそれ以上の情報を得るには、現時点では何もかも足りない。
(いや、今考えても仕方ないか)
ここから先は、自身の唯一の協力者と仮説を立てていけばいい。ヤブキは一息付き、再び村を見渡す。
「まぁそれは一旦後回しにして、まずはこの村の発展だな」
領地を統べる王として、今の現状を見過ごすわけにはいかない。技術力、労働力、そして外交。どれもが不足しており、課題は多い。
「だが食の方は、今より少しはマシになりそうだ」
瘴気が消えたことで、森や海に再び悪魔以外の生き物が住み始めている。狩りの成果も、以前よりは上がっているらしい。
「にしても美味いな。なんだこれ」
ヤブキは村人から渡された串肉を頬張る。ゲーム内ながら、味覚や食感は現実さながらに再現されており、噛むたびに濃厚な肉汁が口内へ広がる。
「突進猪の串焼きですね」
「……モンスターかよ」
弟妹にも食べさせてあげたいと一瞬考えたが、すぐにその考えはなくなる。
想像と違う肉に困惑しつつ、ヤブキは焚き火を見つめながら、続けた。
「家だけじゃなく、衣服や武器なんかも技術がねぇと駄目だな。どう考えても最優先で解決すべき課題だ」
「仰る通りかと」
ゼーレは静かに頷いた。
「つってもこの世界にそんなアテは俺にはねぇし……どうしたもんかな」
「それでは、僭越ながらよろしいでしょうか?」
手詰まりで悩む中、ゼーレがあることを提案。
「起源の大地で最も栄える街——『ネクスリム』を目指すのはいかがでしょう。盆地の交易都市で、職人や技術者が多く集まる繁栄地として有名です。人材確保には最適かと」
「……成程」
ヤブキは静かに頷いた。
技術職を確保するなら、プレイヤーよりもこの世界に住むNPCの方が望ましいだろう。ゲーム公式の設定でNPCが多いとされるならば、優秀な人材も必然的に集まるのが道理。
「よし、そこに行こう。ありがとな」
「恐縮です。それでは、すぐにゲートを開きますゆえ」
話が一段落したとき、ゼーレが静かに付け加えた。
「それとヤブキ様。外部の人材を招くのであれば、信頼できる方に声をかけるのも一つの手かと。以前、ご一緒されていた方などいらっしゃいますか?」
「ん、一緒に……?」
その言葉を聞いた瞬間、ヤブキの頭にある一人のことが浮かぶ。
中性的な顔立ち。異世界に似合わない、黒い和服。腰には一本の刀。
「……あ」
そう呟いて、ヤブキは固まった。
(最近、何か忘れてると思ったが……)
自身がここへ来てから一週間ほど。キョウイチロウに襲われ、死亡して以来会っていない。急いでフレンドリストを確認すると、そこには。
「うぉッ‼︎ なんだこれ⁉︎」
開いた瞬間あたりに響き渡る、数十件を超えるメッセージ通知。その全てがクロードからであり、心配や合流を望む意図であった。それが直近に近づくにつれ、だんだんと長文に変化していた。
完全に記憶の外に置いていた。クエストのことで頭がいっぱいになり、彼との約束も連絡も、何もかもすっぽりと抜け落ちていた。
「……ゼーレ。『スターティア』に、ゲートを頼む」
「しょ、承知致しました。……大丈夫でしょうか? ヤブキ様」
重く苦しい声。ヤブキは思わず頭を抱えた。
「これは……早急に解決すべき課題……だな」
祭りを祝う住民たちの明るい声が、遠くで聞こえている。その中で、ヤブキだけが、早くも次の問題に追われ始めていた。
──この世で最も偉大な王は死に、世界は過去を辿る。
王亡き後も、争いは終わることはない。
かつて、王を夢見た者。王を羨んだ者。
その醜い嫉妬は、怒りを再び呼び覚ます。
理想を叶えるのは人か。それとも。
【ワールドクエスト第二節『頂点ヘノ羨望』開幕】




