23.『おとこははだかをそつぎょうした!』
ヤブキ、王になる
♢
「マジで俺は何回このミスをすればいいんだ……?」
──数日後。
再び徹夜という最大の無茶をし、ヤブキの身体には疲労が溜まっていた。その後も夜までバイトが続く日が多く、あれから数日が経ちようやくログインできる状態となった。
目を開けると、そこは昨日と同じ玉座の間──ではなく、その裏にある村の家屋だった。窓の外から差し込む夜光は、もう紫がかった瘴気を含んでいない。澄んだ空気が、ひび割れた石の床を優しく撫でる。
「おはようございます、ヤブキ様」
「うぉ! びっくりした!」
目覚めた直後、背後から声が聞こえる。そこには礼儀よく構え、こちらへ頭を下げるゼーレ。
「……もしかして、ずっと待ってたのか?」
「主が目覚めた際の気配を感じ取り、馳せ参じました」
「ル◯バかお前は」
「それはそうと、ヤブキ様にお渡ししたいものがございます」
彼女は懐から黒い包みを二つ取り出し、丁寧に差し出す。
「まず、こちらをお受け取りください」
一つ目はコートなどの衣類一式だった。黒を基調としながら、光の角度によって微かに赤黒い光沢を帯びる生地は、見た目以上に柔軟。戦闘を想定しているのか、要所要所に薄い金属の補強が仕込まれているが、重さは感じにくい。袖口や襟元には、微かに赤黒い紋様が刻まれている。
「そういや俺、ここ来てからずっと裸同然だったな。助かる」
「新たな王に相応しいお召し物でございます。それと……」
そして二つ目の包みに入っていたものは、白い仮面。独特な文様、ゴルギアスが付けていたものによく似た形状をしていた。しかし、赤黒い血のシミはない。
「これは『退魔の面』。ヤブキ様の中にある主の気配が漏れ出るのを防ぐものです。人前に出る際は、必ずご着用ください」
「そんなオーラみたいなのが出てんのか?」
「常人には問題ありませんが、見るものが見ればはっきりとわかります。用心に越したことはありません」
「……なるほどな」
ヤブキは衣服をそそくさと身につけ、仮面を顔に当てた。冷たい感触が肌に馴染む。黒いコートに白い仮面。備え付けの鏡で見るとどことなく、ゴルギアスの姿と重なる部分があった。
「これで街歩いてていいのか?」
しかし、どう見ても一般人ではない。それこそゴルギアスのような、なんとも言えない威圧感が滲み出ている。
「とてもお似合いですよ。偉大さや荘厳さが溢れ出ています」
「……悪魔の価値観はわかんねーな」
──村の外の荒地では、モロクが荒れた大地を切り開いていた。
巨大な口で岩を噛み砕き、その巨体で木の根を引き抜き、恐るべき速度で整地していく。乱暴だが、確かに開拓は進んでいる。
「土地は広い方がいいだろうと、ヤブキ様が眠っている間に命じておきました。土地の開墾は領地の発展の第一歩ですので」
「あいつって会話できるのか? 叫び声しか聞いたことねーぞ俺」
「彼女曰く、人間の言葉は勉強中だそうです」
「勉強て」
ヤブキはしばらくその様子を見てから近づいた。心の底ではまだ僅かな嫌悪感が拭えなかったが、それを飲み込み歩み寄る。
「おい、モロク」
その声を皮切りにぴたりと動きを止め、振り返る。巨大な口がゆっくりと開いた。
ヤブキは少し間を置いて、言った。
「……色々、悪かったな。これからよろしく頼む」
モロクはしばらくヤブキを見つめていたが、突然、声を上げた。
「ああああああああああぁぁぁぁ……」
「なんて言ってんだこれ」
「『主の後継、美味しかった』だそうです」
「よし。お前やっぱもっかい殺す」
容赦なく中指を立てるヤブキを尻目に、満足したように喉を鳴らし、再び動き出した。その動きには先ほど以上の活力が満ちていた。
その様子を見ながらゼーレが補足する。
「モロクは六魔族の中でも、特に本能に近い存在でございます。知能がないわけではありませんが、思考の大半を食欲と主への忠誠が占めております。言葉を発するよりも、行動で示すタイプかと」
「つまり頭は悪くねぇけど、会話は苦手ってことか」
「はい。ああ見えて主君の命令は正確に理解しておりました。現在もヤブキ様を主と認識し、この土地を守る意志は失っていないようです」
奇妙な形ではあったが、これで一応の和解はできたらしい。
──モロクとの接触を終えたヤブキは、次に村の住民たちから直接話を聞くことにした。
村では、住民たちがそれぞれの作業をしていた。ヤブキは一人ひとりに声をかける。
角の生えた中年の男は、傾いた家を指差して言った。
「雨が降ると、寝床が濡れるんです。もう何度直したか」
次に話しかけた翼のある若い女は、食料の話をした。
「なんとか食いつないではいますが、冬に備えるほどの余裕はありません。食料の備蓄をしなければ……」
ある人間の老人は杖をつきながら、外の世界への不安を口にする。
「外の様子がまったくわからん。長らく世界との関わりを絶っていたからのぉ」
そして子供連れの母親は、防衛への懸念を隠さなかった。
「また戦が起きたら、子供をどう守ればいいのでしょうか。ヤブキ様……」
一つひとつ、丁寧に話を聞いていく。返ってくる言葉はどれも、生活の厳しさを具体的に伝えるものだった。
「しかし優先すべきはどう考えても、これだろうな…」
特に深刻だと感じたのは建物の傷みだった。
ヤブキが改めて村を見回すと、傾いた壁や剥がれた屋根が目立つ。かろうじて家としての原型を保っているものの、何かの拍子ですぐに崩れ落ちそうだった。
「これとかひでぇな。誰が建てたんだこんなあばら屋」
「うっ……」
ゼーレが、少しだけ視線を逸らした。
「……僭越ながら、私が」
「え」
「建築を含むほぼ全ての実務は、私が中心となって担っておりました。しかし専門的な技術は持ち合わせておらず……見様見真似で直してはまた壊れる、の繰り返しでございまして……」
(お前かい)
気まずそうに、それでも隠さず説明するゼーレの姿に、ヤブキは妙な親近感を覚えた。
それはそうと発言を訂正しなければならない。
「あー……知識が無いならしょうがねーな。えっと……建物のことは一旦置いておいて。試したいことがあるからついて来てくれるか?」
「……はい。承知いたしました」
ほのかに赤く染まる頬を隠しながら、呟くように答えた。
ゼーレが行っていた業務
・建築
・狩猟
・モロクや悪魔達との防衛連携
・ゴルギアスの監視
・外の世界の情報収集
・etc...




