22.『後継の責務、王としての決意』
当初想定していた話まで書ききれて、達成感がやばい
♢
『マジシャンズ・ラグナロク』に存在するプレイヤーの視界を、突如として赤いシステムウィンドウが覆った。
【ワールドクエスト第一節『憤怒ナル起源』閉幕】
短い文字。それだけだった。詳細も、これによりどうなるのかも、何一つとして書かれていない。
しかしその一文が引き起こした動揺は、この世界でも過去に類を見ないほどであった。
「ワールドクエスト? 何それ」
「閉幕って、誰かがクリアしたってこと?」
「こんなの聞いたことないぞ」
広場、商業区、闘技場前、初心者村。世界中のあらゆる場所で、同じような声が上がっていた。ほとんどのプレイヤーにとって、ワールドクエストという概念自体が未知だった。
この状況を見て、運営に問い合わせるプレイヤーも続出したが、返ってきたのは『想定通りの挙動であり、不具合ではない』という答えのみ。
その衝撃は、表層のプレイヤー達だけに留まらなかった。
機会を待ち、静かに力を蓄えていた『強者』たち──攻略最前線を走る、五大クラン。
彼らは皆、同じことを理解していた。
──何かが変わる。
停滞していた状況が、何者かによって動きはじめた。
そして世界が、動き始める。
そして一人。
風の強い高台で、燃えるような赤い髪の少女が同じウィンドウを見つめていた。
彼女は微かに目を細め、小さく息を吐く。
「やってくれるじゃない。……満点よ」
クリア者の名は出ていない。それでも、彼女は確信していた。
これからの未来に確かに感じる──これまでにない『熱』を。
「……状況を、整理したい」
外界の騒ぎなど知る筈もなく。ヤブキはステータスウィンドウを眺め、座り込んでいた。
暁の従地。ゴルギアスが消えた直後の、玉座の間。
「コイツは一体どういうことだ?」
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【★ステータス★】
【PN】ヤブキ
【LV】 72
【職業】断罪者
【HP】体力値 400
【MP】魔力値 100050
【STR】筋力値 120
【STM】スタミナ値 200
【VIT】耐久値 140
【AGI】敏捷性 290
【LUC】幸運値 80
・所持スキルポイント 残り360
【★装備★】
【右手】憤慨の婉曲刀
【左手】なし
【頭装備】なし
【胴装備】なし
【腰装備】なし
【足装備】なし
【アクセサリー】なし
【★所持金★】0ゴル
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レベルは72。前回確認したときから大きく上がっている。スキル欄には見慣れないものが増え、スクロールしなければ全体を見渡せないほどだった。
しかし、ヤブキが何より違和感を覚えたのは『魔力』の数値だった。
「100000……?」
明らかに一つだけ桁がおかしい。これまでの自分の数値感覚からかけ離れた数字が、冷たく表示されている。
そして職業欄を見れば、元の『傭兵』の文字は消え、代わりに『断罪者』の表記が。
「……何だこれ」
ヤブキは画面を見つめたまま、小さく息を飲んだ。自分の中に、明らかに『以前の自分』ではない何かが流れ込んでいる。
(普通に考えりゃ、ゴルギアスを取り込んだことで起こった恩恵……しかし、職業まで変わるのは何なんだ?)
左腕に残る微かな温もりがそれを静かに証明していた。嬉しいのか、怖いのか。ヤブキは自分でもうまく整理できないまま、ただその違和感を噛み締めていた。
「ま、考えても仕方ねーか。とりあえず元の──」
その時、ヤブキは思考を止めた。いや、止まったと表現した方が良いのかもしれない。
前提として、受注したシナリオである『憤怒ナル起源』はクリアした。スキル使用不可の制限もなくなり、窓を覗けば辺りに満ちていた瘴気は跡形もなく消え去っていた。
(空気が澄んでいて……じゃねぇ。これ、どうやって帰るんだ?)
なんの前触れもなく、突如連れてこられたエリア。元の『スターティア』へ戻る方法など、ヤブキには知る由もなかった。
「……やっぱり、自分で死ぬしかないのか──」
デスポーン。死によって元の地へ戻る、倫理感の欠如が感じられる禁忌。
しかしもはや選択肢など無く、曲刀を取り出そうとしたその時。
「お初にお目にかかります。ヤブキ様」
前方の暗闇から、静かな足音が近づいてくる。
ヤブキは画面を閉じ、自然と身構えた。
現れたのは腰にレイピアを携え、黒い礼服に身を包んだ一人の女性。その顔にはゴルギアスのつけていたものとよく似る白い仮面。彼女はヤブキの前で立ち止まると一呼吸置き、静かに仮面を外した。
凛々しく、整った顔立ちが露わになる。その瞳はヤブキを真っ直ぐに見つめていた。
「ゴルギアス様配下……『憤怒の六魔族』が一人、ゼーレと申します」
「ゴルギアスの……配下?」
簡潔な自己紹介。丁寧に一礼し、敬語で続ける。
「主の気配が消え、今は貴方様の中にある。そうなれば、私の成すべきことは決まっています」
「……仇討ちでもするか?」
問いに、深く頭を下げる形で答える。
「これから全霊を持って、貴方様に仕えさせていただきます」
ヤブキは少し黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「アイツを殺したんだぞ、俺は。憎くないのか?」
「主がそれを望み、貴方様がその思いを受け取った。長き呪縛から解き放ってくださった。……感謝してもしきれません」
頭を垂れるゼーレからは、嘘偽りない感謝の念が感じられた。しかし、わずかに声が震えている。
「俺に何を望む?」
「貴方様の辿る道が、私共の進む道。口出しする気は毛頭ございません。……しかし」
何かを言いかけると同時に、顔を上げヤブキの目を見つめる。
凛々しく綺麗なその顔に、思わずたじろぐ。
「一つだけ、見てほしい物がございます。……主が、大切にしていた物です」
その瞬間、ヤブキの頭に浮かぶのは、ゴルギアスの最期の笑顔。
左腕の紋様がわずかに疼く。
「分かった。案内してくれ。ゼーレ……だったか?」
「……ありがとうございます。ヤブキ様」
──二人は城を出ると、そのまま裏手の森へと向かった。
崖から見たときは城で隠れていて見えなかったが、他の荒野とは異なる、木々が生い茂る自然豊かな土地。
途中、ヤブキは空を見上げて足を止める。紫がかった瘴気は完全に消え、澄んだ夜空が広がっていた。
「……綺麗だな」
「主がいなくなったことで、この土地を覆っていた瘴気も消えました。私も久しくこのような空は見ていません」
歩きながら、ゼーレが静かに尋ねる。
「……主は、最後に何かをおっしゃっていましたか?」
「あぁ」
ヤブキは少し間を置いて答えた。
「『ありがとう』……だってよ」
ゼーレは小さく目を見開き、そして静かに目を伏せた。
「……そう、ですか」
しばらく沈黙が流れた後、彼女が続けた。
「長い間……ゴルギアス様にお仕えしました。意思を無くされてからも、ただその背中を追い続けておりました。あのお方にとって私は、忠臣以上の存在ではなかったでしょう。それでも私にとっては唯一の主君で──」
ぽつぽつと呟くゼーレだったが、思いとどまったようにそれを止めた。
「……申し訳ありません。無駄話が過ぎました」
背を向けたまま、謝罪する。
(気丈に振る舞っちゃいるが……現実を受け止めきれてないのかもな)
数千年仕え続けた主君がいなくなったのだ。その心労は計り知れない。
そんな沈黙を、再びゼーレが破る。
「そういえばヤブキ様。六魔族は現在この大陸には私と、もう一人残っております。ヤブキ様も戦われた──」
その瞬間、一つの記憶が蘇る。この大陸に来てから幾度となく戦い、その身を食われた憎むべき敵。
「もしかして……モロクか?」
「はい。その通りです」
「……アイツ、人だったのか」
「本人は食欲のままに外敵を喰らっているだけのつもりでしたが……結果として、彼女も私と共に仕え続けた忠臣です」
「しかも女かよ。尚更悪いことしたな」
「他の六魔族は現在、それぞれの目的の下散り散りになっています。しかし──」
ゼーレは前を見据えたまま、静かに言い切った。
「……必ず、集め直してみせます」
そうして居るうちに、森の出口が見えかけていた。
「着きました、ヤブキ様」
森を抜けた先にあったのは──小さな村だった。
お世辞にも栄えているとは言えない風景。建てられた家は木製で、壁がところどころ朽ちている。屋根が取れかけ、吹きっさらしの家も珍しくはない。
しかしそこには、多種多様な種族たちが暮らしていた。角を持った子が走り回り、翼のある者が屋根の上から様子を窺っている。異形の姿をした大人たちが、人間の老人と並んで立っていた。
「これは?」
「ゴルギアス様がその昔──終末戦争から守った自身の配下達。その一族の末裔です」
ゼーレが進み出ると、村人たちが不安げに集まってくる。
その神妙な面持ちから、何かを察し始める。
「ゼーレ様……ゴルギアス様は、どうなされましたか」
老人の一人が、恐る恐る尋ねた。
ゼーレは静かに、しかしはっきりと答えた。
「主は眠られました。……安らかな最期だったそうです」
村に重い沈黙が落ちる。誰かの息を飲む音が聞こえた。ある子供は、側にいる母親の服を強く握る。
次第に不安と恐怖が、波のように広がっていく。
「では私たちは、これからどうなるのですか」
「また……戦が、起こるのでしょうか」
「早くこの地を離れた方が──」
「静粛に」
ざわめきが大きくなる中、ゼーレが静かに手を上げた。
「ゴルギアス様はもういません。……しかし、あの方は後継を残されました」
そう言って、彼女はヤブキを村人たちの前に促した。
「主の最期を看取り、その力を受け継いだ。それがこちらの、ヤブキ様です」
一斉に視線が集まる。
(おいおい……これは、もしかしてそういう流れか?)
ヤブキはその圧に思わず口をつぐんだ。
「ヤブキ様」
ゼーレが村人達に背を向け、小声で話しかける。
「貴方様に後継を強要するつもりはありません。貴方様の辿る道が我らの辿る道。しかし……」
淡々と告げていくが、その表情はどこか晴れない。
突然のことで、何を言えばいいのか見当もつかない。しかし、ゼーレの視線と村人たちの怯えた目が、彼を黙っていさせなかった。
(やるしかねぇか)
ヤブキは一歩前に出て、声を張った。
「俺はヤブキ。今さっき、ゴルギアスと戦って……アイツの最後の思いを受け取った」
最初は、自分でも何を言っているのかわからないような感覚だった。だが、言葉を継ぐうちに、胸の奥の熱が静かに形を成し始める。
「アイツは自分の人生に絶望してた。でも……最期は、笑ってた。まるで何かから解放されたようにな」
短く、しかし明確に言い切った。
「アイツが担ってた全部、今度は俺が受け継ぐ。お前らが俺を認めるなら──俺は命を賭けて、お前らを守ってやる」
村人たちの間に、再び沈黙が落ちる。
「どうするかは、お前達が自分で決めろ」
やがて誰からともなく、小さく頭を下げる者が現れた。それが波のように広がり、村の空気が、わずかに、しかし確かに変わり始める。
不安の色は薄れ、代わりに、安堵と、わずかな期待が混じった表情が広がっていく。
「…………」
その光景を見つめていたゼーレが、ゆっくりと跪いた。
彼女の瞳にはヤブキの姿と、かつての主君の姿が重なって見えていた。誰よりも強く、そして暖かい背中。
──私の理想はこの光景だよ、ゼーレ。人も魔も、全てが平等な世界。それを夢見て私は進み続ける。
死んでも…………死んだ後も。
今は亡き主君の言葉を思い出す。
一筋の涙が、白い頬を伝う。
しかし彼女はすぐにそれを堪え、深く頭を下げた。
「ありがとうございます、ヤブキ様」
声はわずかに湿っていたが、もう震えてはいなかった。
「改めて私共一同、命果てるまで貴方様についていきます」
こうして、この場にいるヤブキ以外の全ての民が、彼に頭を下げた。
「おう。よろしくな」
そうして、暁の従地に天から光が差し込む。
眩いばかりの朝日が、村全体を照らしていた。
「おぉ…これは」
「伝承に伝わる、『朝日』というものではないか⁉︎」
「綺麗……」
(…………ん? 朝日?)
村人達の話が、ふとある記憶を思い出させる。
急いでパネルを取り出し、時間を確認する。
『現在時刻 5:00』
「またやっちまった」
村人達が初めての朝日に感激する中、ヤブキだけが肩を落としていた。
そして世界は、また一つ静かに、しかし確実に次の段階へと進み始めていた。
──この世で最も偉大な王は死に、世界は過去を辿る。
王亡き後も、争いは終わることはない。
かつて、王を夢見た者。王を羨んだ者。
その醜い嫉妬は、怒りを再び呼び覚ます。
理想を叶えるのは人か。それとも。
【ワールドクエスト第二節『頂点ヘノ羨望』開幕】




