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【第一章完結】『貧者英傑』 ー金無し野心ありの神域踏破ー  作者: ガンダッシュ
欲張りな貧傑、英雄とならん

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15/22

15.『憤怒ナル起源』

第二章、始まります



 ──そこは静かだった。


 崩れた石壁の隙間から、紫がかった空が覗いている。風も音もない、荒れた城の玉座の間。

 そこにはかつての栄華など、毛ほども感じられなかった。


「……………………」


 人がいる。仮面をつけている。血で染まった赤黒い仮面の奥で、虚な瞳がただ空を見つめている。

 言葉を発することは終ぞない。動く気配すら、感じられない。

 

 その身体の端々は、まるで長い時間をかけて少しずつ崩れていくように、静かに力を失っていた。

 男はただ呆然と、どこか遠い場所を見ているような目をしていた。


「……………………」


 それは長く待ち続けている者、あるいはすでに()()()()()()者の、静かな絶望のようだった。



 ──ワールドクエスト第一節・『憤怒ナル起源(ゴルギアス)』。


















「……どこだここ」


 ヤブキが目を覚ましたのは、見慣れない土地だった。

 紫がかった瘴気が低く這うように大地を覆っている。空気は重く、湿った鉄錆のような匂いが鼻腔を刺す。荒れた大地は亀裂だらけで、黒い岩が鋭く突き出していた。一つ一つが巨大な獣の牙のようだ。

 ただ足元の乾いた土がわずかに軋む音だけが、彼の耳に届く。


「……地獄?」


 人どころかモンスターの一体すら見られない。自身が拠点としていた『スターティア』に、こんなエリアは見たことがない。


(最後のリスポーンポイントは宿屋のはずなんだが)


 辺りを見回しながら、ゆっくりと上体を起こす。状況を必死に理解する。

 自分は先ほどまで戦っていた。突如現れたプレイヤー ──キョウイチロウと。

 自分にできることは全てやったつもりだった。短い期間ではあったものの、このゲームで学んだことを全て活かし、死力を尽くした。なのに、負けた。

 

 視界がまだぼやけている。首の断面に残る冷たい感触、身体が二つに分かれた感覚。

 

 ——あれがゲーム内の死か。


「ま、二度とごめんだな。あんな体験は」


 本当の死ではないとはいえ、独特で不快な感覚だった。まるで自分がどこか遠い存在になり、そして再び自分の中に戻ってくるような体験。

 これ以上死なない為にはどうすればいいか。


「強くなるしかねぇな。もっと力を付けて──」


 アイツ(キョウイチロウ)とまた戦いたい。今度こそ、勝つ。


 気持ちに整理がついた頃、ふと視線の端に半透明のパネルが浮かんでいることに気づく。自動的に展開されたステータス画面に、文字列が並ぶ。


ーーーーーーーーーーーー

【★ステータス★】


【PN】ヤブキ

【LV】 30

【職業】傭兵

【HP】体力値 70

【MP】魔力値 7

【STR】筋力値 25

【STM】スタミナ値 10

【VIT】耐久値 20

【AGI】敏捷性 10

【LUC】幸運値 30

・所持スキルポイント 残り20


【★装備★】

【右手】なし

【左手】なし

【頭装備】なし

【胴装備】なし

【腰装備】なし

【足装備】なし

【アクセサリー】なし


【★所持金★】0ゴル


ーーーーーーーーーーーー


【デスペナルティ:ステータス制限・所持金含むアイテムの消失】


「所持金は違うだろ所持金は‼︎」

 

 思わず声が出る。

 自分の見るに耐えないステータスに触れることなく、ヤブキの目には所持金の欄しか写っていない。

 衣服も、靴さえ取り上げられ、初期装備の半ズボンのみという格好で、ヤブキは怒る。自分にはもう何も失うものなどないかのように。


「まッッッッじであのサイコ野郎だけはゼッテー殺す‼︎」


 そして新たな文字列が、パネルに追加される。

 別枠で赤い警告が表示されていた。


『現在エリア:暁の従地(ゴルギア)』『エリア特性:スキル使用不可』


「なーにがスキル使用不可だ‼︎ 金返せこのクソゲーが‼︎」

 

 明らかに重要な一文。しかし、脳が認識する手前、怒りによって情報を放棄する。

 彼の知能は一時的に小鬼族と遜色ないレベルまで低下していた。







 ──十分後。

 聞くに耐えない恨み言を宙に浮いたパネルへと吐き捨て続け、ヤブキは落ち着きを取り戻す。


「……今日はこの辺にしといてやる」


 諦め半分、疲労半分と言ったところだろうか。

 しかしヤブキは思い出していた。死の淵のあの瞬間の機械音、そして提示された選択。


(あの時死んで、何かが起きたんだろう)


 『断罪ノ刻』、そしてワールドクエスト『憤怒ナル起源』。自身の目指す『ワールドクリア』と、なんら関係が無いとは到底思えなかった。


「もしかして俺の上げた幸運値の影響か……?」


 不確定な条件を達成し、見事自分の手でシナリオを発生させた。確かに幸運と呼ぶ他ないだろう。

 ──概要が全くの不明であることを除けば。


「やっぱクソゲーじゃねぇか! ……はぁ」


 話すべきNPCも、戦うべきモンスターもいない。ヤブキに出来ることは、この得体の知れない大地をただ、歩いてみるだけだ。そう思い歩き始めようとした瞬間、地面が微かに震えた。


 ——ザラリ。


 砂が動く音。ふと振り返ると、十数メートル先の岩陰から何かが這い出してきた。


「…………」 


 黒一色で、輪郭がぼやけている。人型に近いようで、四足歩行の獣にも見える。まるで濃い影が凝縮されたような存在で、手足の位置すら定まらず、時折溶け合うように形を変える。

 唯一、中央に大きく裂けた口だけが異様に鮮明だった。頭上には『下級悪魔(レッサーデーモン)』の表示。


「ひゃっ、ひゃっ、ひゃ」


 乾いた甲高い笑い声。

 その瞬間、ヤブキの背筋を冷たいものが走った。キョウイチロウのあの恍惚とした笑顔と重なる。

 狂気と愉悦が混じった、同じ匂いがした。恐怖がまだ完全には抜けきっていない。


(チッ。なんだコイツ)


 武器を握っているようだが、それすらも黒い煙のように曖昧だ。動きは一定でない。時にゆっくりと、時に突然加速し、関節の位置が狂っているかのようにくねる。

 普通のモンスターとは明らかに違う。言語化するのは難しいが、存在そのものが『おかしい』と思わせる、本能的な恐怖。視線を合わせると、胃のあたりがざわつくような得体の知れない嫌悪感が込み上げる。


(……やるしかねぇな)


 恐怖を振り払い、拳を固める。


「来い。素敵笑顔」


 黒い影が飛びかかってきた。半減したステータスでは反応が鈍いものの、間一髪でそれを躱す。刃らしいものが土を抉り、砂煙が上がる。


「ひゃ、ひゃっはぁ‼︎」


 すぐに別の個体が左右から迫ってくる。同じ黒一色の、輪郭の定まらない悪魔。同じ笑い声。三体、四体と岩陰や亀裂から次々と湧き出してくる。


(動きが普通じゃねぇ。普通のモンスターとは根本が違う!)


 斧のようなものが振り下ろされれば身を捻ってかわし、刀のようなものが薙いできたら一歩後ろへ下がる。攻撃を「受ける」のではなく「合わせる」。

 相手の軌道を読んで最小限の動きで回避する、受動的な戦い方。万能さを活かしたヤブキの得意とする戦闘スタイルだが、疲れが溜まるほど、ますますその傾向が強くなる。


「……っ、がっ……!」


 一本の刃が腹を浅く掠めた。すぐさま別の影が背後から迫り、ふくらはぎを斬りつける。足の力が抜け、膝が折れかけてしまう。


 息が荒い。視界が揺れる。それはステータス減少の重みか、はたまた精神の不安定からくるものか。

 避けても避けても数が増える。十体を超えたあたりで、もう正確な動きなどできない。ただ必死に相手の動きに自分の身体を合わせて、振り払うように戦っているだけだった。


(クッソ、()()()()()‼︎)


 依然として、キョウイチロウの残像が頭の片隅でまだ笑っている。それを振り払うように拳を振り上げ、最も近い影の口元を殴りつける。歯が砕け、黒く粘る体液が飛び散った。だがすぐに別の個体が背後から迫り、刀でふくらはぎを斬りつける。


(まだだ)


 ──欲張りに生きると決めた。全部取る。金も、熱も、全部。もう死んでたまるか。


 だが身体はもう限界に近い。足が鉛のように重い。息が肺を焼く。


 ——そのとき、足元が突然大きく沈んだ。

 ヤブキの足元の地面が波打つように盛り上がり、巨大な裂け目が開く。


「ああああああああああああああああぁぁ……」


 叫び声が地面を震わせる。

 中から人の背丈を遥かに超える巨大な口が現れた。歯の一本一本が大人の腕ほどもある。舌は黒く、ぬめり、粘液を滴らせている。顔のない頭部だけが、まるで大地そのものから生えてきたように。


【エリアボス・潜醜美食魔(モロク・ゴルギアス)


「い、ッきなり、ボスのお出ましかよ‼︎」


 ヤブキが飛び退こうとしたが遅く、巨大な口が身体を残さず飲み込んだ。


 上下の歯が彼の胴体を捉える。骨が軋む感触。内臓が圧し潰される感触。衝撃が全身を貫き、視界が一気に赤く染まる。


 ——またかよ。


 身体が噛み砕かれ、粒子となって散っていく感覚。ただ存在が引き裂かれていく無機質な過程だけがある。意識が遠ざかる中で、ヤブキは歯を食いしばったまま最後の思考を巡らせた。


(……ゼッテー、コイツも殺す)


 世界が闇に落ちる。再び、死の感覚がすべてを飲み干した。

 ヤブキ、本日二度目の死。










モンスターに殺されるのと、プレイヤーに殺されるのでは

デスペナルティは異なります。

プレイヤーにPKされた場合、通常の『ステータス半減』

に加え、『所持金を含む全アイテム』がPKしたプレイヤーへと譲渡されます。

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― 新着の感想 ―
所持金を含む全アイテムって装備品も入ってるよな。重すぎない? 地道にクエストするよりPKしまくるのが最適解になってるんじゃないか。攻略Wikiに載ってそうw ここだけ見ると治安が安定してるのが想像出来…
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