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【第一章完結】『貧者英傑』 ー金無し野心ありの神域踏破ー  作者: ガンダッシュ
少年は立ち上がる、『熱』に浮かされて

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14.『 “動力“ と “羅針盤“ 』



 ──これが、ゲーム内の死か。


 首を断たれた瞬間の冷たい感触が、残像のように残っている。身体が二つに分かれた感覚。粒子となって散っていく四肢。視界がノイズに侵食され、音が遠ざかり、

 思考が白く薄れていく。その過程そのものが、奇妙に鮮明だった。


 死ぬという行為を、これほど味わったのは当然、生まれて初めてだった。


 そして粒子が収束を始める。バラバラになった自分が、再び一点に引き寄せられていく。首の断面から、まず細い光の筋が伸びる。それがゆっくりと肉と骨の輪郭を描き直し、肩がつながる。鎖骨が戻り、腕が、指が、一本ずつ再構築されていく。足の先からも同じように、粒子が集まって形を成す。

 ただ存在が『戻ってくる』という、冷たく機械的な感覚だけがある。体の内側が誰かに組み立て直されているような、無機質な再生。

 


 ──その最中に、声がした。

 機械的で、抑揚のない、耳の奥に直接響くような声。途切れることなく、淡々と流れ続けている。


『条件クリア達成』


『秘匿条件・確固たる決意:強者への反逆』


『判定:合格』


『プレイヤーには挑戦権が与えられます』


 そうして表示された文字列は──『断罪ノ刻』。


『選択待機中』


『選択待機中』


『選択待機中』


 問いかけは、選択を求めているはずだった。

 ヤブキの意識はまだ半ば闇の中にあり、思考が現実に追いつかない。粒子が体を形作る感触と、機械的な声が重なる。


 しかしふと胸の奥に残っていた熱——あの「欲張り」の余韻が、微かに反応した。


 ──何でもやってやる。


 言葉にならない意志が、無意識のうちに肯定を選んだ。


『肯定の意を確認』


『これより、ワールドクエスト第一節『憤怒ナル起源(ゴルギアス)』を開始します』





















 ──薄暗い部屋。

 モニターの青白い光だけが、机の縁と二人の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。一台のパソコン。画面には、つい先ほどまで続いていた()()の一部始終が、まだ残像のように残っていた。


 一人の男は椅子に深く沈み込み、画面を眺めている。口元が、ほんの少し緩んでいる。隣に立っている男も、同じ画面を見下ろしていた。


「……ふふっ」


 先に息を漏らしたのは、燃えるような髪色の男。声のトーンは柔らかい。あまりにも柔らかくて、かえって底が知れない。


「やったね、ようやくだよ」


 隣の男が、穏やかに肩をすくめる。


「顔緩みすぎだろ先生。嬉しくて仕方ないってか?」


「嬉しいに決まってるだろう。『断罪ノ刻』──ようやく動き出した、僕達の世界」


 制作者の声は柔らかい。しかし、その内側では別のものが静かに波打っている。

 このゲームにおいて、唯一自分が設計していないシナリオ。その詳細すらほとんど知らず、リリース当初から、プレイヤーの誰一人として発生させられなかったもの。

 

 ただそれは──()()が人生を賭けて残したものだということだけは、はっきりと覚えている。故に、誰も触れられなかったこの領域に、ようやく一人のプレイヤーが足を踏み入れた事実。男の胸の奥を深々と熱くする。


「彼らは今この瞬間、『マジシャンズ・ラグナロク』の世界において、最も熱い存在だった。ヤブキ君と……」


 制作者は一瞬、画面の端に映っていたもう一人の影に目をやる。キョウイチロウ。少しだけ彼にある思いを馳せるが、すぐに思考を止めた。今注目すべきは、もう一人の方だ。


 隣の男は、そんな制作者の横顔を眺めながら、画面に残るヤブキの最期の姿を見つめ直した。


「にしても粘ったな。実力差は目に見えてるってのに。最後の約束も本気か? あれ」


「本気だよ」


 制作者は穏やかに答える。画面から視線を外さず、自分なりの解釈を、飄々とした口調のまま紡ぎ始める。


「あの熱意はただの生き残り本能じゃあ説明がつかない。彼はこの戦いに本気で挑み、心から楽しんでいたよ。そして──自分の『理想』を理解した」


 彼は、ヤブキの内面にある『家族』と『熱』の葛藤など、知る由もない。ただ、画面に映った戦い方と最期の宣言だけを材料に、自分の持論を重ねていく。


「熱は理想を駆動する燃料、理想はその熱を正しい方向に向ける羅針盤だ。どちらかが欠けても、どちらかが強すぎてもうまくはいかない」


 ──熱に浮かされたとき、人は人でなくなる。その熱を支配するか、支配されるか。運命の岐路は、そこにある。


 隣の男は黙ってそれを聞いていた。先生がこういう話を始めた時は、たいてい止まらないから。


 持論を語りながら、画面の中で粒子となって散っていくヤブキの姿を、ゆっくりと目で追った。


「ただ理想を掲げ、安全なところから眺めているだけの凡人に僕は毛程の興味もない」


 ──自身の中に生まれる『熱』に従い、命果てるまで進み続ける。それが、『理想』を掲げる者の責務である。


 彼の内面では、静かな興奮が徐々に形を変えつつあった。自分の世界が、ようやく息を吹き返したという実感。そして自分の世界が誰かの手で初めて動いたという、言葉にしにくい充足感。どちらも、胸の奥で静かに燃えている。


「……いつの時代もああいう人間が、世界を変えるんだ」


 彼は画面に映るヤブキの最期の瞬間を巻き返し、もう一度目で追う。


「均衡の破壊者、熱の化身。……ワクワクしてきたねぇ」


 隣の男は小さく息を吐いた。声は相変わらず柔らかい。


「相変わらず極端だな、()()()()は」


 ──統矢と呼ばれた男は、そう言われてふっと笑った。


「極端で良いだろう? 中途半端な熱なんて、誰も動かさない」


 画面の中のヤブキに向かって、まるで直接語りかけるように、静かに呟く。


「僕と君。どちらの『熱』が『理想』を叶えるか。勝負と行こうじゃないか──ねぇ、ヤブキ君」


 そう言った統矢の目には、興奮で満ち満ちていた。

 隣の男はその言葉を聞き流すように、しばらく沈黙する。


「……あ」


 やがて、思い出したように、穏やかな声で口を開く。


「そういや先生。()()は元気か?」


 西園寺統矢が、きょとんとした顔を上げる。柔らかい声のまま、少し首を傾げて答えた。


「……誰だっけ?」


 その言葉に、男の心の揺らぎは無かった。彼にあるのは、これから先の未来への、抑えきれない期待のみ。












第一章、完結。

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