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【第一章完結】『貧者英傑』 ー金と契約の神域踏破ー  作者: ガンダッシュ
少年は立ち上がる、『熱』に浮かされて

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11.『熱が冷める音』



 二人は森の入り口を越えた。

 月明かりが木々の隙間から差し込み、地面にまだらな影を落としている。

 風が葉を揺らす音だけが、静かに続いていた。


 ここは『貪婪虚弱(どんらんきょじゃく)の大森林』。この大陸でも屈指の大きさを誇る森であり、別名『初心の森(ビギナーフォレスト)』。このエリアだけに限った話ではなく、指定のエリアには生態系の頂点である『エリアボス』が存在する。


「エリアボスは強力だけど、その分得られる経験値も段違い。俺もまだ戦ったことはないけどね」


「ほーん。このエリアのボスって、昨日のバケモン(人鬼将軍)のことか?」


「いや、あれはレアエネミーって言って、通常はそこには生息しない特別なモンスターなんだよね」


 『貪婪虚弱の大森林』。そのエリアボスは、『グリードエイプ』。

 猿人族(エイプ)の長であり、この森でも無類の強さを誇るC級モンスター。

 戦闘中に手下の猿人を呼び出せるのは勿論のこと、手下を『喰らう』ことで一時的に能力を吸収することができる。体力も筋力も、それに応じてどんどん膨らんでいく。

 戦闘が長引けば長引くほど強くなる為、手下を先に始末する必要がある。単純な難易度もあり、『パーティ推奨モンスター』に指定されている。


「つまりは放置すると雪だるま式に強くなるってことか。面倒くせぇな」


「そう。でも、エリアボスを倒した実績があればギルドで『昇格試験』が受けられるらしいんだよね。ゲームクリアのためにも、まずはランクをあげるのが最優先だと思う」


 クロードは少し振り返り、ヤブキの方を見て笑った。いつもの軽い調子だが、目の奥には明らかな期待が宿っている。


「どうする? 試してみる?」


 ヤブキは短く息を吐いた。胸の奥に残る熱が、まだ静かに脈を打っている。


「よし、乗った。サクッとぶっ殺して寝るぞ」


「……いちいち物騒だね、発言が」


 木々は徐々に高くなり、幹は太く、枝葉が空を覆い隠していく。月明かりはほとんど届かなくなり、足元の道は闇に沈む。時折草むらが小さく揺れるが、二人は無視して奥へと進む。湿った土の感触が靴底に伝わり、どこか遠くで水の流れる音が聞こえる。


 しばらく歩いた頃、クロードが小さく呟いた。


「……静かだね。普段ならもう少しモンスターが出てくるはずなんだけど」


「エリアボスが近くにいるから、ってことか?」


「かもしれない。気をつけよう」


 やがて、木々がわずかに開けた空間が現れた。 そこには、すでに戦いが始まっていた。


 巨大な猿人——【簒奪大猿(グリードエイプ)】は、三人のプレイヤーに囲まれていた。

 体高は優に三メートルを超え、筋肉の塊のような両腕に錆びた鉄の鎖を巻きつけている。咆哮とともに、周囲の木々から数匹の猿人が飛び出し、手下として加勢する。


 その際、グリードエイプは手下の一匹を掴み、そのまま自らの口へ押し込んだ。猿人の体が光の粒子となって吸い込まれ、ボスの筋肉がさらに膨れ上がる。傷が僅かに塞がりかける。


「本当に仲間を食うんだな。美味いのかアイツら」


「今そこじゃないでしょ。……っていうか」


 二人は草むらに隠れながら、三人のプレイヤーを見守っていた。

 三人の装備はどれも高級そうで、明らかにこの辺りのプレイヤー層とは明らかに違う。その動きは洗練され、無駄がない。


「初心者にしては装備が整いすぎているような……?」


 彼らが守るように立っているのは、一人のNPCだった。若い女性の冒険者らしき姿で、片膝をつき、息も絶え絶えにしている。グリードエイプの一撃を受けた直後らしく、体に赤いダメージエフェクトが残っている。


「た、助けて……ください……」


 NPCが掠れた声で縋るように言った。だが、三人の反応は冷ややかだった。


「大人しくしとけ、死にたくないならな」


 三人の戦い方は効率的で、容赦がなかった。 しかし、決して殺さないようにする配慮が見られた。


 先頭のタンクらしき男がスキルを発動し、グリードエイプの注意を強引に引きつける。ボスが振り下ろした鎖が地面を抉り、衝撃波が周囲を揺らす。

 タンクの男はその余波を、()()()N()P()C()()()()()誘導する。それにより女性の体が小さく跳ね、さらに苦悶の表情を浮かべる。加えて手下の猿人がNPCに飛びかかろうとするのを、別の一人が軽く蹴り飛ばし、わざとボスの足元へ転がす。


「おい、ちゃんと守ってやれよ」


 別の一人が大剣を肩にかけ、笑いながら言う。

 言葉とは裏腹に、彼自身はボスの死角から高速の斬撃を叩き込み、腕の一部を粒子に変える。手下を一掃する際も必要以上に残虐で、猿人の体を何度も斬り刻んでから粒子に変えていた。グリードエイプが手下を喰おうとする瞬間を狙い、わざと遅らせてボスを焦らせる動きすら見せる。


 そしてボスの隙をついた三人目──ハンマーを構えた男が背後から飛びかかり、グリードエイプの背中に重い一撃を沈めた。ボスがのけぞり、怒りの咆哮を上げる。その際、再びNPCに狙いが向くように位置取りを変える。こうして、ボスの攻撃をNPC側へ逸らす動きが何度も繰り返された。

 

 だが、プレイヤーたちは決してトドメは刺さない。NPCの体力を危険域で維持したまま、長引かせている。

 実力の差は歴然としていた。 グリードエイプの攻撃は速く、手下も多い。しかし三人はそれを容易く見切り、最小限の動きで避け続ける。スキルの連携は完璧で、ボスの動きを完全にコントロールしていた。普通のプレイヤーなら数人がかりでも苦戦する相手を、遊び半分で嬲っているようにすら見えた。


 クロードの手が、刀の柄を強く握った。


「……何だよ、あれ」


 ヤブキは横目でクロードを見た。 あの少年の声には、いつもの軽さがなかった。目が据わり、唇が真っ白に結ばれている。


(ありゃ遊んでんな。こいつが嫌がりそうなプレイだ)


 ヤブキはすぐに理解した。 モンスター相手の立ち回りはともかく、NPCを必要なく痛めつける行為を、クロードが良しとするつもりはない。

 

 ヤブキは止めようともしなかった。ただ、三人のプレイヤーの行動スタイルを目に焼き付けていた。


 やがて、グリードエイプが赤く光り、崩れるように倒れた。最後の咆哮とともに粒子となって散る。手下たちも次々と消えていった。


「だー、やっちまった!」


「はい、お前罰ゲームな。あとで所持金全部薬草に全ツッパ決定」


「おい。それはそうとこいつどうするよ」


 大剣を背中へ戻し、NPCへ指差す一人の男。三人は思い出したかのように、女性へと詰め寄る


「おい、俺らのお陰で助かったんだよな?」


 先頭の男が、嘲笑うように言った。


「この恩どう返すつもりだ? 所持金全部と、装備もいいのがあればついでによこせ」

 

「ま、こんな雑魚エリアの雑魚NPCが、そんな良いもん持ってるわけねーけど」


 別の一人が、NPCの肩を掴み上げる。


「拒否したら、今度は俺がお前を殺すけど?」


「や、やめて……ください……本当に、何も持ってないんです……」


 NPCが涙声で訴える。先ほどのダメージが残っているのか、抵抗する気配すら消えていた。


「……ヤブキ」


「俺は止めねーよ。ピンチになったら助けてやる」


「ありがと。……行ってくる」


 二人の間には、確かな信頼が芽生えていた。

 クロードが三人に近づこうとした。

 

 ────その時だった。


「楽しそうだね」


 三人のプレイヤーの背後に、一つの影が現れる。


「僕も、混ぜてよ」


 その瞬間。抜刀の音も、足音もなかった。

  ただ、大刀が一閃した。


 一瞬前まで笑いに溢れていた三人の首が、全て同時に落ちる。 赤い粒子が空中に散り、明確な『絶命』の表示が頭上に浮かぶ。何が起こったかも分からないまま、三人は十秒と経たない内に粒子となって空に消えた。

 それらを見下ろす一人の男。独特な文様の白い仮面で、顔は全て隠されていた。


 クロードの足がその場で止まった。 目が大きく見開かれ、刀を握った手がわずかに震える。さっきまでの怒りが、一気に凍りついたような表情。


「……え?」


 掠れた声が漏れる。理解が追いつかない。たった一瞬で、三人の高レベルプレイヤーが消えた。自分の目の前で。


 ヤブキも同様だった。 胸の奥で、何かが冷たく沈む。


(あの三人は、少なくとも雑魚じゃなかった)


 グリードエイプを遊んでいた連中が、抵抗すらできずに消えた。音もなく、跡形もなく。

 ヤブキの背筋に、細い冷たいものが走る。敵意というより、圧倒的な違和感。この森の空気そのものが、男の出現で変わったような気がした。


 男は静かに大刀を鞘に納めた。その腰には、大小大きさ異なる刀。


 そして、白い仮面に手をかけ、ゆっくりと外した。

 血のような赤黒い髪が、夜風に揺れる。背丈は小さな木ほどは優に近くあり、細身ながらも筋肉の線がシャツの下に浮かんでいる。


 仮面の下の顔が顕になるとともに、頭上には()()()染まったプレイヤーネームが静かに表示された。


(……『キョウイチロウ』、?)


 その顔に優しい笑みが浮かぶ。 口元が緩み、声はまだ出さない。

 だが、切長の瞳の奥は全く笑っていなかった。深い闇だけが、静かに沈んでいる。


 男──キョウイチロウは、膝をついたNPCの前にしゃがみ込み、穏やかな声で話しかけた。


「大丈夫? もう、何も怖がらなくていいよ」


「……あ、ありがとう、ございます……」


 NPCが掠れた声で答える。男は静かに微笑んだまま、彼女を見下ろしていた。

 森の奥で、風だけが木々を揺らしていた。










エリアボスはエリア内(今回でいうところの貪婪虚弱の大森林)でも特定の場所にしかリスポーンしません。

エリアボスとの戦闘中に他のプレイヤーが割って入ることはシステム上できない為、一定量プレイヤーが増えると『エリアボスの奪い合い』なるものが発生します。

運営は『初心者用エリアの拡大』『難易度の調整』『PKに対する厳罰』など、さまざまな処置をとっています。

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