表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第一章完結】『貧者英傑』 ー金と契約の神域踏破ー  作者: ガンダッシュ
少年は立ち上がる、『熱』に浮かされて

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/23

10.『満たされる心、充足する学徒』



 彼──黒道直人の家の食卓は、いつも静かだった。

 白いテーブルクロスの上に、母親が作った夕食が並んでいる。焼き魚、野菜の煮物、味噌汁。湯気が細い筋を描いて立ち上り、部屋に穏やかな匂いを満たしていた。窓の外はすでに薄暗く、街灯の光がカーテンの隙間からわずかに差し込んでいる。


 目の前の母親はその年齢を感じさせないほど若く、整った顔立ちをしていた。夫と離婚し、一人で直人を育てているとは思えないほどの余裕があった。

 長い髪をゆるくまとめ、エプロン姿でもどこか上品で、母親というより姉に近い印象さえある。

 直人は箸を手に取りながら、チラチラと何度も時計に視線を向けていた。


「わくわくが抑えきれないって感じね。直人」


 母親が優しく微笑み、煮物の皿を差し出す。直人は一瞬だけ動きを止め、それから早口でご飯を掻き込んだ。魚をほぐし、野菜を口に運び、味噌汁を一気に飲む。噛む回数を最小限に抑え、ただ胃に送り込むような食べ方だった。


「母さん、今日は早めに上がるね」


「あら、やけにやる気じゃない。何かいいことでもあったの?」


 直人は箸を置き、椅子を後ろに引いた。立ち上がる動作が少し急ぎ足で、テーブルの端に膝が当たる。母親が首を傾げる。


「……友達が、できたんだ。ゲームでだけど」


 短く、しかし確かな声だった。

 母親の目が大きく見開かれる。直人が友人の話をするのは、本当に久しぶりだった。学校でも、ゲームの中でも、誰かと深く関わる様子を見せたことがない。だからこそ、その言葉の重みが、食卓に静かに落ちた。


「友達?」


 母親は箸を置いたまま、直人の顔を見つめた。驚きの色が濃く、すぐに優しい笑みに変わる。目元が柔らかく緩み、声のトーンが少し高くなった。


「そう……よかったじゃない」


 直人は「行ってくる」とだけ言い残し、自分の部屋へ足を向けた。廊下を早足で抜け、扉を閉めてから、深く息を吐く。

 

 ヤブキという名の、ぶっきらぼうでどこか欠けたところのある青年。その存在が、今も頭の中で大きく脈打っている。


(……また、会えるかな?)


 連絡先も交換していなかったので、再び会う約束は特にしていない。それでも、きっとまた会えるだろう。

 直人——クロードは、すぐにVR機器に手を伸ばした。














「……あー、そういや宿屋で寝たんだっけか。昨日は」


 ヤブキがログインし、目を覚ましたのは、木造の宿屋の一室だった。

 壁に掛かった簡素なランタンが、オレンジ色の光を落としている。窓の外から、夜の街の喧騒が遠くに聞こえる。体を起こすと、脇腹の傷はもうなかった。リスポーンの仕様で、HPも全回復している。

 

 ふと、ヤブキはメニューを開いた。


ーーーーーーーーーーーー

【★ステータス★】


【PN】ヤブキ

【LV】 26

【職業】傭兵

【HP】体力値 100

【MP】魔力値 10

【STR】筋力値 45

【STM】スタミナ値 30

【VIT】耐久値 55

【AGI】敏捷性 30

【LUC】幸運値 4

・所持スキルポイント 残り60


【★装備★】

【右手】なし

【左手】なし

【頭装備】なし

【胴装備】傭兵の胸当て

【腰装備】傭兵の腰布

【足装備】傭兵の靴

【アクセサリー】なし


【★所持金★】1020ゴル


ーーーーーーーーーーーー



 所持金の欄が、昨夜の戦いの報酬でしっかりと増えている。レベルも上がっていた。ステータスの数値が、確かに成長を示している。


「そういや、スキルポイントなんてあったな。忘れてたわ」


 ログアウトする前に宿屋へ向かっている際、クロードから教わったものだ。

 このゲームでは、レベルアップすることで自身のステータスを上げることができるが、そのほかに『スキルポイント』なるものが存在する。

 レベルアップ時に一定数獲得できるそれは、自身のステータスを好きなように高めることができる。1ポイントにつき、1つの数値を1つ。

 せっかくなので、スキルポイントの割り振りをしてみようと思ったヤブキ。


「てか幸運値4って、舐めてんのか。悪意があるよな」


 このゲームにおける幸運値とは、ドロップ率や錬金成功率など、ゲーム内の確率を向上させるものらしい。直接戦闘に役立つものではない為、プレイヤーの間での優先度は低い。


『幸運値 4→64』


「……見たか、この野郎」


 満足げに画面を閉じ、ヤブキは小さく息を吐いた。

 

 ──現実で感じた、あの食卓の微かな不足感。弟妹の笑顔と温かい肉じゃがの匂いの向こうに、まだ残っていた熱。それが、この世界に入った瞬間から、じわりと蘇ってくる。


 現実よりも体が軽い。疲れを感じにくいせいで、動きが滑らかだ。

 拳を握れば、指の一本一本までが正確に反応する。昨夜、人鬼将軍に食らいついたときの、あの高鳴りが、胸の奥で小さく脈を打った。


(さて、行きますか)


 ヤブキはベットから立ち上がった。

 木製の扉を開け、狭い廊下を歩く。足元の板が軋む音が、静かに響く。階段を一段ずつ降りると、宿屋の一階に出た。受付のNPCが無言で頭を下げ、ヤブキはそれに一礼して外へ出る。


 夜の石畳が、靴底に冷たく触れた。街灯の魔法光が、路面に淡い円を描いている。

 通りを抜けると冒険者ギルドの大きな建物が正面に見えた。二階の窓から明かりが漏れ、扉の向こうから低い話し声が聞こえる。


「昨日も思ったが、こんな時間に楽しくゲームできるやつはどんな身体してんだ?」

 

 カウンターの向こうで受付のNPCが淡々と仕事をしており、冒険者たちが数人、テーブルで酒を酌み交わしていた。そして——奥のテーブルに、一人で座っていた少年が、こちらを見て目を見開いた。


 黒髪を短く整え、整った顔立ちはどこか中性的で、性別を意識させない柔らかさがある。背中に日本刀を差した、クロードだった。


「あー!  会えた! 思ったよりも早く!」


 声が上ずる。クロードは即座に立ち上がり、テーブルを回り込みながら近づいてきた。肩が触れ合いそうな距離まで寄る。


「よっ! 昨日ぶり!」


「お前、なんでここに?」


「ログインしてたらここに来ると思ってたから、適当に依頼しながら待ってたんだよ。会えてよかった!」


「なんでそんなピンピンしてんだよテメーは。こちとら死にかけだ馬鹿野郎」


「いっつもオールしてるからかな? ヤブキは疲れてそうだね」


 クロードは少し照れたように笑い、隣の席を指差す。ヤブキが腰を下ろすと、クロードもすぐ隣に座る。テーブルを挟まず、肘が触れそうな近さだった。

 座るや否や、クロードは何やらメニューを操作していた。そのすぐ後、パネルに表示された一つの文字列をヤブキへ見せる。


「んだよそれ」


「ゲーム内のフレンド申請! これがあるとオンラインかどうか一目でわかるし、メッセージも送れる。いつでも連絡取れるようになるんだ。便利だしやっとこうよ」


 その瞬間、ヤブキのパネルに表示された『YES or NO』の文字。


「ほーん、そりゃ便利だな。やっとくか」


 納得し、すぐに承諾を押した。

 その瞬間クロードの顔が、ぱっと明るくなる。すぐに抑え込むように表情を戻したが、目の奥に隠しきれない喜びが残っていた。表には出さないが、胸の奥で何かが温かく膨らんでいる。


「これでよし! てか、今日は何しにログインしたの?」


「え? あー……」


 不足感を確かめる為。そう言おうともしたが、寸前で言葉が詰まる。


「特に考えてねぇな。ただ、疲れてるから今日は一時間ちょいやったら寝るぞ」


「分かった。じゃあ、ちょっと付き合ってくれない? 俺も昨日結構レベル上がってて、使える『スキル』増えたから試したいし」


「……スキル?」


「え。……もしかして初耳?」


「しっかり初耳だな」


「マジで⁉︎ あー……とりあえず、メニュー開いてみてよ」


 言われるがままにメニューを開く。先ほど開いたステータス画面が、再び視界に浮かぶ。

 装備欄の僅か下に位置するスキル欄に、見覚えのないいくつかの名前が並んでいる。


 『俊敏動作(クイックステップ)』『ファストスマッシュ』『三段突き』『拘束強化(ヴァイン)』『ノーマルパリィ』——他にもいくつか、見たことのない名前が光っていた。


「なんじゃこりゃ」


「それがスキルだよ。説明するより実際にやった方が絶対いいから、とりあえず行こーか」


「NPCチュートリアルの弊害だ……」












 月明かりに照らされた広い平原が、目の前に広がっている。草が風に揺れ、遠くに森の黒い影。ここなら、試すのにもってこいの弱いモンスターが徘徊しているはずだと、クロードに連れてこられたヤブキ。


 クロードが刀の柄に手をかけ、フランクに言った。


「スキルはね、体に染み込んだ『型』みたいなもんだよ。発動すれば動きが補正されるし、威力も上がるね」


 スキルを使用する際、主に消費するのはスタミナだ。『体を動かす力を削る』といった感覚の為、使いすぎると次第に筋肉が鉛のようにに重くなる。スキルにはそれぞれ再使用可能時間(リキャストタイム)が存在し、続けて使用することはできない。


「あと、スキルは基本的に詠唱がいらないんだ。発動の意思を固めた瞬間に、体には変化が起こる。例えば──」


 草むらの向こうで、最初の影が動いた。その生物に顔はない。

 水色で、半透明の体をくねらせる。

 

 頭上に表示される名前は──スライム。


「ちょうどいいや。ちょっと見ててね」


 クロードは刀を抜き、ふと息を吐く。身体の前で構え、瞳を閉じ、集中する。


 ──『居合・周断(あまねだち)』。


 その瞬間、クロードの刀身から飛び出たのは、透明な飛ぶ斬撃。その刃はスライムの身体を見事に捉え、真っ二つに切り裂く。

 半個体の柔らかい身体が、赤い粒子となって空に消えた。


「ふぅ。こんな感じかな」


「……なるほど」


 理屈は理解した。この技術があれば、昨日のような格上のモンスターとも十分に渡り合えるだろう。

 すると草むらから、さらに数体のスライムが現れた。その動きは鈍重で、新しいことを試すのにはもってこいの的。


「いっちょ、やってみっか」


 ヤブキが始めに試したのは『俊敏動作』。

 

(んーと……こうか?)


 意思を固めた瞬間、腿の奥から熱が走り、体が一気に軽くなった。筋肉の一つひとつが滑らかに連動し、足元の草の感触までが過剰なほど鮮明になる。スライムが飛びかかってくる軌道が、ゆっくりと引き延ばされたように見えた。避けて、横から蹴りを入れる。スタミナがわずかに削られる感覚が残る。


「すごいすごい! できてるよ!」


 次に『ファストスマッシュ』。

 短い助走の後、再び発動の意思を固める。その瞬間、背中から両脚にかけて一気に力が湧き上がる。体が前方へ弾かれるように加速し、風が頬を強く打った。視界が狭まり、スライムの核だけがはっきりと浮かぶ。直撃した衝撃が掌に深く沈み、スライムが光の粒子となって消える。スタミナの消費は先ほどの倍近くあり、息が少し荒くなった。


「悪くない……けど、ちょっと疲れるなこれ」

 

 次に現れた小鬼族に、『拘束強化』を試す。

 腕と脚の関節に、じわりと熱が集まる。指先から肘、肩にかけて力が明確に増した感覚がある。その感覚に身を任せ、小鬼の腕を掴み、そのまま捻じ上げる。骨が軋む感触が、掌の中で生々しく伝わった。


「普通のプレイヤーならあんまり使い道なさそうだけど……ヤブキなら強化(バフ)感覚で使えるんじゃない?」


「一々使おうと思わなきゃいけないのが難点だけどな──、っと!」


 会話の途中に襲ってきた小鬼族の爪を『ノーマルパリィ』で受け流す。

 発動の瞬間、腕の内側に薄い膜が張られたような感触がした。衝撃が骨に響くが、スキルの補正でダメージが大幅に軽減され、体が弾かれない。すぐに次の動作へ移れる。スタミナの消費は少ないが、しばらく腕に違和感が残るのが難点か。


 最後に『三段突き』。

 このスキルには予備動作がほとんどない。拳を構えたまま、意思を固めるだけだ。肩から拳にかけて、三段階の力が連続して走る。一発目で間合いを詰め、二発目で体勢を崩し、三発目で核を抉る。発動から着弾までの時間が短く、相手に反応する隙を与えない。普通に殴るのとでは、一撃の密度が違う。


「んぉ、これいいな」


 他のスキルも悪くないが、この『三段突き』は特に気に入った。予備動作が少ない分、不意打ちに近い感覚で出せる。


 獰猛狼、一角兎(アルミラージ)突進猪(ストレートボア)——次々と現れるモンスターを相手に、スキルを織り交ぜながら戦う。クロードも刀を振るい、時折サポートに入る。二人の息は、自然と合っていた。


「スキルはレベルを上げるだけじゃなくて、戦闘中に特定の動きを繰り返したり、条件を満たすと新しく手に入ることもあるんだ。それこそ『拘束強化』とかは、他のプレイヤーは持ってないんじゃないかな」


 クロードが息を整えながら言う。黒髪が風に揺れ、中性的な横顔が月明かりに淡く照らされている。

 ヤブキは拳を開き、自分の手を見つめた。スキルの感触が、まだ指先に残っている。スタミナを削る、体の内側から来る疲れ。魔法を使ったときの、頭の奥が熱を持つ感覚とは、明らかに違った。


「ますます戦闘の幅が広がるな、こりゃ」


 短く呟くと、クロードが隣で小さく笑った。


「でしょ? これが、このゲームの奥深さってやつよ」


 平原に、再び静寂が戻る。草が風に揺れ、遠くで夜鳥の声がした。

 クロードが森の方を指差す。


「俺はまだ試したいしこのまま森まで行くけど、ヤブキはどうする?」


「あー……」


 ヤブキは空を見上げた。時間は一時間など優に過ぎている。現実では既に弟妹が寝静まっているはずだ。

 それでも胸の奥の熱が、まだ収まらない。


「よし。俺も行くかな」


「そうこなくっちゃ! 早速行こ!」


 ヤブキは短く答え、森の入り口へ足を向けた。その胸にあるのは、確かな熱と充足感。












『スキル』と『魔法』はまた異なります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
スキルと魔法、消費されるポイントが違うのかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ