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S.O.S!  作者: 如月 望深
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グッバイ サマー 3

 神社の階段の脇を入り、木々の間の坂道を抜けると、目の前に見晴らしの良い風景が広がった。この丘に昼間来るのは久しぶりだった。直緒が亡くなって一年くらいは、思い出のこの場所に彼女が現れるかもしれないと、何度か足を運んだが、それ以降は足を向けていなかった。去年の夏に花火大会で来るまでずっと来ていなかった。

 蝉時雨がこだまのように響き、直緒が亡くなったあの日のようだった。

 その場に立ちすくむ英知の手を、凪の手がぎゅっと握った。その手を握り返して、英知は小さく深呼吸をする。

「行こう、桜沢さん」

 直緒の墓前を辞して、直緒の母親から渡された鍵を握り締めていた英知に、凪はそう言った。

「行って、確かめよう。直緒さんが何を残したのか」

 頷く英知に、凪は小さな声で付け加えた。

「あの、それで…私も行ってもいい?」

「うん」

 別れ際、直緒の母親が教えてくれた。「もしも五年経っても英知くんが女の子を連れてこなかったら、もう鍵を渡してあげてって、あの子が。あの子はきっと、英知くんを五年で解放するつもりだったのよ」

 奇しくもその五年目に、凪と共に墓前にお参りし、この鍵を渡された。背中を押してくれた凪が行きたいというのなら、断る理由はなかった。

 英知と凪は、直緒の母親と別れたその足で、花火大会の時に行った丘に向かった。

「ユズリハって、どれ?」

 辺りを見回して凪が訊いた。

「あれ、あの木だよ」

 英知が指差したのは、6、7メートルほどの高さの木だった。少し先端のとがった楕円形の濃い緑の葉を付けている。葉と枝を繋ぐ葉柄が赤い。葉の根元に緑の実のようなものが連なって付いている。

「よくわかるね」

 樹木の種類など桜か杉くらいしかわからない凪は感心する。

「中学の庭に植わってたから」

 英知と直緒が通っていた常盤大付属中学の庭には、ユズリハが植えられていた。常盤は常緑を意味し、常盤大のシンボルとしてユズリハは敷地内でよく見られる。

 ユズリハの名は、春に若葉が出たあとに古い葉がそれに席を譲るように落葉することに由来すると言われている。それを、親が子を育て家が代々続いていく様子に見立て、縁起物として正月の飾りなどに使われていたという。

 先輩から後輩へと受け継がれる学校の伝統と繁栄を願ってそのシンボルにユズリハが選ばれたのだと、集会の時によく校長先生が話していた。

 だから、常盤大付属校の出身者なら、ユズリハの木を見つけるのは、それほど難しくなかった。直緒も英知が見つけられるように、わかりやすい木を選んだのだろう。

 ユズリハの木の根元にしゃがんで、二人は軍手をはめて近くに落ちていた木の枝を使って地面を掘る。軍手は、ここに来る途中に買ったものだ。凪が地面を掘るなら持って行ったほうがいいのではないかと提案したからだ。しばらく掘り進むと、木の枝の先に何かが触り、カツンと金属と当たるような音がした。

 英知は木の枝を捨て、軍手をはめた手で掘り進める。すると、手で土をどかしたところに掌ほどの大きさの箱が埋められていた。持ち上げると、それは缶の箱のようで、箱の側面に蓋を留める鍵が付いている。鍵穴にはセロテープが貼ってあり、中に土が入らないようにしてあった。

 テープをはがして、直緒の母親から受け取った鍵を差し込むと、ピタリと鍵穴と合った。ゆっくり回すと、カチリと小さな音がした。英知と凪は顔を見合せ、英知が蓋をそっと開ける。

 箱の中には、淡いピンク色をした女の子らしい花柄の封筒が入っていた。

 英知は手を汚さないように慎重に軍手を外し、その封筒を手に取る。裏返すと、封筒にはハート形のシールで封がされていた。英知はそのシールをはがし、中から一通の手紙を取り出した。封筒と同じ花柄の便箋を広げる。

 その手紙には『英知くんへ』と書き出しされており、丸みを帯びた直緒の字が綴られている。直緒の母親が言っていた、直緒が埋めたものというのは、間違いなくこれのことだろう。

 直緒の母親の話では、直緒は、病院を抜け出してこの手紙をここに埋めたらしい。その時にこの場所から花火を見ようと決めたのだろうか。「秘密」と笑った彼女の顔が脳裏に浮かんだ。


『英知くんへ

 お元気ですか? なんて、私が言うのも変ですね。

 英知くんがこの手紙を読んでいるということは、私はもうこの世にいないでしょう。

 あれから、どのくらい経っていますか? 一年? 二年? もう五年くらい経った?

 それまで私を忘れずにいてくれて、ありがとう。

 この手紙を書いている私は、もう自分の命の残り時間が少ないことを知っています。主治医の先生も、両親も何も言わないけれど、さすがにこの体と十五年も付き合ってくれば、自分の体がどういう状態なのかはわかります。

 英知くんは、ずっと私の側にいてくれていますね。とても嬉しいけれど、申し訳ない気持ちにもなります。私は自分の病気が治らないって知っているから。

 英知くんには、きっと悲しい思いをさせてしまうでしょう。ごめんなさい。でも、私は英知くんが側にいてくれて、嬉しかった。

 私は、英知くんに会えてとても幸せでした。同じクラスになって、仲良くなって、付き合うようになって、本当に楽しかった。私のわがままも聞いてくれてありがとう。

 英知くんには、感謝の言葉しかありません。最後に言う言葉は、「ありがとう」にしようって決めています。でも、もしも言えなかったら困るから、ここに書いておきます。

 英知くん、ありがとう。

 私はとても幸せだったから、私がいなくなったこと、あまり悲しまないで。英知くんが泣いてくれるなら、それも嬉しいけど、そんなに長い時間でなくていいです。

 私のことは忘れてもいいなんて、今はとても言えないけど、いつか、英知くんに好きな人ができたら、私のことは忘れて、その人のことを大切にしてください。

 英知くん、実は私、英知くんに霊が見えるって知っていました。初めは知らなかったけど、自分の命が終わりに近付いて、そういうのがわかるようになったみたい。だけど、知らないふりをしたままいきます。それは、私が英知くんの前には絶対に現れないから。

 たぶん、会いたくなってしまうと思うけど、私がいたら、いつまでも英知くんを私にしばり付けてしまう。だから、私は英知くんには会わずにいきます。

 私は幸せだったから、それで未練なくいけるから、大丈夫。

 英知くんがこの手紙を読んでいるのが、どれくらい先のことかわからないけど、こんなこと今さら言ってごめんなさい。もっと早く言っていれば、英知くんは悩んだり苦しんだりしないですんだかもしれません。

 でも、私の最後のわがままを、許してください。

 やっぱり私、英知くんには忘れて欲しくない。好きな人ができたら、忘れてもいいけど、それまでは私のことを覚えておいて欲しい。

 だから、この手紙を、英知くんに好きな子ができるまで秘密にしようと思いました。でも、もしかしたら英知くん、私に遠慮して好きな人ができたことを教えてくれないかもしれないから、その場合は、五年経ったら英知くんが読んでくれるようにしました。

 意地悪してごめんね。

 でも、この手紙を、英知くんに好きな人ができて、読んでくれていることを願っています。私はあまり長く一緒にいられなかったけど、大好きだから、英知くんの幸せを願っています。

 ありがとう、英知くん。大好きだったよ。

                               直緒』


 手紙を見つめる英知に、凪は掛ける言葉が見つからなかった。どんな言葉も慰めになるとは思わなかったし、何より、英知の邪魔をしたくなかった。

 英知は、泣いていた。声もあげずに、ただ、透明な涙を零して。頬を伝った涙が、ぽたぽたと手紙が入っていた缶に落ちて、蓋についていた土を流し、蓋の絵柄が見えるようになった。そこには、直緒が好きだったヒマワリの絵があった。

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