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S.O.S!  作者: 如月 望深
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グッバイ サマー 2

「好きです。付き合ってください!」

 目の前の男を見つめて、凪はしばし固まった。逡巡して、言葉を探して、でも正直に答える以外に方法はないと結論付けて、頭を下げる。

「ごめんなさい。私、好きな人がいるんです」

「…うん、ごめん、知ってた」

 頭を上げると、困ったように微笑む陸斗の顔があった。

「知ってたんだけど、まあ、自分なりのけじめっていうか。インハイでいい結果が出せたら、凪ちゃんに告白しようって決めてたんだ。玉砕覚悟で」

 久々に陸斗に呼び出された凪は、インターハイの結果を報告され、それを祝福した直後に告白され、初めてきちんと断ったのだった。

「ごめんなさい」

「いいんだよ、凪ちゃんが桜沢さんを好きなことを知ってて告白したんだから」

 謝る凪に陸斗は笑顔を向ける。

「桜沢さんとは、上手く行ってる?」

 何と答えたものかと凪は沈黙する。あの花火大会以降、英知とは会っていない。

 あの後、花火が終わると腕を解いた英知は、「帰ろう。送ってくよ」と凪の手を引いた。手は繋いでいたが、英知は背中しか見せなかったので、凪には英知の表情はわからなかった。仮に顔が見えても、英知の感情を上手く読み取る自信は凪にはなかった。

 凪を家まで送り届けると、「また連絡するよ」と英知は微笑んだ。それを、凪は自分が連絡するまで連絡しないで欲しいという意味だと受け取った。

 だから、凪から英知に連絡はしていないし、英知から連絡もない。音信不通状態だ。

「何かあった? 桜沢さんと」

 黙ってうつむいてしまった凪に、心配するように陸斗が声を掛けた。

「え? ううん…」

「そんな顔、しないで。諦められなくなるから」

 そんな顔、と言われて、凪はどんな顔かと自分の頬を触る。

「いい? 俺は凪ちゃんが好きなわけ。フラれたって、そう簡単に諦められないの。桜沢さんと何かあったなんて聞いたら、チャンス!って思っちゃうんだよ」

「ごめんなさい」

 反射的に凪は謝って、そうか、気持ちって簡単には変えられないと納得する。あの人が今でも直緒さんを好きでも、私があの人を好きな気持ちは、変えられない。

「ごめん、岡崎くん。ありがとう、私、桜沢さんにちゃんと言ってくる」

「え?」

 勝手に結論を出した凪に、陸斗は首を傾げる。

「私、ちゃんと好きだって言ってくる!」

 ありがとね、と言い置いて、凪は走り出してしまった。その背中を見て、陸斗は呆然とする。

「え? あれ? 俺、背中押しちゃった系? …まあ、いいんだけど」

 俺のバーカ、と呟いて陸斗はゆっくりと歩き出した。ちらりと振り返ったその視線の先で、凪の背中が小さくなっていた。



 ───直緒、君を忘れるわけじゃない。

 だけど、君よりも大切な人ができたんだ。それを、許してくれるだろうか?


 夜空を覆う花火の下で、凪にキスをしようとしたあの時、直緒のことを考えなかったわけじゃない。だけど、考えたのは、凪を直緒の代わりになどということではなかった。

 花火もその下でのキスも、直緒との大切な、最後の思い出だ。だけど、それを塗り替えようとした。花火もキスも、直緒との思い出ではなくて、凪と過ごす時間で上書きしようとした。

 思い出を塗り替えて、直緒を思い出の箱の中に閉じ込めて、凪を手に入れようとした。

 それを、許して欲しいと請うた。

 凪がキスを拒否したことで、それはいったん止めることにした。凪の気持ちを無視して、自分の想いばかりを押し付けるのはフェアじゃない。それに、まずは自分の気持ちに区切りを付けてからだ。


 ───直緒、君の声が聞こえないことを、肯定と受け取っていいだろうか?


 手を合わせたまま目を開けて、英知は墓石を見つめる。直緒が葬られた御影石は、冷たく光るだけで何も答えない。直緒が好きだったヒマワリと白い花を手向け、線香を置いて、英知は彼女に問いかけていた。

「桜沢さん!」

 背中から声がして、英知は振り返る。

「…佐原さん」

 凪がこちらへ走って来るのが見えた。補講を終えた後なのか制服のままだ。

「…どうしてここに?」

 立ち上がって問いかける英知に、英知のもとまで走って来た凪は、息を切らせたまま答える。

「……大智くんに、ここだって、聞いて」

 英知の家に向かった凪は、その手前で大智と会い、「今日は直緒さんの命日だから、お墓に行ってると思うよ」と墓地の場所を教えられたのだ。

「……私も、お参りしていい?」

 凪の手には途中で買ってきたのだろう、花束があった。それを墓前に供え、英知の隣で凪は目を閉じて手を合わせた。英知もそれに倣い手を合わせる。しばらく二人で並んで手を合わせていた。

「英知くん?」

 後ろから掛けられた声に、英知は振り向く。

「久しぶりね」

 花を抱え、桶を持った中年の女性が優しく微笑んでいた。直緒の母親だ。

「ご無沙汰しています」

 立ち上がった英知に倣って、凪も会釈する。

「毎年来てくれて、直緒も喜んでると思うわ」

 英知は直緒の母親に近付き、彼女の手から桶を受け取る。ありがとうと答えた直緒の母親と一緒に戻って来る英知を、凪は手持無沙汰に迎えた。

「彼女?」

 凪に目を留めて、直緒の母親は訊いた。

「……まだ、違いますけど、そうなってくれたらいいと思ってます」

 英知の答えに、凪は目を丸くし、直緒の母親は微笑んだ。

「───そう、よかった」

 意外にも思える直緒の母親の言葉に、英知は戸惑ったように視線を向けた。それを受けて、直緒の母親はいたずらっぽく笑う。

「あの子ったら、私に難題を残していったのよ」

 手に提げていたバッグから何かを取り出して、英知に渡した。

「英知くんが、女の子と一緒にいるところを見たら、これを渡して欲しいって」

 いつまでも英知くんが女の子を連れて来てくれないから、私、ずっと気に掛けていたわ、と笑う。

 掌に乗せられたそれに英知は視線を落とす。それは、小さな鍵だった。

「これ…?」

 何の鍵か、英知には見当もつかなかった。

「この鍵を持って、花火を見たあの丘に行って。その丘に、ユズリハの木があるから、その根元を掘って欲しいって。そこに、あの子が何か埋めたみたい」

 あの子ったら、入院中に病院を抜け出したことがあるのよ。その時に、タイムカプセルみたいなことをしたみたい、と直緒の母親は優しく言う。

「英知くん、あなたがあの子に縛られる必要はないのよ」

 鍵をギュッと握りしめる英知に、直緒の母親は優しい声を掛ける。

「あの子は、あなたと一緒にいられて幸せだったと思うわ。だから、あなたも幸せになってちょうだい」

 その笑顔は、直緒によく似ていた。息を引き取る直前、苦しそうな息の下でありがとうと英知に言った直緒は、こんな風に穏やかな笑顔ではなかっただろうか。

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