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S.O.S!  作者: 如月 望深
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死が二人をわかつまで 4

 しばらく部活を休む、と英知から伝言を託された大樹が姫乃木女子大付属高校テニス部の面々にそれを伝えると、部員たちからは残念がる声が上がった。

「英知くん、何かあったの?」

 千早に尋ねられ、凪は仏頂面になる。

「……だから、なんで私に訊くのよ?」

 まったく、健吾といい、千早といい、何故英知のことをいちいち自分に訊くのだろう。知るわけないじゃない、私が。

 ───あの人のことなんて、何も知らないのよ。…何も。あの人は、教えてくれない。

 英知に会わずに済むことは、凪にとっては有り難いことにも思えた。無駄に心臓に悪い思いをしないで済む。だけど、いつまでもあの人の真意を知ることを先送りにして、すっきりしない心を抱えたままでいるのは、自分らしくない気もした。

 今度会ったら、問い詰めて、吐かせてやる。どんなつもりで、あんな、ことを…。

「凪ちゃん!」

 部活が終わって正門を出ると、陸斗が待っていた。あれからも懲りずに時折やってくる陸斗に、凪も周りのみんなも少しずつ慣れてしまっていた。

「岡崎くん、お疲れさま」

 部活帰りであろう陸斗に声を掛けて、凪は通り過ぎようとする。

「一緒に本屋行かない?」

 デートがダメなら手近なところから攻めようということだろうか、陸斗が提案する。

「…いいよ」

 少し考えて、凪は答える。喜ぶ陸斗に、ちょうど見たい本があったんだよね、と凪は言い訳する。

 学校での出来事や部活のことを話しながら少し先を歩く陸斗を追いかけるように、凪は少し速足で歩いていた。当たり前のことだが、男の子って歩くの早いんだなと思ったりする。英知といる時は、英知が自然と歩調を合わせてくれるので、そんなことを思ったことはなかった。

 そこまで考えて、凪は頭を振る。ああ、もう、どうしていない時まで、あの人のことを考えなければいけないのだろう。

「……そういえば、桜沢さんが…」

 突然、陸斗が英知の名を出したので、驚いて凪は足を止めた。英知のことを考えていたのを、陸斗に見抜かれたのかと思った。

 凪が立ち止まったので、陸斗をも歩みを止める。

「……あ、いや、なんでもない」

「何? 言いかけてやめないで。気になるじゃない」

 自分から話題にしたくせに、続きを濁す陸斗に凪は催促する。

「…こんなこと言うと、なんか、告げ口みたいで、どうかとも思うんだけど…」

 そう言い訳がましく前置きして、陸斗は言いにくそうに口を開く。

「昨日、藤高の制服着た女の子と、歩いてるのを見たんだ」

「…そう……」

 それが、昨日部活が終わった後急いで帰った理由か。

「凪ちゃんがいながら、そんなことするなんて、俺、許せなくて」

 歩き出した凪を追いかけて陸斗が言う。

「藤高は桜沢さんの母校よ。後輩に頼まれごとでもされたのよ、きっと」

 と、凪は普通を装って答える。陸斗は英知と凪が付き合っていると思っているから、英知の行為は浮気だと主張したいのだろう。だが、そんな風に陸斗に騒がれるのは、凪にとって面倒なだけだ。

 その子が桜沢さんとどんな関係かなんて、私には関係ない。私たちは、付き合っているわけじゃない。

だが、それを陸斗に言えば、英知の助け船の意味がなくなる。だから、凪は物分かりのいい風を装って、何でもないことのように陸斗に言った。

 陸斗はまだ何か言いたそうだったが、凪がさっさと本屋に入ってしまうと、それ以上はその話題に触れなかった。そして、今日出たばかりのテニス雑誌を眺める凪の隣で、イベント情報誌をめくっていた。

「あ、凪ちゃん、映画観に行かない? 『恋に効く10の呪文』って、ほら、エリオットが主演して話題になってる」

 広げた雑誌を凪に向けて、陸斗は大写しになった俳優の写真を指差した。それは、彼が初主演する映画のインタビュー記事のようだった。金髪に青い瞳の端正な顔立ちをしたエリオット・ニコルソンは、以前出演した映画により日本で人気急上昇した若手イケメン俳優だ。今度の出演作はポップなラブコメディらしい。

「日本では、『ラブ・ファントム』の悪魔のイメージが強いと聞いているけど、今作では、僕の新たな一面を知ってもらえると思うよ。最高の作品に仕上がっているから、今からみんなの反応が楽しみなんだ」

 というエリオットのインタビューが目に入って、凪は、その俳優があの悪魔役だとやっとわかった。悪魔役の時は銀髪に赤い瞳にメイクしていたから、すぐには気付かなかった。


「──どっちが正解だったのかな…?」


 あの時の英知の言葉を思い出す。あの映画を見た後、英知が口にした疑問は、死してもなお、恋人に会いに行った主人公の行動の是非を問うていたが、それは映画の内容を問うものではなかったはずだ。

 会うことも、会わないことも辛いなら、どちらを選ぶべきなのか。それは、英知自身への問いに思えた。何と答えるべきかわからなかったので、「どちらも正解だと思う」と答えた。そう言わなければ、いけないと思った。

 死者と生者が会うことを手助けしている英知が、あんな疑問を口にするのは、きっと会うことが正解だとは思っていないということなのだろう。迷いを抱えながら、あの人は、人のためにばかり力を使って、辛いことをすべて一人で抱え込んで、──誰が、あの人の心を救ってあげられるのだろう?



 奈津子は、高宗には会いたいが、会うのは少し待って欲しいと英知に言った。高宗は亜里裟の吹奏楽のコンクールを見に行くと約束していた。もし、今すぐに自分が高宗に会ってしまって、それでお別れしなければいけないのなら、高宗は亜里裟のコンクールに行けない。だから、それが終わるまで待って欲しいと。

 高宗にとってもそのほうがいいだろうと思ったので、英知は承諾した。

 それまでの間、英知は姫乃木高校のテニス部にコーチに行くのをやめた。凪に会えば、弱くなってしまいそうだった。迷う心を抱えきれなくて、また凪に頼ってしまいそうだった。だけど、彼女にあんな風に触れるのは、やめなくては。心の安定を図るためになんて、彼女に失礼だ。

 霊を寄せ付けない体質のせいだろうか、彼女の側は心地よかった。いつも絶え間なく押し寄せる波のように、この耳に届く声は、気を抜けば心を攫ってしまいそうだった。それを防ぐために、いつも意識して耳を塞いでいた。だけど、彼女の側では、それをしないで済む。彼女に触れるだけで波が引く。

 それに、彼女は、なぜかいつも迷って悩んでいる時に側にいて、辛い思いを取り除いてくれる。でも、だからといって、彼女の優しさに甘えてはいけない気がした。

 これは、自分で片を付けなければいけないことだ。

 “双方がそれを望んでいるなら”と条件を付けたはずなのに、会わないと決めていた彼を説得する形で、会う方向へ持っていってしまった。「会えば、前に進める」なんて、自分への言い訳だ。

 会いたいのは自分で、そのエゴを正当化するために、彼らを利用したに過ぎない。

 今まで、一度も俺の前に現れなかったのだから、きっともう、彼女はいないのだろう。

 それなのに、思ってしまう。


 ……どうして、俺の前に現れてくれない? ───直緒……


「桜沢さん」

 亜里裟に名を呼ばれて、英知は思考の淵から浮上した。

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