衝動
王城の敷地に生い茂る芝生。アンオール前大統領レイフォンとの戦いで荒れた箇所や血塗れた箇所は綺麗に修復され、騎士団の演習に一層の気合いが入って見える。
「はっ!」
「まだ甘いです。踏み込みが甘いです!」
騎士団の演習の側でつばぜり合う二人の少年。一人は騎士団長であるリンク、もう一人はハルだ。二人が使っている剣は木製の物なので、実際に斬れたりはしない。それでも当たれば痛みが伴う為、踏み込むには度胸が必要だ。
「こなくそ!」
ハルが剣を突き出せば、それを軽やかにかわして弾くリンク。剣の素人であるハルが敵うわけがないのは明白で、ハル自身も最初から分かりきっていたことだ。それでも汗を流して懸命に掛かっていく。ハルの真剣な眼差しにしっかり応えるリンクもまた、汗を流して迎え撃つ。そこに一切の妥協はない。騎士団長として、ハルの友人としての対応をするのみ。
「ハルード殿、もっと肩の力を抜いてください。腋を締めることに集中するあまり、動きがぎこちなくなっています」
「って言われてもなあ。簡単には出来ないぞ」
「それは当然です。簡単にされては困りますよ。団員が焦ってしまいますから」
「俺みたいな素人に焦らされる程のもんじゃないだろう?」
「そう願います」
剣を下から上へと斬り上げるハルであったが、斬り上げたところを突かれてしまう。躊躇ない踏み込みをしたリンクの剣先は、ハルの喉元を捉えていた。
「速い!?」
「隙を見せては命取りになります。死火以外でも死ぬと判明した以上、これまでよりも姑息な手段で攻める者も現れる筈。どんな攻撃にも対応出来るようにならないといけません」
「ごもっともっ!?」
「ですが動きはよかったです。ぎこちないのが消えました。話をして解れたのでしょう」
剣を引っ込めて汗を拭うリンク。どんな時でも絵になる姿に、男のハルも見惚れる程だ。
「やっぱりイケメンは違うなあ」
「褒めていただき光栄です。ですがハルード殿も悪くないですよ。ハルード殿が稽古をつけに来てからというもの、女性団員達の士気が上がってます」
「俺がか? ルキからは普通だって言われてるんだぞ」
「人それぞれ好みがありますから。ハルード殿やミント殿が私の外見を褒めてくれますが、なかなか出会いがありません」
「俺だってそうだ。なかなか世の中上手くいかないよ。意外な奴から告白されたけど、俺の意中の相手からは脈なしだ」
「その告白は断ったのですか?」
「こっちからは何も。俺をからかうのが好きな奴だから、殆ど冗談だろうけど」
「照れ隠しかもしれませんよ? 相手のことを思うのなら、ハッキリとさせた方がいいのでは?」
「それもそうだよなあ」
「そろそろ演習に戻ります。お茶でも飲んでいってください」
「付き合ってくれてありがとう」
「いえ。私も気分転換になりますから」
リンクの背中を見送ると、芝生に背中を預ける。雲の動きを目で追いながら深呼吸。目を閉じて芝生の匂いを感じる。
(あんな夢を見ちゃったからな。何もしないわけにはいかないし、ジッとなんかしてられない。俺に出来ることをしたい)
《お見合い? 丁重に断ったわよ。いい人だったけど、ワタシの好みじゃなかったわ》
(あいつの好みってどんなのだ? 写真を見せてもらったけど、なかなかの人だったぞ。まあ、俺じゃないのは間違いないだろう)
※ ※ ※
「クシュン!」
「どうしたルッキー? マルの風邪が移ったんじゃねえか?」
「それはないわ。多分、誰かがワタシの噂でもしてるのよ」
「マルだったりして」
「そんな筈ないわ。多分……きっと」
「絶対と言い切らない辺りが怪しいねえ?」
ハルを思い浮かべて照れるルキをからかうミント。自然と笑みが浮かぶ二人だった。




