悪夢
燃え盛る街、逃げ惑う人々。建物は崩壊し、大地は割れてしまっている。泣き叫ぶ子供に駆け寄る母親。上空を見上げて恐怖に顔を強張らせる子供の手を引くが、足が震えて動けない。空は暗く不気味である。夜空に瞬く星を眺めている余裕はない。子供は泣き叫ぶばかり。燃え盛る黒き火の海が親子を容赦なく飲み込む。もう生者はいない。星空を見上げる者はいない。
(何だこれ……何だこれ!?)
人のものとは違う叫び声が響く。人よりも遥かに高い視点から街を見下ろす。動きを遮る木片や瓦礫を咆哮で吹き飛ばし、岩肌のようにゴツゴツした手足で踏み潰す。
(どうしたんだ……一体何がどうなってやがる!?)
翼を羽ばたかせ飛んでいく。一度星空を目にするが気に留めず、再び全てを燃やしていく。森も花も、何もかもを。
(やめろやめろやめろやめろやめろ!! やめてくれえええ!!)
「……うっ!!!?」
勢いよく起き上がるハル。汗をこれでもかとかいている。決して目覚めのいい朝ではなかった。身体の震えが止まらない。怠さもあり、立つことすら躊躇う。
「どうした? 悪夢でも見たような顔だよ?」
「母さん……ああ……夢か」
「顔色が悪そうだ。……熱があるじゃないか。あんたが熱だなんて珍しいもんだ」
「熱? 風邪でも引いたのかな?」
「ヒノンに行った疲れが遅れて出たんだよ。たまには大人しくしてな」
「参ったな。今日はルキと会う約束……」
熱に魘されベッドに倒れる。座ることすら辛いほどの風邪を引いたのは初めてだった。上手くピントが合わずモヤモヤする。
「来たら上がってもらう方がいいかい?」
「……うん」
母親に返事をしたところで力尽き、閉じていく瞼にも抗えずに意識は途絶えた。
※ ※ ※
誰かが海を眺めている。よく晴れた海水浴日和。麦わら帽子を被った少女が振り向く。肩程まで伸びた銀髪が潮風に靡いて輝く。ニッコリと微笑んでくる姿に見惚れてしまう。
「一緒に歩かない?」
そっと手を差し伸べてきた少女。差し伸べられた少女の手を取る為に、ゆっくりと手を伸ばした。
「きゃあああ!?」
少女の手を取った瞬間、少女の身体が燃えていく。白い砂浜と溶け込むように、少女の灰が波に飲まれた。
「……うわあああ!!!!」
ガバッと起き上がったハルの視界に映ったのは、魘されているハルを心配そうに看ていたルキだった。夢の中で見た銀髪の少女とルキが重なる。ハルの右手を握っているルキは不安を浮かべている。
「大丈夫?」
「俺、一体!?」
「ずっと魘されていたわ。こっちは気が気じゃなかったわよ」
「手、握っててくれたのか」
「何もしないのはシャクだったの」
「心配してくれたんだな」
「と、当然だわ! 友達だもの!」
「そっかあ。女の子に手を握られるってのも悪くないな」
「ミントの方がよかったかしら」
「ミントに握られるのも悪くないけど、お前に握られた方が嬉しいな」
風邪で心身共に弱っているからなのだろうか。ハルはいつもよりも素直に喋っている。そんなハルに見つめられ、顔を真っ赤にするルキ。ハルに対する恋心を自覚した分、その威力は絶大だろう。
「バカ! おだてたって何もないわよ!」
「何照れてるんだ? 最近、俺に見られると赤くなるけど?」
「そんなに見られるのに慣れてないだけだわ!」
「出会ってかれこれ三ヶ月も経つのにかあ?」
「うっさい!」
そう言いながらも手を離さないルキ。じんわり汗をかいているにも関わらず。
「そういえばお前、例の見合いはどうするんだ?」
「そのことだけど……行くわ」
「そうか。話が合う人だといいな」
「気にならないわけ?」
「俺が気にしてどうするんだよ? お前自身の問題だろう」
「確かにそうだけれど」
「あんまし乗り気じゃないなあ? そんな顔じゃ相手に失礼だろう。いつものお前でいれば大丈夫だ!」
「そうね。うん、頑張るわ」
そっと手を離したルキは、『お大事に』と言って部屋を出た。ハルの手に残る、ルキの手の感触。
「これでいいんだ。いつまでも一緒ってわけにはいかない。それはルキの自由を奪うことになる。俺が諦めれば……いいだけだ」
弱っている手に力を入れる。握り拳をするにも一苦労。そんな自分に苦笑しながら、置かれていたお粥に手を伸ばした。




