初仕事で妨害
レイジ達は最後まで親切で、タクトにお勧めの宿を紹介してから去って行った。
無事に部屋を借りて一息吐いたタクトは誰かに親切にされるという慣れない経験にむず痒さを覚えつつも、その善意に感謝していた。
「アストラルにいた頃じゃ考えられないことだよなぁ」
『無能』と蔑み、悪意を持って絡んでくる連中なら山ほどいた。むしろタクトにとってはそれが当たり前だった。特にアストラル魔法学院では魔力を持たない学徒はいらないという認識があった為、タクトの味方をしてくれる者などごく一部しかいなかった。何故父親であり、『大賢者』であるローレンスはタクトをそんな学院に放り込んだのだろうか。タクトにとってはそれが不思議でならない。
まさか、あの父親に限って息子を『普通の人』のように生活させてやろうと配慮したわけではあるまい。もしそうだとしても、それはタクトにとっては有り難迷惑であり、偽善としか思えない。
タクトにとって一番有り難いのは下手な偽善を振りかざすのではなく、不器用なりにも真っ直ぐぶつかって来てくれることなのだ。タクトが国を出ようとしたその日、ローレンスがタクトに向けて剣を抜いた時のように。死にかけたので洒落にならなかったが。
タクトはベッドで横になるうちに強烈な眠気に襲われ始めた。そういえば今日は『白紙閃光』を使ってしまったのだった。そのせいで肉体的に疲労が溜まっていたのだろう。
「……明日から、頑張らないとな」
落ち着いたらあの場所を……魔力溜まりを見つけよう。そんなことを考えてタクトは深い眠りに落ちた。
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気が付くとシロが立っていた。
シロは白い髪の少女のような姿をしているが、前髪によって顔は隠れてしまっている。ただ以前見た時と違って輪郭がはっきりとしている。辺りもいつもの白い世界ではなく、水の中のような揺らぎを持った透明な空間になっていた。
「やあ。こんばんわ」
「今日はどうしたんだ?」
シロはタクトの中に宿っている『白の本』という魔導書の“意思”である。故に彼女がタクトの夢に出て来る時は大抵『白の本』に関して話がある時だ。
シロは右手の人差し指を立てて、左腕を腰に当ててタクトを見据えている。その姿はまるで注意事項を述べる学院の先生のようだ。
「君は今日『白紙閃光』を使ってしまったね」
「駄目だったのか?」
「駄目じゃないけど、使い過ぎは困るんだよ。君が特別だからあの魔法も特別なんだ」
恐らく、タクトに魔力がないことを言っているのだろう。魔法は本来魔力がなければ使うことは出来ない。だがタクトは体力と精神力を消費する事で、『白の本』から与えられた魔法を行使することができるのだ。
「あの魔法はね、私が捕食した魔力の一部も消費しているんだよ。だから私がある程度魔力を捕食していないと使うことができない。君の体力が続く限り何度でも、というわけにはいかないんだ」
「なるほどな。もしもの時の為に節約しろってことか」
「その通りだよ。まあ、あの『大賢者』という化け物から奪った魔力があるし、今のところは問題ないんだけど」
「一応気を付けておくよ。というか当分は使うつもりないし、大丈夫だろ」
『白紙閃光』に色んな制限があることは大体予想済みだったので、それほどタクトが驚くことはなかった。それにあの魔法は一体の敵に対して馬鹿みたいに何度も使う必要はない。たった一発。それだけで全てを消滅させる最強の魔法なのだから。
だが、シロはそれ以外にも何かを危惧しているようだった。
「――気を付けて。明らかに、良くない力が蠢いている」
「良くない力?」
「うん。詳しいことは何も分からないけれど。あと、これが最後の注意事項……私は私の魔法を捕食することはできない。決して驕ってはいけないよ」
「あ、ああ。言ってる事がイマイチ分からなかったが、最後の忠告だけは安心していい。俺は自分を卑下することに関しては一級品だから、調子に乗ることはねぇよ」
タクトの言葉に何か不満を感じたのか、シロはタクトから顔を逸らして唇を尖らせた。
「私が選んだ君を、君が否定するのは不快だな!」
「……いや、意味が分からないんだが?」
タクトの疑問には何も答えず、シロは霧のように姿を消していく。それに合わせて周りの空間が歪んでいき、夢の世界は終わりを告げた。
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タクトが目を覚ましたのはすでに昼間を迎えた頃だった。一度朝に目を覚ました筈なのだが、どうやら二度寝してしまったようだ。
だらだらとベッドから起き上がったタクトは、顔を洗ってから宿で昼食を取った。
今日の予定はラクシアの情勢を掴むことだ。故にタクトはギルドで都市内の掃除の仕事を引き受けるつもりだった。実は昨日のうちにその手の依頼書を一枚確保しておいたのだ。これをギルドに持っていけば、正式な仕事として引き受ける事ができる。
「説明不足でしたね。冒険者になられたばかりの方はまず最初に、こちらで用意した依頼を受けていただくことになっているんですよ」
「不足ってレベルじゃねえだろ。これは立派な職務怠慢だ。俺の予定を返せ」
ギルドで受付員に依頼書を見せると、悪びれない態度で別の仕事を与えられた。その内容はラクシアの外でモンスターを討伐すること。都市内の情報を集めようと考えていたタクトは己の計画が崩れた事に不満を訴えた。しかし受付員の「信用を得られるまではこちらで用意した仕事を行ってもらいます」という言葉でしぶしぶ引き下がる事にした。
信用が無い間は自由に仕事をさせられない。確かにその考えは理に適っている。例え『竜の爪』とかいう自警団がいるとしても、知らない所で行われるかもしれない犯罪行為を防ぎたいと考えるのは極自然なことだからだ。
タクトは肩を竦ませながら受付員に渡された依頼書を鞄にしまった。
「倒すモンスターは何でもいいのか?」
「はい。ですが、質の高い魔魂石を納めていただくとギルドから高評価を得られることになります」
「つまり強い奴を倒せばいきなりランクが上がることもあるんだな? でも例えばの話、誰かが譲ってくれた魔魂石を俺がここに持って来たら分からないんじゃないのか?」
「ギルドカードには――」
「――虚偽の報告はできない……だったな」
なるほど。考えてみればギルドカードはよく出来ている。まさに冒険者の行動を制限する首輪だ。ギルド側が負担を掛けてまで作り出した魔具なだけはある。
タクトは半ば感心したように己のギルドカードを弄び、きちんと受諾したクエストが表示されていることを確認した。
やると決めた以上は本気でやる。タクトはギルドを出ると、両手で頬を叩いて気合を入れた。そして大通りを通ってラクシアの外に出て行く。
景色は一瞬にして砂漠へと姿を変えた。そしてタクトは自分がまだ砂漠に対する準備をしていないことに気付く。
「ああ、くそ。失敗した」
しかしせっかく意気込んで出てきたのだ。短時間で終わらせることを念頭においてタクトは砂漠の中を進んでいった。
「……いるな」
おそらく都市の守護結界が影響しているのだろう。都市から距離を取るごとに不穏な殺気がタクトにぶつけられてくる。さっそく何かのモンスターが現れたらしい。
タクトは腰から『緋星王剣』を引き抜いて辺りを警戒した。
「……」
僅かな音でも逃さないようにタクトは全神経を集中させる。そしてタクトは真後ろから殺気が飛んでくるのを感じてその場を飛び退いた。
直後、タクトが居た場所に小さなクレーターが現れた。そのクレーターの中央には黒い岩が埋まっている。どうやらモンスターがタクトに向かって岩を投げつけてきたらしい。タクトは殺気があった場所を睨みつけるが何も捉えることはできない。
どういうことだ。タクトは何もいない砂漠を見つめて疑問を感じる。確かにそこで殺気を感じ取ったのに、何も見つけられない。
だが再び殺気を感じて、脊髄反射でその場から真横に跳んだ。直後に岩がタクトの傍に降って来た。
「上か!?」
慌てて空を見上げるがモンスターの姿は確認できない。そもそも空に何かが浮かんでいるのなら影が出来ていないとおかしい。タクトは不測の事態に焦り始めた。
不味い。何かがいるのに、それが何なのか全く分からない。
タクトは学院にいた頃にたくさんの書物を読み漁っていたので当然モンスターに対する知識も豊富だ。だがタクトの知っている知識の中にこのようなモンスターの情報はない。
熱い場所に出現するモンスターは攻撃性が強く、物理防御力が高いものが多いことは知っている。だがそんな知識で分析できるような相手ではないらしい。
タクトは己の不利を悟って一旦その場から離れることにした。
「……!?」
一旦距離を取ろうとさっきまでいた場所から離れた瞬間、再び岩が落ちてきた。だがその時空に歪みが出来ていたのをタクトは偶然見つけた。そこでようやくタクトの疑問が氷解する。
「相手は人間か!」
姿は見えない。何もない空から岩が降って来る。物理現象で説明できないのならば、これは魔法によるものでしかない。もうアストラルから賢者が来たのか、それとも『竜の爪』とやらに目をつけられてしまったのか。
タクトは舌打ちをしながら右腕を掲げた。
(感情だ。何でもいい! ありったけ『白の本』に込めろ!)
『白の本』は所有者の感情によって性能が左右される。タクトの焦燥感という感情を糧に『白の本』は己の魔力捕食量を増やしていった。
その時、何かの魔法が消えていく感覚と共に僅かに砂漠に歪みが生じた。そしてその中で何者かの人影を捉える。タクトは『緋星王剣』を砂にぶつけ、その時生じる爆風によって人影に急接近した。その勢いのまま人影を捕まえ、砂の中に思い切り叩き付ける。
「てめえは何者だ!」




