竜の爪、依頼、協力
今回はティナの話が中心なのよさ。
せっかくギルドカードを手に入れたので、タクトはギルドの中を歩き回ることにした。少し奥に進むと階段や複数の部屋が現れ、一番奥に賑わいを見せる酒場があった。
酒場の壁には依頼書と呼ばれる紙がびっしり貼り付けられており、冒険者はその中から好きな仕事を選べるようだ。どうやら冒険者の仕事はギルドが斡旋する物以外に、こうして自分で探すことができるらしい。試しにFランクの依頼書を探してみると、酒場の端の方に何枚か貼られているのを見つけた。
「……ふーん。Fランクってほとんど雑用係みたいなものなんだなぁ」
Fランクの依頼の殆どは都市の中のゴミ掃除や何処かの店の手伝いなど、何処か冒険者らしくない仕事だった。一枚だけモンスター討伐の依頼があるが、報酬額は驚くほど少ない。
「タクト」
「ん?」
後ろを振り返ると用事を済ませてきたのかレイジ達が酒場のテーブルに集まっていた。エミリアが自分の隣をポンポンと叩いている。「ここに座って」と言っているらしい。
タクトが指定された席に着くと、皆はテーブルに備えられていたメニューを見てわいわいと騒ぎ出した。
「今日は俺の奢りだ。タクト、遠慮しなくていいからな」
「そうか? じゃあお言葉に甘えようかな」
タクトはメニューを見てどの料理を頼もうか考えたが、どれも見たことないものばっかりだ。そして、学院生活でアルファランチばかりを頼んできたタクトにとって値段は極めて重要だ。遠慮するつもりはないが、過去の習慣が身に染みているせいで自然と安いものばかり頼んでしまう。
そして実際に出て来たものは肉と野菜の簡単な炒め物とクリーム色の甘い飲み物だった。値段は安いがそれなりに量があり、味も良い。それらをタクトは美味しそうに頬張っていった。そして、そんなタクトの様子をエミリアは隣で微笑みながら見つめている。
「タクトさんってそんな顔もできるんですね」
「は?」
「あ、いえ、すいません。生意気でしたね。でも、タクトさんってずっと仏頂面だったから……そんな風に笑えるんだって思って」
「……そういや最近は苦笑しかしてなかったな」
エミリアの言葉でタクティスはアストラルに居た頃を思い出す。学院では常に侮蔑の視線が向けられ、都市全体では疎まれていた生活。自然と笑う回数も減り、笑う意味すら失っていた。思えばタクティスは皮肉を相手にぶつけるか、相手を挑発して煽る時しか笑わなくなっていたのだ。辛うじてティナと一緒にいる間だけは本当の笑みを見せることも出来ていたが、『白の本』を手にして国を出て行く羽目になってからは苦笑しかしなくなっていた。
タクトはようやくこのラクシアに来てから感じていた違和感の正体を理解した。
ここにはタクティス・ストレンジを疎ましく思うような視線が全く無いのだ。それは今までには無い経験で、有り得ない事態だ。だからこそタクトは落ち着かないのだ。その違和感がタクトを無意識に苛立たせ、受付員に少々八つ当たりしてしまった。
(周りに嫌われていた生活の方が落ち着くだなんて……これ以上の皮肉があるか?)
自分の心はここまで屈折していたのか、とタクトは困ったように苦笑した。
*************
ティナ達はラクシアの港にて、国の使者に迎えられていた。
「ようこそ、我らがラクシア帝国へ。私は帝国十三騎士団『竜の爪』の一番隊隊長、ラミア・ミカヅキと申します。本日はアストラルからの使者一向を城まで案内する役目を頂き、こうして迎えに参りました」
ラミアは炎のように赤い髪を揺らしながら、見る者を魅了させるような美しい笑みを浮かべた。女性として十分成熟した肢体もまた魅力的で、背中に担いである大剣が無ければ彼女が国の兵士だとは思わなかっただろう。
そんな彼女をじっくりと眺めていたクーリスは、眼鏡の奥にある紅い瞳を細めて尋ねた。
「軽装なのは僕らを護衛することまで仕事に入っていないからですか?」
クーリスが指摘した通り、ラミアは兵士とは思えないほど軽装だ。篭手やすね当ては装備しているものの、それ以外は何処にでもあるような普通の服だ。そしてラミアはクーリスの的確とも言える質問に苦笑を浮かべた。
「まあそう思われるのも仕方ないでしょう。私も本当ならばきちんとした姿でお迎えしたいのですが……胸がきつくて鎧を着けられないのです」
豊満な胸を揺らすラミアの困ったような声音にティナの体が反応する。そしてわなわなと震え、ラミアの胸を睨み付けた。逆にラミアもまたティナの胸を見つめている。そしてラミアの心無い一言。
「私も貴方のようなまな板が良かった……」
「――――ッッ!?」
心の底から、というような溜息を吐いたラミアにティナは声にならない反応を示す。ビキビキと音を鳴らして青筋を立てたティナをグレイが後ろから羽交い絞めにして抑えた。そしてクーリスがラミアを庇うように二人の間に立つ。
「そこどいて! そいつ殺せない!」
「何言ってんだよ!? 国際問題に発展するだろうが!」
「ラミアさんでしたね。貴方は最高に面白い人だ」
クーリスが面白そうに笑ってラミアと握手している。
ラミアは褒められたことが余程嬉しかったのか、照れたように頬を染めて「そんな……それほどでも」と屈託無く笑っていた。それからティナが理性を取り戻すまでしばし時間が掛かった。
三人はラミアが用意していた馬車に乗り込み、複雑な道順を通って城まで向かった。途中で不審な者達が馬車を襲おうとしたこともあったが、ラミアの顔を見るだけでその者達は血相を変えて逃げ帰ってしまった。どうやらラミアという人物はそれほどまでに恐れられているらしい。
「流石は帝国直属の騎士、と言ったところかな?」
「その通り……と言いたいところですが、恐らくそれは違うでしょう。私は騎士としてではなく、『薔薇の断罪』という二つ名の方で有名ですから」
「二つ名?」
ティナの疑問にラミアは答えなかった。どうやら本人はその名前を嫌っているらしい。それを察してティナもそれ以上追求するのは止めた。
城に着くと、ティナ達はラミアによって応接間に通された。そこは広く、ソファやテーブルなどはどれも高級そうなものばかりだ。ティナとグレイは緊張して身を縮ませた。クーリスだけが平然とソファで寛いでいる。
「クーリス、ひょっとしてお前は大物なんじゃないか?」
「周囲を気にしないというのは引き篭もりの特権だからね」
「それって自慢じゃなくね?」
ドヤ顔で答えるクーリスにグレイは鋭く突っ込みを入れる。なんだかんだでグレイもいつも通りの雰囲気を取り戻しつつある。
ティナはそんな二人を見て呆れてしまった。ここが王族の住まう場所だと理解しているのだろうか? クーリスなら皇帝の前でもふてぶてしい態度を保ち続けるかもしれない。それはかなり不安要素である。
クーリスとグレイは軽口を叩き合い、ティナ沈黙を保ち続ける。そんな三人の前に一人の人物が現れた。
「よく来たな。『大賢者』の卵達よ。私はこの国の宰相を務めるディアだ」
そう自己紹介をしたディアは雰囲気がゼニスによく似ていた。無表情というわけでもないが、感情が豊かな人種ではないらしい。抑揚を感じない声音だ。
ティナ達もディアに倣ってそれぞれ自己紹介を始め、それから本題に入った。
「ふむ。連絡はゼニスから聞いている。なんでもタクティス・ストレンジという若者を捕らえて欲しいということだったな。しかしこの国に来ている可能性が最も高いというだけで、確証はないのだろう?」
「申し訳ありません。私達は情報をここで集めろと言われているだけなので、その質問にはお答えできません」
「ふむ。そうか……だが……」
ティナとの会話にディアはしばし考え込むように黙り込んだ。しかしそれはクーリスの次の発言によって中断される。
「少しお聞きしても良いですかね?」
「うむ。構わん」
「うちの学院長……ゼニス殿とは一体どういったご関係で?」
「戦友だ。……この地で起きた竜王戦争で共に戦った仲間である」
ティナはその話を聞いて、どうしてゼニスのことを親しげに呼び捨てているのかようやく理解した。実はティナもクーリスと同様に質問しようと思っていたのである。
ディアは散々ゼニスとローレンスの愚痴を言った後、他にも何か言いたげにしていたが、応接間に飾ってある振り子時計を見て本題に戻った。
「アストラル側にはこの国を救ってもらった借りがある。そちらの用件は喜んで引き受けよう。しかし……君達にも我々の頼みを聞いて貰いたい」
「頼み、ですか?」
予想外の言葉にティナ達は目を何度か瞬いた。ディアは今までずっと黙って傍に立っていたラミアを呼んで、一枚の紙をティナ達に手渡した。それはどうやらこの国の依頼書のようだ。その内容を読んで、ティナは目を見開いた。
「魔女の……暗殺……暗殺!?」
「その依頼書は私達『竜の爪』に渡された物です」
ラミアが依頼書に書かれた内容にいくつか補足を付け足して説明を始めた。
「この国には“魔女”と呼ばれる極めて危険な魔術師が潜伏しています。すでに彼女の手によって我らの仲間が何人も犠牲になりました。そこで彼女の殺害依頼が発布されたのです。しかしどういうわけか、探そうとすると誰も魔女を見つけることができません。どうやら魔女には自身の存在を隠蔽する特殊な魔法が使えるようです。そこで、是非とも貴方達の力を借りたい」
「どういうことですか?」
「この国は冒険者を育てる事に力を入れているので、魔術師達の魔術練度が低いのです。ですが貴方ならば……『最も大賢者に近い学徒』と謳われた貴方ならば、魔女の魔術を打ち破ることができるかもしれません」
ラミアの一言でティナは驚愕する。ゼニスから聞いたのか、それとも元々知っていたのか。どちらにせよラミアはティナの実力を把握しているようだ。そして気付いた。
最初からそういうつもりだったのではないか?
タクティス保護に協力させる代わりに、自分達に魔女探しを協力させる。その為にゼニスは自分達をラクシアに送り込んだのではないのか。
ティナと同じことを考えていたのか、クーリスが不敵に笑った。
「なるほど。情報集めっていうのはタクティス君ではなく、魔女の情報を集めるってことだったのか」
道理でゼニスが達成困難だと断言した筈だ。なにせ見たことも聞いたことも無い存在を探せというのだから。しかも相手は国の精鋭である『竜の爪』の仲間を何人か倒してしまっているらしい。それほどの実力者ともしかしたら戦闘になるかもしれない。
(私は一刻も早くタクティスを探したいのに!)
そう高らかに宣言したい気持ちを堪えて、ティナはラミアの頼みを引き受けた。これがアストラル王国の課した処罰なのだから、面倒臭くても受け入れるしかないのだ。
「ありがとうございます。ご協力感謝します」
ラミアは丁寧にお辞儀をした。そして胸が揺れる。そしてその動きをこの場の男共が全員注視していた。
「いえ、これも任務のうちですから」
ティナもラミアに劣らず丁寧な態度を見せる。しかし彼女がお辞儀をしても誰も見向きもしない。対面にいたラミアだけが「あ、やっぱり軽そう」と呟いただけだ。
ティナは思った。こんな理不尽を素直に受け入れたくない、と。




