第7話 魔王と食料
「これ……食える」
そう言った三匹の一人、ゴブリンのブンは森の中でパインとマスカに食物となる野草を教えている。
結局、ゴブリンの三匹は魔王の軍門に下る形にはなっていた。
しかし、まだ形式上というのが正しい。
いきなり連れてこられた三匹のゴブリンを受け入れるには時間が足りない。
ただ簡単に追い出すこともできなかった。
それは、話が終わるや早々に立ち去るバナが言い残した一言だ。
(「早かれ遅かれ、人族はここへやってきますよ」)
魔王が復活すれば争いが起こる。
青年にその意思がなくとも、過去の【魔王】の所業から敵意をもった輩はやってくるに違いなかった。
加えて、魔王の復活は大々的に公になってしまっている。
争う意思がなくとも防衛に備える人員は必要になってくる。
「信用とは難しいものです」
そう言ったリーダー格のゴブリンであるゼンは青年の横で三人の姿を見守っている。
「現状、信用するほかないのも事実だ」
お互いのことながら諦めた様に呟く青年に、ゼンは大口を開けて笑う。
警戒はお互いにするべきだ。
しかし、三匹の境遇から今の状況は気を緩ませてしまうのかもしれない。
住む場所を失い、仲間と共に新天地を探す旅。
それだけ聞けば、パインとマスカと境遇は同じだ。
だからだろう。
パインとマスカは、警戒はしていたものの、三匹がダンジョンで生活することを拒絶はしなかった。
「ランは帰ってくるか……」
もう一人のゴブリンはこの場にはいない。
バナの一言から、青年はランに早速命令を出した。
この森に人族が入ってくるのを報告するように。
「必ず」
信用を得ようとするゼンは力強く言い放つが、青年は疑っていたわけではない。
「すまん、そういう意味ではなかった。ランがどれくらいで帰ってくるのか気になっただけだ」
「それは失礼を」
「あー、ま、いいや」
慌てて謝罪するゼンに、それ以上は押し問答になるかと、青年は言いかけた掛けた言葉をやめる。
「しかし、名とはいいものだ」
ゴブリンの三匹が軍門に下ると決まってから、三匹には名がない事が判明した。
どういう形であれ、呼ぶ際に困るからといって、名を決めることから三匹とは始まった。
青年はパインとマスカに尋ねたのだが、困ったような表情をした後、丁重に返してきた。
仕方ないので青年は「テキトーに付けるぞ」と前置きし、ゴブリンの三匹には、ゼン、ブン、ランと名を与えることになった。
ゼンは元々三匹の中では中心に物事を進め、リーダーのような立ち位置で動いていた筋肉質で見るからに大柄な戦士。
ブンは肉付きがよく見た目でいえばよく食いそうな体系。
実際三匹の道中では食事はブンが用意していた。
ランは唯一、裸体に羽織ものを着込み、布地の布をマフラーのように首元に巻き付け顔を隠している。
細身で小柄でありながら筋肉はしっかりついていた。
そして、名づけが終わると、次に青年はあることをパインとマスカに委ねた。
この三匹を受け入れるかどうか。
それを青年は決める気がなかった。
理由は明白だ。
この新しい生活は二人の為に始めたといってもいい。
いわば、ダンジョンは二人の新しい家ともいえる。それを決めるのはやはり二人だ。
名と同様、一度は青年に委ね返してきた二人だったが、青年はそれを拒否。二人で決めるよう再度促した。
そして、辿り着いた答えは、「わからない」だった。
青年はその答えにクスクスと笑う。
悩むなら悩んだって良い。そう思ったからだ。
ただ、パインとマスカには続きがあった。
「……でも」
「名前決めたんでしょ」
受け入れる気はあった青年の意図はしっかり見抜かれていた。
だから、三匹の処遇は正確には保留のままだ。
しかし、それではゼン、ブン、ランは困るしかない。
だからこその最初の命令だった。
ゼンには護衛を、ブンには食料の確保を、ランには偵察をするよう青年は指示を出した。
変異種のゴブリンの中でもゼンは頭が切れる方だ。
すぐにその意図をくみ取ると、青年、パイン、マスカの前で跪き、「承った」と自分たちの立場を受け入れた。
そうして、バナの許可を得て、森の中に食料を探しに来ている。
ゼンと青年が話をしていると、いつの間にかパインとマスカが青年の位置まで帰ってくる。
「ねぇ、魔王。どれくらい食料って必要?」
抱きしめるようにたくさんの野草や木の実、キノコを抱え、尋ねてくる。
青年は最後に戻ってきたブンを見た。
「できれば日持ちするものを、なるべく多くほしい」
現在のダンジョンでは籠城は出来ない。
いつダンジョンの外に出られなくなるかわからない状況であれば、食料は確保しておきたい。
「野草やキノコは長く持たない。魚なら干す。肉も同じ……」
意外とブンが一番、今の青年たちに一番必要な知識を持っているのかもしれない。
「任せる」
「ん……。次、川行く」
そういうと、大きめの葉っぱに野草をまとめ次の場所に移動するらしい。
その道中、
「そういえば、どうしてバナの前で二人は話せない振りをしていたんだ?」
バナとの話合いの最中、ブンとランは決して、声を発しなかった。
それを訝しんでいたバナは青年に耳打ちで「おそらく二人も言葉を話せますよ」と伝えてきた。
青年の前ではそれを隠さなかったので、何気なく尋ねる。
「振り……? あ、ああ…………」
ゼンは困ったように頬を搔く。
「妙な誤解を生んでしまっていたか……。振りをしていたわけではないんだ。ただ、二人は口数が少ないだけだ」
どうしようもなく、どうでもいい理由だった。
「あ、そ」
たぶん、バナにも伝わっただろう。
この森の中のことはだいたい把握しているらしい。
そう青年は些細な誤解の理由を忘れていくのだった。
川のほとりまでやってくると、きらきらとした水の反射に、パインとマスカは嬉々とした声を上げる。
青年は、案外近かった距離に徐々にダンジョンとの地形を頭に入れる。対照的な三人とは違い、ゼンとブンは何やら話をしている。
それに気が付いた青年は二匹に近づく。
「何かあったか?」
警戒したのは間違いなかった。
しかし、そこに二匹を疑う気持ちはなかった。
「何やら獣の気配がする」
青年の目じりがぴくっと反応する。
すぐに川の中の水と戯れている微笑ましい二人の姿を確認し、ゼンに尋ねた。
「危険性は?」
青年の気配察知には限界がある。
概ねダンジョンの側では機能しているが、離れてしまうとほとんど機能していない。
「川を背にするのは危険だが、どうやら後を付けてきたようだ」
つまり、何時からか捕食対象になってしまっている。
「まずいな」
どうするか、選択を青年が頭に浮かべたところで、
「狩り」
ブンが首を振り一言だけ呟いた。
ブンの一言が獣の行動を意味しているのか、反撃に徹する為のものか、どちらの意味か悩む青年を前にゼンがマチェーテを手に取って説明をする。
「すまない。気が付いていると思って言わなかった」
その間にもブンはパインとマスカの側まで移動する。
どうやら役割がシフトした様だった。
「食料が必要だと言っていたので、誘い出した」
「分かっていて逃げ場がない場所まで誘い込んだと?」
「そうだ。皮をはぐにしても水場がある方が何かと便利なのでな」
「勝ち目があるのか?」
「たかが獣だ。魔獣ですらない」
ゼンの自信がある様子に青年は納得し、邪魔になる前に二人の少女の位置まで移動しようとした。
「ブンの時のように言葉はくれないのか?」
徐にかけられた言葉に青年はきょとんとした表情を浮かべた。
ゼンは青年の方向を見ていない。
おそらく近い獣との距離から臨戦態勢に入っている。
それなのにその台詞。
思わず噴き出した。
「ははっ、ああ、任せるよ」
見えないところでゼンはにやりと牙を剥き出しにする。
「承知した」
信頼、そんな言葉が思い浮かびながら青年はパインとマスカの所へ説明に向かう。
「どうしたの?」
「……うれしそう」
どんな表情をしていたのだろうか。
二人は青年の表情にぽかんと顔を見合わせる。
良いことがあったのなら、それを共有してほしそうに問い詰めてくるパインが鬱陶しく感じながらも、居心地がいい空気に青年は表情を戻し説明は省くことにした。
「どうやら、晩御飯は豪華になりそうだ」
そろそろ日が落ちそうな太陽の位置。
突如として飛び出してきた人の大きさを優に超えたイノシシが飛び出してきた。
パインとマスカ目を開き驚いた。
青年はブンに食事の準備をどうするか尋ねる。
ブンは、ダンジョン前で火を起こすという。
そして、青年は気が付いた。
ダンジョン内で火は起こせない。
「煙対策も考えなくないといけないな」
そう言うやイノシシの体躯が横たわり、その振動で木々に留まっていた鳥たちが天高く飛び出した。




