第6話 魔王と話し合い
青年の一言が不意打ちになったのか、女性のレスノイは言葉を失った様子だった。
しかし、すぐに態勢を整え次の言葉へと繋げる。
「失礼いたしました。私は【鎮守の杜】の精霊レスノイのバナと申します。この度お伺いましたのは、ご挨拶と共に、不躾ながらこの変異型ゴブリンを軍門に入れていただきたく参上いたしました」
急な争いに発展しないことに一旦青年は安堵する。
しかし、警戒を緩めるわけでもなく、後ろにいる二人を前に出さないようにする。
ひとまずはダンジョン内にいる事で考えられる対処はするつもりでいた。
なによりこれはお互いにとっての牽制だと理解している。
お互いダンジョンの中と外、相手の土俵に踏み入れてはない。
「そう警戒しないでください。私どもは争いをしに来たわけではありません。存じているかはわかりませんが、我々レスノイは争いを好みません。どちらかと言えば物静かな方でしょう」
温和な口調と物腰、手を前で組む姿は相手にそれなりの敬意を振舞っているようにも感じた。
青年はちらりと後ろの二人に目配せをする。
それに気が付いたパインとマスカは空気を察し言葉に出さずに頷くことで応えた。
青年の思考が巡る。
「ここに来た理由、目的は理解した。それに争う気がない事も」
バナは微笑んだ。
「ご理解感謝いたします」
だが、
「ここに来る前に伝えておくべきだな。武器に手を掛けるな。それに隠れている奴はそのままにしておくのか?」
「――⁉」
青年は理解している。
ここに【魔王】がいると認識しているからこその挨拶だ。
この世界で【魔王】がどういう立ち位置なのかは詳しくは知らずとも、パインとマスカが【魔王】を召喚し、目の前にその力を有した存在がいる。
その為の火種を作りたくないからこその挨拶。
それなのに、奇襲ができるようにしている事、挨拶をする側が警戒し武器を所持している事、どれもが矛盾している。
青年の表情は変わっていない。
出会ってから警戒はしても敵意をもっての対応はしてない。
ただただ冷静に観察をしている。
目の前の二人の表情、身体の動き。
すぐに慌てたのは変異種と紹介があったゴブリンだった。
バッと触れていたマチェーテから手を離し、「出てこいっ」と叫んだ。
一瞬、戸惑う気配を感じるが、連れのゴブリンは左右の草むらから姿を現す。
「お許し願いたい! 我らは特異な存在になったうえ、常に警戒していなければならず――」
言い訳を始めるとすぐにバナが手で制した。
「少し事情を話させてください。このゴブリン共は昨日今日【鎮守の杜】へと入林いたしました。事情を聴くと、どうやらその特異性から行き場をなくした模様。そこで我々レスノイへと頼ってきました。しかし、我々は森の管理こそいたしますが、その種の面倒は見ることはありません。そこで魔王様の気配を感じ取りお願いに伺いました」
腕を組み、指をトントンとせわしくなく叩いた青年は少しの矛盾を感じ取る。
「次、誤魔化し、腹に含む何かを感じとった場合。早々にお引き取り願おう」
出会ってすぐというのは嘘ではないようだった。
ゴブリンの変異種と言われていた大型のゴブリンは落ち着きなさそうにバナを見る。
「それはどういった意味でしょうか?」
青年は面倒くさそうに、大きくため息を吐いた。
説明をするのが面倒なのではない。
理解している存在に無駄な説明をするのが面倒だった。
「面倒が見る気がないと言いながら、ここまで連れてきているのは矛盾がないか?」
バナは顎に指を置き、静かに瞼を閉じる。
「なるほど、対話ができて何よりです。では、少し心を砕きましょう」
腹を割って話すという意味だろう。
それと同時、【魔王】というものを量りに掛けていたとも言っている。
「ここへ来たのは打算があります」
後ろの方でパインとマスカが初めて警戒したのがわかる。
そわそわとした面持ちと緊張感をもって青年へとにじり寄ってきた。
「そう警戒しなくても大丈夫ですよ。先にも言った通り、我々は基本的に争いを好みません。ですが、【魔王】という存在がある事で争いは起こるもの」
青年の指のリズムが早くなる。
「森から出て行けと?」
「そうは申しません。自然は生けるもの全てに平等です」
嘘ではないだろう。
そもそも、出て行けというならゴブリンを預かれというのがおかしな話になる。
「ですが、脅威は取り除かなければいけないのです」
「その脅威とは?」
「人族です」
青年は悟られないよう心の中だけで悔やむ。
もう少しこの世界の事をパインとマスカから優先的に聞いておくべきだったと。
そのうえで、青年は言った。
「俺も人族だが?」
「――人族っ⁉」
大柄なゴブリンが声を出して驚く。
それに対して、バナは「ふふふ」と笑った。
「ご冗談…………を?」
改めてバナは青年を確認したのだろう。
姿恰好は問題ではない。
バナが感じ取れるナニカでその存在を推し量ろうとしたのだ。
しかし、バナは気が付く。
バナは最初この三人を【魔王】の従者と勘違いした。
で、あればなぜ勘違いしたのか。
それは悪魔族の二人を別にしても青年の存在が曖昧だったからだ。
青年は素直に伝えたわけではない。
この冷静なバナという存在が自身をどういう目で見ているのか改めて知ろうとしたのだ。
今まで冷静だったバナの表情を崩せたことに満足した青年だったが、思っていた反応ではなかった。
それがお互いに困惑させることになる。
「人族……にも感じますが、いや、しかし、でも」
素直に人族と理解してくれたのならばそれでもいい。
もしくは【魔力】や【魔王】の存在感で認識されてもよかった。
しかし、バナの反応はどれにも属していない。
「何者ですか?」
始めてバナの本心を聞いたような気がした。
それは青年も同じで、
「さぁ?」
予想外の反応でお互いに疑問だけを残すことになった。
警戒は解けたといっていいのかもしれない。
バナは足を斜めに曲げ切り株に座る。
その姿はもはや【魔王】が眼前にいるとは思っていないと語っていた。
「では、その子達は召喚には成功したものの【魔王】ではなかったと?」
打算があるのは青年も同じ。
だからこそ、経緯を説明するほかなかった。
「厳密には、【魔王】の力を押し付けられた俺が召喚された」
「魔力があるようには感じませんが?」
「コアに預けてある」
「――っ⁉ ダンジョンと契約を⁉」
急に立ち上がり「こほん」と恥ずかしそうに冷静になったあたり、そこまでの事情は把握できていないようだった。
「そんな驚くことか?」
「人族がダンジョンと契約したなど聞いたことがありません。しかし、【魔王】の魔力があれば、あるいは……、それにあなたの存在が私ではよくわかっておりません」
それは【魔王】に色々と押し付けられた所為なのか、召喚の弊害か、もしくは、そもそもこの世界の人族と違う存在なのかはわからなかった。
「ですが、滅びゆくダンジョンがこう生きながら得るのも一つの運命とでも言いましょうか」
なにやら考え深いものがあるのか、バナはそれだけ言い物思いに耽る。
「ダンジョンだと把握はしているんだな」
「ええ、この森の中の事は概ね把握していますよ。それにダンジョンは珍しいですし、規模はそう大きくもなかったので、放っておいたのですが」
それだと辻褄が合わない。
ダンジョンがある事で災いの種が出来ないとは言い切れないからだ。
青年の表情から何かを悟ったのかバナは隠すことなくその事実を教える。
「脅威の桁が違えば、簡単に人族も森の入ろうとは思いませんから」
【魔王】は脅威ではないのだろうか。
そんな疑問も抱く。
「【魔王】であれば確認を、ドラゴンであれば尾を踏むような真似はしませんね。なにより、ドラゴンであれば諦めもつきます」
それほどドラゴンは脅威なのだろう。
「【魔王】とドラゴンではドラゴンの方が強いってことか?」
「そう言い切れませんが、ドラゴンは本能的に、【魔王】は目的が明確にあるものですから」
「災害には手を出さないってことか」
「そんなところです」
一つの区切りを現すように、バナが髪を耳の裏にかきあげる仕草をする。
どうやら、ここからが本題に入るようだ。
「状況は分かりました。ゴブリンの方々も戸惑っていますし、先の話をしましょうか?」
置いてけぼりになっているのは、ゴブリンだけではない。
パインとマスカも二人の話に付いていけずに、パインに至っては考えるのを止めたようだ。
前後に体が揺れ、今にも寝てしまいそうだった。




