第5話 魔王と精霊レスノイ
「困りましたね」
とあるダンジョンがある【鎮守の杜】に宿る精霊レスノイ。
森や動物の保護を役目とし、長い歴史と共に暮らしてきた。
長い歴史の中で困難はいくつもあったのだが、久方ぶりの難解に、女性の姿をしたレスノイが跪く三匹の戦士を前に頭を悩ませる。
片膝で頭を垂れる三匹の種族は、大元はゴブリンだ。
しかし、普通のゴブリンではない。
リーダーらしき突然変異の一匹を皮切りに、左右横二人のゴブリンもその影響を受けているようだった。
「ご助力を願いたい」
普通のゴブリンの知能は人族の子供程度、それは進化を遂げて上位種になった場合でも、人語は話せない。
「魔王の影響ですか?」
「魔王が復活する以前から兆しはありました。自分がこうなった理由は分かりません。しかし、こうなってしまいゴブリンとしても人の生活もできぬ始末……。可能であればこの森で生きることを許可していただきたく」
レスノイが頭を抱えているのはゴブリンの問題ではない。
「あなた方は知能的で問題を起こさないのであれば、許可は致しましょう。ですが、今この地は一つの問題を抱えています」
「魔王ですか……」
突然復活を遂げた魔王がいるダンジョンが、今現在この森の一部に存在している。
「人族も、でしょうね」
魔王がいればそれを討伐するのは常だ。
「どちらに手を貸すおつもりで?」
その質問は愚問でしかない。
「人族は秩序を重んじる一方で、弱い種族です。いざとなると疑うほかなくなります」
追い込まれると過激になり、約束を違えるなど歴史を置いても度々起きてきた。
だからといって、
「魔王ですか……」
破壊の代名詞。
軍門に下るにしてはレスノイという種族は戦いに向いていない。
森の中からは出られず、森の力を借りて生き、静かに暮らしている種族。
しかし、どちらに付いても争いは起こる。
「どちらにせよ……」
森の中にダンジョンがある以上、様子は窺わなければならない。
復活して間もない魔王は何も行動に移してはいない。
話し合いが通じてるか不明にしても早い方がいいだろう。
「そうですね。魔王の軍門に下ってみては?」
行先がないのであれば、それも可能性の一つとして、ゴブリンに提案する。
「…………お供させていただきます」
「お話し合いだけですよ」
戦闘になればいくら森の最強種といえ、ただでは済まない。
変異種のゴブリンは腰にぶら下げたオンボロのマチェーテに手を掛ける。
この森での生活への約束は取り付けたばかり、己の生活を掴み取るためにどうなるかわからない。
仲間二人の住処を見つける為に、するべきことをしよう。
相手は魔王なのだから。
そんな決意と裏腹に、女性のレスノイ「では」と一言加えると、姿を消した。
森の精霊だけあって、木々さえあれば移動はあっと言う間である。
「行こう」
リーダー格の男は、そう残りの二人のゴブリンに指示を出し、頷くのを待って後を追った。
道中、魔物と遭遇しそうにもなったが、ゴブリンの三匹は問題なくダンジョンである洞窟前まで到着した。
洞窟の入り口を見張るように草むらの中に潜み、レスノイが現れるのを待つ。
「魔王がいるわりには、静かだな」
「そうですね。まだ間もないからでしょう」
「っ⁉」
「――っ⁉」
「――っ⁉」
いつの間にか現れたレスノイに声を出しそうになるのを必死に三匹は抑える。
その様子を女性のレスノイはリーダー格のゴブリンよりも、部下らしき二人を眺めていた。
「まぁ別に構いませんが。さてどうしましょうか?」
見抜かれていると一瞬警戒したリーダー格のゴブリンだったが、それすら許されたと警戒を再び洞窟の入り口に向けるが、気になることがある。
「いいのですか? そんな堂々と姿を現して」
草むらにいるゴブリンと違い、女性のレスノイは表立ってそこに立っている。
「魔王というのであれば、気が付いていないとは思えませんからね」
確かにと、リーダー格のゴブリンもまた草むらから出ると、二匹のゴブリンはお互いに左右に分かれて草むらを移動する。
それを目で追う必要もなく、レスノイは戦う気はないと言っているのにと、呆れたようにため息を吐いた。
洞窟の中には入れない。
いくら話し合いと言っても、相手がそれに乗ってくるとも限らない。
少なくとも、相手の土俵に入るような真似は出来なかった。
だから、待つことしかできなかったのだが、
「どうやら来たようですね」
思っていたよりも早く来たようだ。
さすが魔王というべきか、従者を使いに寄こしたらしい。
悪魔族らしき存在が二名と、よくわからない存在が一名。
それぞれなぜか、泥だらけで汚らしい恰好をしている。
しかし、その正体を探る必要はない。
使いの三名は洞窟の入り口手前で止まる。
どうやら、ここまで来いという事なのだろう。
要件を伝えるだけで済むか、機嫌を損ねればどうなるやら、女性のレスノアは不穏な思考とは裏腹にその表情はいたって冷静なままだ。
「行きましょうか」
そうゴブリンに指示を出し、もう一つ考えなければならなかった。
知性のある変種のゴブリン。
果たしてこの話し合いの場に必要かどうか。
考えたうえで、流れに任せることにした。
彼らは決してレスノイの保護下にいる存在でもなければ部下というわけでもない。
ただ放浪し住処を探していただけ。
許可を出したのは森の中に滞在することまでで、後の事は自分たちでどうにかするほかないのだ。
余計なことさえしなければそれでいい。
「お初にお目にかかります。魔王の使者様」
あとは、流れに任せ最善の選択をするのみ。
それだけだったのだが――、
「使者じゃなくて、一応魔王本人だけどな」
「はい?」
早々に出鼻を挫かれたのだった。




