第4話 魔王とダンジョン散歩
一旦の畑仕事を終え、ちょろちょろと流れる水で手を洗う。
これもまたダンジョン形成の時に繋いだものだ。
水道なんてものはない。
それに、風呂と呼ばれるものもまだ夢のまた夢である。
「あれ、どっか行くの?」
同じように子供のように嬉々として手を洗う二人を見ると、言い辛くはある。
しかし、死活問題を黙っておくわけにもいかず、いう事は言う。
「畑はあくまで未来の話だ。ちなみに聞くが、悪魔族に食事は必要か?」
「あったり前でしょ!」
生物である以上、それはそうだ。
まだ腹は減ってないまでも減ってから探すには、目途がない。
「外に出る」
ダンジョンの外がどうなっているかわからない以上、辺りの環境を知る必要があった。
「了解~」
大した時間が経ってない割に、信用はされているようで、付いてくるようだ。
しかし、食料問題以外に話しておかなければいけないことがある。
「俺ができる事を話しておく」
「……で、出来る事?」
出発っ~、とパインがさっそく歩き始め、遅れたマスカが慌てて付いてくる。
「ダンジョンとの契約で出来るようになったことを二人には話しておく」
信用とは少し違う。
もうこうなった以上、三人は運命共同体だとしている青年はしている。
だから、いざという時の為に出来る事、出来ないことを共通認識としておいた方がいいと考えていた。
例え、青年が裏切られることがあったとしても、それはそれでいいとしている。
なぜかと聞かれれば、この場にいる事もこの二人が始まりだからだ。
最悪殺されるようなことがあったとしても、それは最初の時点で決まっている。
だから、青年がここにいる理由は二人がいるからだと決めていた。
新しくできたばかりのダンジョン道を歩き始め、そんな事を知る由もない二人は、純粋にフムフムと青年の話を聴く。
「ダンジョンの形成は言うまでもないだろうが、それもできることが限られる」
実のところ、ダンジョン内の形成は欠点があった。
例えば、部屋や道を作ることは簡単だ。
しかし、住居として作った部屋の質素さから見えるように、形成には限界がある。端的に言えばないもの作り上げることは出来なかった。
「それってつまり、石のベッドは作れても木のベッドは作れないってこと」
「ああ」
ダンジョンに木材はない。
だから木が使われることはない。
それに加えて、元素の類もそうだ。
大気には酸素や水素はあるだろうが、水そのものを作り上げることもできない。
「……それは魔法で作れるんじゃ?」
「俺に魔法は使えない」
そもそもの原理がわからない。
だから【魔王】が俺に押し付けた魔力があったとしても、魔法に変換し、そこからなしえる事象を起こすことができない。
「んん? よくわからないんだけど」
「……うん。扉の先に作ったアレは魔力で作ってる?」
「おそらく」
「おそらく⁉」
パインが驚いたような声を出す一方で、マスカが何かを考えながらぽつぽつと話し始めた。
「……ダンジョンコアを通している?」
その答えは青年も行き着いた答えと同じだった。
「契約が成功してから、ダンジョンの構造は脳裏に浮かんできた。実際、今もダンジョンの中をリアルタイムの映像として脳裏に映し出せる。まぁ、見えているだけで、音なんかは聞こえない。そこから、脳裏に浮かび上がった……。そうだな、見取り図のような形に付け足す形で道と部屋の増設ができた」
「あー、それがダンジョンコアには意思があって、手助けしてもらってる感じね」
パインが一人納得しているが、意思とはどこまでなのかはわからない。
「協力はしてくれていると思っていい」
「でも、それって十分じゃないの?」
欲のないことだと青年は思う。
「ただ平穏に暮らして行けるならな」
二人が目を合わせた。
わからない様子だったので、青年は続ける。
「道と部屋を増やしたのは、迷路を作りたかったからだ」
「……あっ、侵入者」
マスカが気付き、パインも遅れて理解する。
「そこで、出来る事と出来ないことだ」
青年は一度立ち止まり、コアに魔力を通して小さな穴を作った。
「穴を作るには土や石をその場から消せばいい」
消せばいいといっても勝手に消えるわけではない。
「魔力を使ったって事?」
青年は頷く。
「……コアを通して?」
青年は再び頷くが、それだけでは足りないとも付け足す。
しかし、続きは二人には思いつかないようで、青年は説明する。
「穴はどうやって消す?」
「そんなの土でもかぶせればいいじゃない」
パインは小さな穴を、足を使って当たりの土で埋めてしまう。
「……あ、」
やりとりをしていくうちに二人の性格も徐々に理解していく。
短絡的に答えを出すパインに比べてマスカの方が少し思慮深いようだ。
それは、【魔王】復活に歩を進めたパイン、それに追従する形で行動を共にするマスカからも窺える。
「じゃあ、その土はどこから持ってくる」
「そんなの――」
そこで気が付いたようだ。
小さな穴であったらその辺の土を使えばいい。
しかし、人が入れるほどの部屋であった場合、消してしまった土はそこにあるわけではない。
他の、例えば壁を掘り、土を集めたとしても新たに壁を掘った穴は出来上がってしまうのだ。
「無尽蔵に形成ができるわけじゃない」
おずおすと、今更マスカが手を挙げ、
「……このダンジョンの大きさは?」
聞いてはいけない質問のように尋ねてくる。
「さぁ?」
「え、わからないの?」
青年は困ったように言う。
「ダンジョン内が把握できるのは空間がある場所だけなんだ」
つまり、広げてみないとわからない。
だからといって無暗に広げてしまうと、収拾がつかなくなってしまう。
「でも、別に今の状況なら、これ以上は広くなくても」
確かに、三人で暮らしていくのであれば問題はない。
むしろ広すぎるくらいだ。
「……侵入者」
「あ、そか」
そこで問題に戻る。
「じゃあ、入り口に罠とか、もう入りたくないなって思わせるほど置けばっ!」
いい案のように言うパインに、マスカも同調する。
「形成の限界点」
端的に青年は、それは無理だといった。
「穴は作れる。ただ罠と呼べるようなものは形成では作れない」
「なんで?」
「……魔法が使えないから?」
青年は簡単に頷かない。
それは魔法が使えないからこそ、わからなかったからだ。
代わりに、実演する。
「棘のようなものは作れる」
手を翳した壁に一本の棘を作る。
「あー」
「……罠じゃないね」
それだけで二人は理解した。
棘の周りの壁が、棘の形になる為に消え空洞ができた。
ただ、それだけだった。
棘という罠があり、それを罠として効力を発揮するには突然、侵入者に突き刺さらなければならない。
だが、形成された棘は壁に突然出現しただけであり、先端が壁の表面上にある。
自ら突き刺さりにいかないと本来の役目を果たさないだろう。
それは、そこにあるだけの棘を象った凹んだ突起物。
罠として全く働いていない。
むしろ、オブジェクトとしても必要が全くなかった。
「土魔法が使えればできるんだろうけど」
「……私もパインも土魔法は使えない」
「なにより、罠なんて高度な魔法を使うのに魔力がいくらあっても足りない」
罠というなら自動で発動しなければならない上に、一つ二つでは足りないだろう。
効率面を考えても、それでは維持ができない。
「あ、でもでも、入り口に落とし穴を作れば!」
「穴が増え続ければ、俺たちの生活に支障が出てくる」
出来た穴は埋めなければ元には戻らない。
それが立て続けに続けば、ダンジョン内は穴だらけになっていくだけだ。
歩き始めるも、沈黙が続く。
ダンジョンの生活は始まったばかり、すぐに答えは出なくてもいいと青年は思っている。
しかし、いずれくる事態に備えは必要だ。
なにより、
「すぐに思いつかなくてもいい。ただ、理解はしていてほしい」
青年が出来る事を。
「うん、私達もできることをする!」
「……が、頑張る!」
危機は起きていない。
だから、今のうちに備えが必要だという心構えが必要だった。
それに応えてくれた二人に青年は、笑みを浮かべる。
この二人となら――。
そう考えが浮かびきる前に、洞窟であるダンジョンの先に明かりが見えてくる。
それと同時、青年は外から生きる者の気配を察する。
それはダンジョンコアとの契約でできるようになったことなのか、【魔王】から押し付けられた力の一端なのかはわからなかった。
「誰かいる」
「「っ⁉」」
二人もそれを察することができるようだ。
すぐに立ち止まっても、外にいる者は中には入ってこようとしていない。
「確認するべきか」
見張られているだけの可能性もある。
しかし、ダンジョンの外に出向いた理由もあるように、ずっとこのままというわけにはいかない。
青年は二人の先頭に立ち、ダンジョンの入り口まで歩を進めた。
外には出ない。
出来る事の制限があるとはいえ、何かあった場合。
なにかしらの対処ができるのもまたダンジョンの中だからだ。
外にいる何者かの気配は四つ。
そのうち二つは隠れている。
相手の動向を窺う。
青年らがダンジョンの入り口まで近づくと、徐々に近づいてきた。
目の前にいる存在は隠れる気がない様子。
その姿がはっきりと確認できる距離まで近づいてきた。
この場に似つかわしくないほど清楚な雰囲気の女性と、大柄の男。女性の周りには蔓のような植物が見え隠れする。
返って男は上半身裸で筋肉粒々の野性味が溢れ出ている。
人間ではない。
そう青年は理解し、より警戒を強めた。
すると、
「お初にお目にかかります。魔王の使者様」
お門違いな問答が始まる。
「使者じゃなくて、一応魔王本人だけどな」
「はい?」
虚を突いたように見開いた瞳。
その様子から、本当に理解していなかった様子だった。




