第3話 魔王と最初の一歩
ひと段落にはまだまだ道のりが遠いと思いながら、出来た事に青年は一息ついた。
ダンジョンとの契約の一部始終を確認したユキは帰宅し、ダンジョンコアの台座には小さなベルが置かれている。
それを鳴らすことでユキがここへとやってくる。
ユキとの契約は一般的なものでひとまずただの客。
独占販売契約には至らなかった。
それはお互い納得している。
青年は、状況が軌道に乗らない限り意味がない事から。
ユキ側からすればあくまで種まきでしかなかった。
なにより、現状では通常の売買すら簡単ではなかった。
「ねぇ」
パインが後ろから声をかけてくる。
「この扉何?」
ダンジョンとの契約が済んでからできたことがある。
「基盤になる一歩、になる予定」
「?」
マスカが首を傾げ、意味が分からないと意思表示する。
説明していないのだから当然と言わんばかりに青年は二人に説明する。
「魔王の魔力を使って契約してから、できるようになったことがある」
それはダンジョン内部の創造だ。
最初に契約を終え、流れ込んできたのはダンジョンの構図。
一本道のダンジョン内部にはいくつかの空洞があるだけで、それ以外は何もない。
それと同時、入り口にいたとされる魔物の存在も確認している。
しかし、契約後から、異変を感じ取ったのか魔物たちは早々に姿を消した。
それでも、迷路ともいえない構造は単純すぎる。
試しついでにいくつかの道のりと行き止まり、空白の部屋を作ってみた。
それが最初に行ったことだった。
次に行ったのが、ダンジョンコアの台座の後ろ壁に設置された三つの扉。
青年は一番左の扉の前まで行くと、押し開いた。
「うわぁ」
「……すごい」
扉の先に見える光景に二人は感嘆の声を上げる。
扉の先には小さな入り江が存在している。
小さな砂浜に、岸壁に囲まれた海岸。
紛れもない海辺が扉の先に広がっていた。
二人の反応にまんざらでもない青年だったが、扉を超えようとするパインの肩を掴んで止めた。
「何?」
「まだ入れない」
ダンジョンを創造するうえで分かったことがある。
「俺ができるのは、あくまで構造の創造。ないものを作ることは出来なかった」
それは魔力で出来る事の限界ともいえる。
「岩や砂はどうとでもなる。水も少量だがこのダンジョン内にある」
だが、海はない。
砂浜や岸壁は作れても広大な海を創造するなど不可能。
「え、でもあるじゃん」
「まだ見た目だけだ」
魔力でそう見えているだけで、形になっていないと青年はいう。
「……でも、それじゃあ」
そう、そのままでは何の意味もない。
それでは額縁に飾られた絵とそう変わらなくなってしまう。
当然、その為だけにこの青年がそんなことをするとは、短い付き合いの二人でも思えなくなっていた。
「魔力を使って、外の世界と繋げてある」
「繋げてある?」
「一部だけな。外郭だけ作り、あとは自然に海が出来上がるのを待つしかない」
つまり、受け入れ口を作り、あとはダンジョンの外にある本物の海を繋いでいるという事だ。
「どうやら。コアは魔物を作れても生物は作れない」
つまり食料になりうる魚などの生物は生成できない。
しかし、ダンジョンは魔物を作ることは出来るという事らしいから不思議だった。
それでいて、魔物の生成も実のところうまくいっていない。
門番代わりに試してみたのだが、出来なかった。
「……入れないのはどうして?」
砂も岩はダンジョンから造っているなら、砂浜くらいなら立てる。
そう思ってのマスカの発言だったのだが。
「全部をいっぺんには無理だった。だから、見た目だけそう見えるようにしている。実際は闇の中だ」
幻想の類を魔力で作っているだけで、実際は無限の宇宙が広がっている。
「…………ねぇえ? 間違って入ったらどうなるの?」
青ざめながらパインが尋ねると青年は、さぁ、とだけ一言零した。
「危ないじゃない鍵くらい掛けときなさいよ!」
その文句に、青年は冷静に「このダンジョンには鉱物の類はなかった」と言ってのける。
「かんぬきくらい付けれるでしょ!」
その発想はなかったと、扉にノブすら作れなかった青年は身の前のパインをじっと眺める。
ちなみに扉はダンジョン内にあった少量の木々と動物の骨で作られている。
「な、なによ……」
急にじっと見られ顔を赤くしながらパインがマスカの隣まで逃げた。
「ま、三人いてよかったなと」
所詮一人で考えられることには限界がある。
怪我の功名とまでは言えないが、心の底から青年は思う。
その流れでパインと隣にいるマスカも見ることになったのだが、マスカと同様顔を真っ赤に染め、パインの後ろに隠れた。
「??? まぁ、いいか。こっちもついでに説明する」
そう青年はいうと、真ん中の扉も開いて説明した。
こちらの扉の先には平原と森が広がっている。
しかし、こちらも海と同様にまだ張りぼての段階。
「なんでそんなの作ったの?」
答えは単純だ。
「未来への先行投資」
分かっているのか、「ふ~ん」とだけ髪の先をいじりながら口ぶりを尖らせるパインを尻目に青年は最後の扉に手を掛けた。
実のところ二人にはこっちの方が喜ぶだろうと思っていた。
扉の先にあるのは少し大きめの部屋がある。
青年は扉を開けるとそのまま中に入っていった。
青年が入っていったことで、二人は慌てて扉から顔だけを出している。
「大丈夫なの?」
「ここはな」
二つの扉の先とは違い、ここはただの部屋だった。
石畳に石の壁、全てが石でしか作られていなかったが、紛れもない家がそこにある。
「まだ寝泊りくらいしか用途はないけどな」
そういい、部屋の中の先へと青年が進むと、二人も恐る恐る部屋へと入ってきた。
二人は天井から壁を眺め、次第にここで暮らしていくことが少しずつ実感できたのだろう。
徐々に警戒は解けていき、笑顔がこぼれ始める。
それに安堵しつつ、青年は二人を呼ぶ。
「こっち」
跳ねるように追いかけてきた二人に、次に目に飛び込んできたのは土で出来た庭だった。
小さいものではある。
しかし、それは立派な庭だ。
「さて、最初の仕事だ」
鍬が二本と、種子が入った袋。
「畑作るぞ」
二つの扉の意図よりも時間が掛からない、自給自足の生活基盤を作る。
これまで以上にパインとマスカの瞳が輝いた。
平穏の生活。
まだまだ、先は遠い。
それでも憧れの生活は目の前に広がってきている。
「よーし、畝は私が作る! マスカは種を蒔いて行って」
「……うん!」
ちなみに、生活品の一部をユキの商会から購入している。
金は一銭もなかったが、一つだけ売れた物がある。
それは、青年が着ていた患者着だ。
デザインはさておき、生地はいいモノだから値はつくと、ユキが買い取ってくれた。
正確な値は不明として、ひとまず仮値で値段を算出し、そこから農具をいくつかと種、代わりの服を一番安いものを購入。
もう売るものもなくなり、本当の一文無しになった。
スタート地点にもまだまだ立っていない。
「俺もやるか」
それでも、ダンジョンの生活は動き始めたのだった。




