第2話 魔王と生活
生活基盤を整えるといっても、何から手を付けるべきか悩むに悩んでいた。
理由は明白、世界の知識に、土地の把握と挙げたらきりがない。
その為に、青年は二人と協力体制を願い出た。
「ねぇ、魔王」
様を付けない当たり、パインは魔王という存在の認識を改めたのだろうか。
「魔王ねぇ」
呼ばれ方に対して思う事もあった青年だったが、ひとまず呼び名は置いておく。
「……何から始めたらいいんだろう」
マスカのいうのも尤もだ。
必要なのは住居、食料の確保、衣服。
「洞窟か……」
薄暗い以外では、最悪問題はない。
「服……」
衣服は現在身に着けているので、最悪間に合う。
しかしと青年は思う。
どう見たってこの格好は入院患者だ。
肌着も来ていなければ、下も履いていない。
座ったら丸見えは必須。
なにより、特に下がスース―して落ち着かない。
「……どうかしました?」
「あ、いや、なんでも」
気づかれていないのなら、この問題も後回しにするしかない。
一番の問題は、
「食料か……」
辺りを見渡しても壁や地面に苔が生えているくらい。
探せばキノコくらいありそうだが、わけのわからないキノコを食べる気にはなれない。
「外の状況は?」
そうなると洞窟の外へ出るしかない。
「出れないからわからない」
ところが、知らない可能性も考慮には入れていたが、出ることができないとはどういった事情があるのか疑問を抱く。
「何か不都合が?」
種族的に何かしら理由があるのかと思ったが、どうやら違うらしかった。
「魔物だらけなのよ」
「外が?」
「……入口もです」
も、ときた。
そのついで、この洞窟には入り口が存在している。
それはそうだろうと思うだろうが、現在いる洞窟の部屋の入り口には魔物らしき影はない。
という事は、この洞窟は中に道があり、いくつかの部屋が点在しているという事だ。
そのうえで、外にも洞窟の入り口にも魔物という生物が蔓延っているようだった。
そうなると、不思議に思うのが、この二人の少女はどうやって入ったのか、
「ここで生まれた?」
「そんなわけないでしょ! 頑張ったのよっ!」
なんとなく青年はその言い草に、アイディアよりも行き当たりばったり、なんだろうなと結論付けられてしまった。
しかし、馬鹿にはできない。
このままだと選択肢として、同じことをするほかなくなってしまうからだ。
しかし、簡単に選ぶこともできない。
口数が少なくなっている青年にパインもマスカも縋る思いを込めた視線を送る。
すぐには解決しない問題に、しばらくその状態が続く。
すると、
「っ⁉」
ふいにパインが、この部屋の入り口へ勢いよく振り返った。
「お困りですか?」
「「「――――ッッッ⁉」」」
三者三様の驚きを見せ、入り口に声からして女性が立っていた。
女性の「ふふ」と微笑む声が聞こえる。
「またあんた……」
どうやら、二人の顔見知りではあるようだ。
薄暗い所為で青年には影しか見えていない。
「何度もいうけど、何も買えないわよ」
「……お金ないです」
「…………販売?」
一人その女性の正体がわからず、困惑している青年を置いて話は進む。
「少し暗いですね」
そういうと女性は人差し指を立てた。
指先に小さな光が浮かぶ。
その光を払うように洞窟の天井の投げると、光の粒は光を保ったまま宙に浮かんでいる。
そうして、洞窟の部屋が照らされた。
一気に明るくなった部屋のおかげで、女性の姿がようやく視認できるようになった。
手を体の前で組み、物腰が低い雰囲気を醸し出している。
印象としてはそれに加えて、おしとやかといったところだろう。
ただしと、青年の中で決めつける――表面上はと。
「いくつか質問を?」
「はい、ぜひ」
待っていました、と言わんばかりに営業スマイル。
その解答で一つの答えを導き出す。
会話の流れから、この販売員と悪魔族の二人はすでに接触済み。
加えて、すでにお断りを伝えている。
それなのに再びここに現れた理由。
というよりも交渉相手は青年の方だ。
「どうして、俺がいると思ってここへ?」
この質問に対しての販売員の対応は予想に反して、少し驚いた様子。
「あ、そうですね。知らないのも当然でしたね」
どうやらそれには明確に理由があるらしい。
「貴方様……、いえ魔王様が復活される直前、このダンジョンから幾何学模様の魔法陣が天空へと浮かび上がりました。おそらくですが、世界中へと広まったと思われます」
青年は頭を抱える。
ものすごく目立っている。
「ん? ダンジョン?」
さらに、意外な事実を知った。
「あら、その辺の説明もまだなのでしょうか?」
そういった販売員は二人の少女を見る。
「「ダンジョン?」」
左右に並んで別々の方向に可愛らしく首を傾げた。
「し、知らなかったのですね?」
なにやら呆れた様子を見せる販売員に、どうやら外部の人の方が詳しい事実までお披露目である。
「ええと、以前もお話させていただいたのですが、ダンジョンの所有されている方に我々は訪問させていただいております」
呆れた理由も明確に話される。
二人は知らなかったのではない。
説明をされていたにもかかわらず、忘れていたのか、聞いていなかったのか、ここの認識が出来ていない。
おとぼけ二人組はすでに始まったことではないかと青年は、切り替える。
「一つ、我々の意味と通貨価値。一つ、ダンジョンと洞窟の違い。一つ、俺を魔王と認識する理由」
並べられた質問に販売員は何やら失態に気が付いたようで、姿勢を正した。
「大変失礼いたしました。名乗りが遅くなりました。私は【サンドリ―商会】から配属されております、ユキと申します。以後お見知りおきください。続いて、商会は主に経営のお手伝いを主に活動しております」
目的は微妙に違うなと青年は聞いている。
「通貨に関しては一般的なものと相違ありません」
青年の本当の意図とは違っていたが、基本的に世界共通らしい。
「洞窟とダンジョンの違いは一つだけ。ダンジョンコアの有無になります」
その意味は分からない。
「最後の質問は冗談と受け止めますが」
それには一言だけ。
「俺は魔王じゃない」
「……冗談、ではない……? その魔力量で……?」
今度は困ったようにユキは言葉を困惑させる。
その反応はある意味で正しいものだった。
なにせ、ユキと同じ反応をパインとマスカもしている。
「やっぱり魔力あるよね?」
「……うん、でも人族でも稀にいるらしいし」
「人族っ⁉」
ユキのその反応に人族とやらの印象が偏っていくのを感じながら、青年は聞き流す。
青年は自身の手を眺める。
魔力……、魔法……、魔術、知っている単語を頭に並べ、火でも出ないかと試みる。
試みても火はおろか光でさえ発現しなかった。
青年の切り替えは早い。
「ダンジョンコアってどこにある?」
初めてユキはすぐに返答してこなかった。
人族という種族に引っ掛かりがあるのかと思われたが、
「ダンジョンコアの所在ですか……」
どうやら違うようだ。
「見た?」
「……それらしいものは、なかったと思う」
分からないという単純な事。
そうなってくると、
「ダンジョンではない?」
「いえ、それはありえません」
それも違うらしい。
「弱ってはいますが、間違いなくここはダンジョンです。外の魔物が入り口付近までしか入ってきていません」
それが証明とでも言いたいのだろうが、伝わらない。
「詳細に頼む」
「本来ダンジョンは防衛本能から身を守る手段として魔物を生み出します。しかし、生命活動の終わりには魔物を生み出すことが出来なくなり、逆に外で生まれた魔物を取り込もうとする反応をします」
「それに気が付いている魔物は入ってこない」
筋は通る。
「洞窟の中にもっと強い魔物がいて本能的にそれを察知、って理由なら?」
「ありえなくはないですが、もっと単純にお二人が警戒していないので」
パインとマスカが顔を見合わせる。
「そうなの?」
「……どうなんだろう」
大丈夫かこの二人……。
「……………………私もっ、何も感じておりませんのでっ!」
心中察する。
「……探してみるか」
見つけたところで何か変わるとは思わなかったが、そう青年は口に出した。
「ダンジョンコアには意思があると言われています。探すという点において、実力を認めた者にしか姿を現さないという説もあります。そう簡単には――」
「ねぇ、後ろ」
そうパインが指さした先を全員の視線が注がれる。
いつからそこにあったのか、それはそこにいた。
廃れた洞窟には似つかわしくない台座の上で、小さく輝くクリスタルのようなモノがそこにある。
青年とパインとマスカは明確にそれが何かは分からない。
唯一、それを知っているのはユキだけだ。
「……ありましたね。ダンジョンコア……」
もはや探してすらいない。
「自己主張が強いんだな。ダンジョンコアって……」
「運がいいんじゃない」
「……うん?」
ユキは天を仰いで呟いた。
「返して、説明した時間……」
「それで、いかがなさるんでしょう?」
「いかが……なさる?」
もはや説明なしでは話が進まなくなった所為か、ユキはすらすらと説明を続けた。
「ダンジョンの所有権は、そのダンジョンに住んでいるか否か、もしくは、ダンジョンコアとの契約とされています」
青年はそれに疑問を抱きながらも大人しく聞いている。
「あー、だから私達のところへきたんだ」
「そうです」
パインが一つの謎を解いたことで納得している。
「…………聞いてもいい?」
マスカがおずおずと気になっている事を口にした。
「ええ、構いませんよ」
「……ずっとこのダンジョンを見ているの?」
一瞬、意図を考えたような素振りを見せたユキだったが、すぐに気が付いたらしい。
侮蔑を混ぜないようにするためだろうか、にっこりと微笑み首を横に振った。
「いえ、ダンジョンの監視はしていません。ですが、だいたいのダンジョンを【サンドリー商会】は把握しています。そのため定期的に変化がないかは確認するんです」
「じゃあ、私達が来てそれに気が付いたってこと?」
今度は縦に頷いた。
割って入る形になった為か青年はスッと手を挙げる。
「移住と契約での所有権の優劣は?」
「契約です」
「契約の方法は?」
「コアに魔力を注ぎます」
青年は少し考える。
その少ない時間で空気が変わったのをパインとマスカは感じ取る。
そして、二人は次の質問が本題だと気が付いた。
「ダンジョンを手に入れるのと、その持ち主に商品を売りつけるのはどちらが利益は出る?」
それは初めての警戒ともいえる。
だからといって、争いではない。
単純な交渉に近いだろう。安く買い、高く売る、商売では当然の流れ。
ユキはいたって冷静に答える。
「ダンジョンです」
またそれは、青年も同じ。
「理由は?」
「ダンジョンは人気があるのです。ですから、取り合いになりやすい」
「商会はあくまで商会か?」
「はい、争いが本分ではありませんので。ですが、売っていないこともありません。ダンジョンと契約できた者は売りに出した例もあります」
青年は再び沈黙する。
しかし、今度は色々整理しているのだろう。ぶつぶつと独り言を零している。
そんな姿にユキはただじっと待ち、パインとマスカは緊張で心臓がどくどく脈打っているのを、呼吸を整えじっとしていた。
やがて、
「最後」
「はい」
「目的は?」
青年の質問は端的なものが多い。
それを理解するユキはすぐに答えた。
「その方が、利益が出ると感じたからです」
しかし、置いてけぼりの状況になるのに耐えられなくなったパインが口を挟んだ。
「どういうこと?」
「……親切すぎるってこと?」
青年は二人を眺め頷く。
「どゆこと?」
それでも理解できなかったパインだった。
「では、言い方を変えます。商会には独占販売契約と通常の販売があります。通常販売はその名の通り、皆さんが知っている販売です。しかし独占販売は少し違います。お客様は我々【サンドリー商会】からしか買い物が出来なくなります」
パインは元々、途中まで理解していたマスカまでもが理解できなくなった。
青年も理解できない。
しかし、それは知っていた独占販売の意味が違っていたからだ。
それでいて、すぐに答えは出さない。
普通なら拒否一択なのだが、今までの流れでユキが損をする方法を提示するとは思えなかったからだ。
「メリットは?」
当然、それがある。
それ以上の付加価値がなければその販売方法は破綻しているからだ。
「経営のお手伝いをさせていただきます」
「商売するの?」
「……ダンジョンで?」
青年も二人と同じ意見だ。
なにより、商売をするつもりがなかった。
しかし、なんとなく違う気がする。
「ダンジョンと契約する種族は?」
だから少し違う質問をする。
「そうですね。だいたいはドラゴンか強い力を持つ種族の王でしょうか」
「用途は?」
ユキはふふと笑みを零す。
「住まいにされる方もいますし、暇つぶしにダンジョンを造られることに情熱を燃やす方もいますね」
なるほどと、青年は経営の意味を理解した。
「どちらかといえば運営だけどな」
ユキからすれば経営とも言えなくはないという事だ。
ただここまできて、一つだけ疑問が浮かぶ。
「独占契約は誰とでもするのか?」
「独占販売契約ですね。いえ、本来であれば提案ですら長いお付き合いと信用が成り立った時に提案します」
「ええっ、じゃあ、魔王はもう付き合いがあったってこと⁉」
マスカがパインの発言に目をかっ開いて驚く。
できれば、パインのあほさ加減に驚いていてほしいと青年は願い、青年はため息を吐いた。
「君たちが俺を召喚したんだろう」
じゃあ、なんでと悩み始めたパイン。
マスカが苦笑いで横にいる。
マスカの反応にアホは一人でよかった、と青年は安堵した。
「じゃあ、なんでよっ!」
そこまでマスカも理解できなかったのだろう、それにはパインに同意し何度も頷いて青年に答えを求めていた。
「商売敵がいるんだろ」
ユキはニッコリ微笑んだ。
つまり、どれだけ相互信用を積み重ねたとしても、それを横から奪われる。
だから、早めに可能性があるものに唾を付けておきたいということなのだろう。
「随分な賭けだと思うけどな」
「それは、私自身の勘を信じるしかありませんので」
色々と納得したところで、
「とりあえず、契約とやらをやってみるか」
おそらくそれには勝算がある。
なぜなら、どこに隠れていたのか、突然勝手に姿を現したくらいだ。
と、その前に、
「一つ私からも質問させていただいてもよろしいですか?」
「ん?」
ユキから青年へと質問は初めてだった。
聞きたいこともあるかと、青年は頷き了承する。
「魔王様はここで何をするのでしょうか?」
その質問に青年は二人の少女を見る。
勝手に召喚し、日常を奪った二人。
そんな二人を見ながら答えた。
「俺たちの居場所を作る」
その瞬間、二人の少女の顔が真っ赤に燃えた。
「承知しました」
ユキはそれで一応納得してくれた。
そうして改めて青年はダンジョンとの契約へと移る。
しかし、青年は知らなかった。
クリスタルの前に立ち、青年は一言だけ言った。
「魔力を注ぐ?」




