第1話 魔王と二人の少女
「魔王様っ⁉」
そう叫び二人の少女は膝を着き、頭を下げた。
続けて、
「私たちは悪魔族っ! 名を、私がパイン、こっちがマスカといいます。魔王様の心の臓から造られたという【魔玉】を使用し、復活の手助けをしました」
青年は何も言わないで辺りを見渡している。
無視しているわけでない。
純粋に事態の状況に努めようとしているだけだ。
「この度、魔王様を復活させたのには理由があります」
どうやら洞窟か洞穴にいるようだった。
明かりは少なくほの暗い。
次に見たのは身体だった。
傷やケガのような痛みもないようだ。
次には二人の少女を見る。
その前方に水晶のような割れた玉が転がっている。
どうやら、あれが【魔玉】というものらしい。
青年は何も言わず、事態を整理していった。
あの白い世界での声はどうやら魔王と呼ばれる存在。
そして、その魔王を復活させようと失敗したのが目の前の二人の少女。
「魔王様がお眠りになって数百年、悪魔族は迫害に合い、生きるのもままならない状況。それをどうか助けてください」
黙っていた方が次から次へと情報が聞き出せる。
つい先ほどに感じる魔王との会話から、世界征服の類かと疑っていた青年だったが、二人の少女の願いはそこまで深いものではないようだ。
パインと名乗った少女は言いたいことを言い終えたようで、青年の返答を待っているようだ。
しかし、いつになっても返ってこない返事に頭を下げたままちらりと青年を盗み見する。
パインは、想像していた魔王の姿とは違う事に疑問を抱き、隣にいるマスカにぽつりとこぼす。
「(あれが魔王……?)」
「(……み、見たことないもん)」
もう一人の少女は見ることも躊躇われたのか、今にも地面に額をこすりつけそうな距離で、目すら瞑っている。
「(どうして何も言わないの? もしかして、失礼があった?)」
「(わ、わからないよー)」
「(言葉がわからないわけじゃないよね? 最初に何か言っていたし……?)」
すると、何度目かによるため息が大きく響き渡った。
「顔を上げてくれ」
待っていたのは少女たちだけではない。
青年もまたこういった状況が初めてだったため、二人が顔を上げるのを待っていたのだ。
「はっ!」
「は、はいっ!」
緊張している面持ちの二人に青年は頭を抱えて再びため息を吐いた。
「順番に説明しようか」
状況的に一番理解していないはずの自身が説明しなければいけない億劫さと、理解不能な状況にやるせなくなる。
「説明ですか?」
協力を求めたのに対しての説明かとパインは少し不思議そうに眉をしかめる。
思い描いていたのは、たった一言「任せろ」ぐらいの圧倒的な言動だと思い込んでいたからだ。
そしてまた間が空く。
そんなこと知らない青年は目の前の二人の特徴を覚えるため、じっと観察していた。
「(金髪の子がパインで、緑髪の子がマスカ。覚え方は……、パイナップルとマスカットだな)」
続いて容姿も確認する。
見た目、十代の女の子。
しかし、悪魔族と名乗っていたことから実年齢は不明。
そこは知る必要もない。
パインは細身で女の子の方では身長がある方だろう。
返ってマスカの方は小柄だ。
状況説明をパインに委ねて一言も話していないことから、そういう性格なのだろう。
髪型もパインは後ろで一本に縛り、マスカは両サイドに二本に縛っている。
「(覚えやすくて助かる)」
実のところ、青年はあまり人の顔と名前を覚えるのは得意ではない。
それに、これから話す内容が相手にとって有益ではないとなると衝突の芽は少しでも減らしておきたい。
「まず、俺は魔王ではない」
「え?」
パインは声を出し、マスカは目を見開いた。
それだけで、ここまでの苦労は察することは出来る。
「状況的にも、その【魔玉】という玉は魔王復活の道具じゃない」
それは、この場に魔王がいない事、青年が現れたことで確実だといえた。
「しかしっ、これは人族の手によって造られた――」
「なんで人が魔王復活の道具を造るんだ?」
言っていて気づけよ、と青年は思う。
「…………確かに」
初めてマスカが声をだした。
考えなかったというよりも、縋る気持ちの方が先行したのだろうと勝手に青年は納得する。
それほど、二人の少女の恰好は奇麗とは言えなかったからだ。ぼろぼろの服に土や砂で汚れた顔。
生活とはかけ離れた、生きるだけの姿。
「……あの、ではあなたは……」
震える声で今までの希望に縋るようにマスカが尋ねてくる。
これまでの言動から青年が該当する存在は。
「人族」
マスカの瞳に恐怖が、パインの瞳に憎しみが広がる。
「一応聞くけど、俺を戻す方法は?」
訊くだけ無駄だと思いながら青年は尋ねた。
「ふ、ふざけるなっ⁉」
憎しみと悲しみがぶつけられる。
今にも泣きそうな対照的な二人の姿が青年の目に映る。
同情などできるはずもない。
会ったばかり。
挙句、青年からすればこの理解不能の事態を招いた張本人たちが、目の前にいるだけなのだから。
しかし、青年は意外にも冷たいことは言わなかった。
ただ事態の状況把握とこれから何をするべきかに思考を進めていた。
「とりあえず、衣食住を早急に形作らないといけないな」
「何言って――」
「状況改善」
怒りと悲しみに靄がかかる。
「すぐに帰れないのは理解した。君たちと人族に何があったのかは知らない。それに対して、俺が君たちに危害を加える気もない。ひとまず、分類で括るのはやめろ。目が曇る。それに俺はその考え方好きじゃない。俺は俺、君たちは君たち。ただそれだけだ」
何を言っているのかパインのマスカも理解できない。
「はっきり言うよ」
青年なりに優しい言い方をしたつもりだ。
「俺はこの世界の事を知らない。起きたことも受け入れる。それを踏まえて、今現在ここで生きる術があまりにも乏しい。だから協力してくれ」
素直で正直に無力であると伝えた。
今にも跳びかかってきそうな勢いで牙を剥きパインは立ち上がろうとした。
それを止めたのは以外にもおどおどしていたマスカだった。
パインの腕を掴み、震える手と声でそれでも伝えようとしている。
「……私は、人族の事が怖いです。だから、あなたも怖い」
青年は黙ってマスカの声を聴く。
「でも、もう何もできない。今まで頑張って生きてきた。二人で……。最後の希望がもしあなたにあるのなら、どうか私たちを助けてください」
素直に、正直に返された気持ち。
一番驚いていたのはパインだった。
ここまで一緒に歩んできた家族同然の存在はいつも怯え、後ろをついてくるだけ。
それでもお互いに信じ助け合ってきた。それでいて、気持ちの吐露は一度だって聞いたことがなかった。
今は怒りを優先するべきではないと、パインもまた気持ちを吐き出す。
「私は人族が嫌い。私たちをゴミのように扱ってきた連中が嫌い。何もできない自分が嫌い。こんな世の中、大っ嫌い! でも……、普通に笑って生きてみたい」
拳に力を込める。
「二人じゃなにも変えられなかった! だから――」
青年はその続きを受け持った。
「文殊の知恵がそろったな」
三人の視線が交差する。
「ここからは三人だ」




