第25話 魔王と拳闘家
「やられたっすねー」
両腕を頭の後ろで組みながら、ミルはトコトコと洞窟の部屋の中を散策する。
特に罠があるわけでもなく、空虚な部屋の中で円を描く。
すでに【幻惑】はないようだ。
ガレットと違って幻を打ち消す魔法は持ち合わせていない。
だからと言って対抗手段がないわけでもない為か慌てたりもしない。
探索者としてはまだルーキーの類でも、実力は王国に仕えていた事もあり一流の部類。
これまでも危機は何度もあった。
だからこそ冷静に次になりをするべきか考える。
相手の動向を窺い、対応する方が楽だと考えながら、仲間との合流はガレットと同様二の次だ。
「さて、どうなるか」
そう呟いたところでミルの耳に駆け足の音が聞こえてくる。
聞き覚えのある足音にその時を待つ。
一人になり、洞窟内を警戒もなく走っていたのだろう。
その存在の足音は入り口に近づくにつれ、静かなものになる。
一応、最低限出入口は警戒するようだ。
そうして、現れた正体は青年だった。
「ミルか……?」
「あまり走るのは感心しないっすねー」
「あ、ああ」
のんきに評価されたことで青年は戸惑い、近づいてくる。
「他の皆は?」
「さぁ、皆油断だらけだったっすからねー。幻に騙されてちりぢりっす」
「俺は突然いなくなった皆を探し回ってようやくミルを見つけた」
しかし、
「そっすかー。いなくなった時、どうだったすか?」
青年は少し考える。
きっと、その質問は心情的な内面を尋ねてきたわけではない。
状況の質問だ。
そう思い、青年は答える。
「幻惑で突然、目の前から消えた。一人になって、なんでこうなってるのかわからないが、何もなかったと言った手前引き返すわけにもいかないし、何かをするにも俺にはどうしていいかわからなかったから、皆を探すしかなかった」
ミルはその答えが青年から発せられたことに、表情を曇らせた。
頭の後ろで組んでいた腕を解き、青年に向き直る。
「やっぱりっすかー」
首を左右に振り、まるで準備運動でもするよう。
「何が?」
「目的はなんすか?」
「目的?」
「もう、演技はいいっすよ。君は敵っすよね」
どこまで誤魔化すべきか青年は表情も変えずミルの瞳をじっと見る。
そして、観念したように息を吐いた。
「どうしてそう思うんだ?」
一応最後まで、明確に正体を現せない。
最後にカマを掛けていないかも入念に尋ねる。
「元々は勘だったっすよ。でも、違和感に気が付いてから君を観察してたっす」
青年もそれには気が付いていた。
「まずはっすね。このダンジョンに入ったときっす。君、松明にすぐ反応できなかったすよね?」
「松明?」
それはガレットが洞窟に入る前のやり取りだ。
「私達より先に、君はこの洞窟に入った。でも私たちが入るとき、中は暗闇だったっす。なのに、頭の回転が速い君はガレットが差し出した松明の意味を理解できなかった。最初の違和感はそこっすね」
青年は失念していた事に頭を掻いた。
青年からすれば、このダンジョンの中はいつも明かりに照らされていた。
その為に今回暗闇という隙を作る為に明かりを消した。
加えて、青年は明かりの有無を問わずダンジョン内を把握できる。
照明の有無の誤魔化しは常に念頭に置いていたが、ダンジョンに何もなかったという嘘の証言に綻びが生まれている事に気が付いていなかった。
ダンジョンだと知らずとも洞窟に入ってまず必要なのは、足元を照らす光。
無謀などは置いたとしても、必ず手にしていなければならない。
それなのに、ガレットの差し出した松明の意図をくみ取れなかった。
「でも、確信を得たのは今っすよ」
「いま⁉」
それに初めて青年は声を荒げてしまった。
「たぶん、それは知識不足っすね。君、幻惑で皆が消えたって言ったっすよね」
「ああ」
「どうして幻惑に掛った人間が一人で行動して私達より早くここに現れるっすか? 解除もできないのに?」
「…………?」
「ね、知識不足っす。幻惑に掛らなかったって言えば、まだ半信半疑だったっんすよね。だって、魔力がない君が……、それだけじゃないっすね、戦闘ができないって言った君が幻惑を解除する術を持たない君が、どうして、幻が現れた事を知り、それを打ち払うことができたっすか?」
そこまで言われれば青年は、観念するほかない。
「そうか、そうなんだな」
これはカマを掛けているわけではない。
本人が言う通り、確信をもう得てしまっている。
だとしたら、
「待ってほしいっす。滅多にない機会なんで、最後まで聞いてほしいっす」
「???」
これには青年は困惑する。
「最後の種明かしをぜひ聞いてほしいっす」
「どういう……」
「いや~、こういう役目って、普段ガレットかラブがやるんすよー。だから、説明したいっす!」
青年は呆れながら、手を差し出し、「どうぞ」と促した。
「ふっふっふ! 最初の違和感を覚えてるっすか?」
それはミルが口に出しているから理解している。
「二択の話」
「そうっす! 君が、洞窟から帰ってきて私たちに会った。そして行動を共にすることになった。でも、おかしいっすよね。村に帰るにしろ、また引き返す理由はない」
そう、実際のところ、ラブとガレットが勘違いしていたが、青年が村に帰る為には街まで行き、安全な航路を選べばいい。
街には帰れるのだから。
「あの時は、帰り道の安全っていう名目があった」
「でも、君は疑われた身で、そこまで私たちに親切にする理由はない」
「だが、ミルが言った二つの理由が加えられたら、違和感どころか」
「敵で確定っす」
「お見事」
青年は全てを認めた。
「で?」
「その前に俺から質問」
「なんすか?」
「どうして、敵と認めた俺にそういう態度なんだ?」
「簡単っすよ。敵なのに敵意を感じないからっす」
「勘か?」
「どちらかといえば経験っすね」
「そうか」
「次はこっちの番?」
「ああ」
「君はどうして、私の前に現れたっすか?」
そういったミルは初めて拳を握る。
見くびられているという彼女のプライドによる敵意が発せられた。
しかし、青年にその意図はない。
あるのはただ一つ。
「ミルの勘に賭けた」
「ん? どういう――」
ミルの種明かしに青年は驚いてなどいなかったということだった。
次話翌9時up予定




