第10話 魔王と小人
その光景を見て絶句したのは、ゼン以外の三人だった。
成長途中のダンジョンの最奥。
始まりの間とでも名付けるべきだろうか、ダンジョンコアとの契約に用い、新たな魔王である青年が召喚された部屋。
仰々しくいっても、それは洞窟のソレでしかなかった。
しかし、青年、パイン、マスカが見たその光景は、きれいな『部屋』になっていた。
土だった床は正方形の石畳になり、土壁も頑丈そうな石が敷き詰められている。
三つの扉に目を向けても、変化はなさそうだ。
「一体、どうして?」
何が起きているのか、戸惑う三人をよそにゼンはマチェーテを構え、隅々まで辺りを探っていく。
しかし、ダンジョンといえ、まだ物もほとんど置かれていない部屋。
侵入者がいるにしても、あまりに見渡しがよすぎる。
そしてパインが気付いた。
「ダンジョンコアがないっ⁉」
それにはゼンが二つに意味で驚いた。
一つは、当然コアがない事。
もう一つが、心臓部であるコアがこんな明け透けの部屋に置かれている事だった。
パインがマスカを引き連れコアを探し始めるが、隠す場所もない部屋で探すというのに無理がある。
なにより、契約を行った青年が一番理解している。
コアが突然なくなったりはしない。契約という繋がりを持った以上、その存在ははっきりと感じている。
それに、あのコア、自己主張が強いのか自ら突然現れるようなコアだ。
移動ぐらい勝手にするだろう。
おそらく繋がりを持っていなかったとしても、青年は同じ答えに辿り着く。
そうしている間にも、パインとマスカが住居と言える部屋の扉を開けた。
「うわー」
「……奇麗」
感嘆の声が二人から漏れるのをきっかけに青年、ゼンが扉の奥に入っていった二人を追いかける。
追いかけた先に、
「これはすごいな」
青年がイメージで作り上げた庭付きの家が、整備され、畑があった庭が、庭園になっている。
さらにその奥に、小さな空洞があり、コアはそこに鎮座していた。
ただ、いいことだらけの事象が起きたとしても、辿り着く謎は疑問として残る。
「コアがやったのか?」
しかし、契約からこれまでダンジョンの内部変化は青年の意志とイメージで造られてきた。
それが今になってコアが親切に自動補正したとは考えられない。
ただでさえ考えることが多い中、良い事が起きる謎の方が難解で頭を悩ませる。
そんな折、
「……、あ、かかか肩、かたっああ⁉」
マスカが妙な奇声を上げた。
遅れて、マスカも何かを見た。
「まままま、魔王っ!、かたかた肩っ!」
ゼンは何が起きているのかわからず、とりあえず二人の声に反応して青年の肩を注視しながらマチェーテを構える。
青年は虫でも止まっているのかと首をひねり自身の肩を見た。
いつも冷静な青年の目も、この時ばかりは見開いた。
気持ちが悪く見慣れない昆虫がいても、手で振り払うくらいのつもりで確認したのだ。
しかし、そこにいたのは、小人だった。
「――っ⁉⁉⁉」
青年と小人の目が合う。
その小人は手に小さな金づちと、背中にこれまた小さなノコギリを背負い、金づちを持った手をあいさつ代わりに上げた。
「―――――――」
何かを話しているようだが、聞き取れない上に言語が違うと青年は困った様子で三人に助けを求める。
払ってくれという意味ではなく、この状況の説明を求めたのだが、誰も理解している者がいない。
ゼンに至っては、見えてすらいない様子だった。
青年以上に慌てふためく三人の様子にすぐに冷静さを装い青年は、肩に小人を乗せたままコアに近いた。
すると、
『ちりりりりりりんんんんんんんッッッッッ』
と、ベルが大きく振られダンジョン内に鳴り響いたのだった。
ユキの表情は微笑みながら、物語っていた。
「今回はどのようなご用件で?」
隠しているつもりだろうが、怒っている。
ベルを大きく鳴らした事であれば、ベルの音は商人の脳に直接鳴り響かせ、不協和音を叩き込んでしまったか。
もしくは、金銭がなく日が経っていないことから、金を落とさないと分かっているからか、もしくはすでに仕事を終え、休んでいたからのかはわからない。
それでも、呼び出したのだから尋ねるほかない。
「すまん、コレがなんなのか教えてほしい」
魔王は自身の右肩を指さした。
ユキの目だけが動く。
さすがプロというべきだろう。
不機嫌な気配だけが漏れているが、態度にも表情にも幾分も見せず、言われたまま確認する。
次第に青年の肩から広がり、最後には目を合わせてきた。
瞳は語る。
「ん? 何を? ……見ろと?」と言わんばかりの訝しんだ表情。
だが、そこで終わらない。
ユキは相手の意図を察することに長けている。
魔王がむやみやたらイタズラ心で呼び出したりはしない事は理解している。
だとすると、何かしら理由があるはずだ。
魔王が指さした先に答えはない。
そうすると、ユキは辺りを観察する。
顔見知りの少女二人は魔王と同様ユキの返答を待っている。
そして、新しい住人らしき存在。
おそらくゴブリンの変異種だろうか。
体躯からみて鬼にも見える存在は、ただ待っている。
答えを探している様子がないところ、何も分かっていないのだろう。
そうなると、一番の変化である周囲を見渡した。
魔王がコアと契約したまでは見届けた後と現状との変化。
洞窟は部屋とへと変貌を遂げている。
ダンジョンとの契約後、魔王がそう作り替えたと考えていた。
しかし、細部まできれいに整えられた造形に疑問が浮かぶ。
ここまでち密に作り替えられるだろうか。
そこまで思考し、魔王の最初の行動を思い出す。
見えないだけのそこにいる存在。
そこで、ユキは一つ心当たりがあった。
「ブラウニーですか……」
青年の脳裏でチョコのお菓子が浮かぶ。
「食べ物か?」
きょとんとしたユキの表情に、青年は絶対に違う事だけは瞬時に悟る。
「ふふふっ、違いますよ」
顔に熱を持つ前に青年は視線を横にずらし、パインとマスカに尋ねる。
「知っているか?」
「知らない、マスカは?」
「……わからない」
二人とも首を横に振った。
「そうですね、我々から言えば、ダンジョンの価値が上がったということを喜ぶところでしょうか」
まるで問題を出してくるようだが、さすがの青年も理解できない。
「さすがに意地悪が過ぎますね」
ちょっと仕返しだったのだろうか。
青年はその言動に腹を立てることもない。
突然の呼び出しで、さらには利益ももたらさないと分かっていてもユキは対応してくれている。
感謝すらすることあれ、無礼ともいえない仕返しだ。
「一言で言えば、精霊の一種です」
そういうとユキは改めて説明してくれた。
「気に入った土地にいつの間にか住み着き、お手伝いをしてくれる精霊。行動は主に夜間、姿を確認されている方もそう多くはない、情報としてはそれくらいですね」
疑問が浮かぶ。
「姿を確認できない?」
魔王はゼン、そしてユキには見えていないことが不思議でしょうがない。
なぜなら、現在進行形で青年の掌に移動しているのだから。
「きっと隠れているのでしょう。そういう意味ではダンジョンコアと似ているかもしれませんね」
害ある者から姿を隠すということだろうか。
しかし、ゼンにしろ、ユキにしろ、害がある者とは言えない。
「習慣のようなものか」
「そうですね。実際に見えなくともその存在は認知されていますし、ブラウニーがいること事態幸運とされていますよ。なにせ家を良くしてくれているのですから」
「ダンジョンにはうってつけだな。あーなるほど、それで価値が上がるか」
そこまで理解するとユキは微笑んだ。
「害がないなら別にいい」
掌で見上げていたブラウニーをパインとマスカの方へ渡そうと腕伸ばす。
すると、掌から飛び降りたブラウニーはトコトコとどこかへ行ってしまった。
「いっちゃった」
パインとマスカ、見える三人だけがその姿を視線で追いかける。
「住処へ戻ったのでしょう。ブラウニーは単独で行動するわけではないはずですし、仲間もきっといらっしゃいますよ」
「複数いるなら、取り合いだな」
「だからこそ見える者は少ないのでしょう」
再び魔王である青年は納得する。
そして、
「あー悪いな。こんなことで呼び出して」
これで用事は済んだと申し訳ないと謝罪をする魔王である青年だったが、
「いえ、お気になさらず。それにダンジョンに関わる事でしたので良かったといえるでしょう。それにブラウニーは家のお手伝いという意味では我々と変わりません。我々は金銭がかかりますけどね」
最後に商売人の笑みを零す。
青年はそれに苦笑いするほかない。
「できるだけ努力はするよ」
それでいて、礼は利益を齎すだけのダンジョン形成。
「お待ちしております」
最後に深々とユキは頭を下げると帰っていった。
「色々大変だな」
そうして、怒涛に過ぎ去る一日がようやく終わりを告げる。
その数日後。
ランが帰還する事で、事態は急変することになった。




