第9話 魔王と侵入者?
日が落ちた森の中、月明かりでも届けば幻想的に見えなくもない風景。
かえって、静まり返ってしまえば不気味と恐怖に満ちる。
感受とは受け手次第だ。
だからこそ、青年は想う。
「騒がしいな」
パチパチと枯れ木が燃える中で、虫がなんだと飯がうまいだなんだと、明るい声が響き渡っている。
「まま、魔王っ、これうまっ、おいしっ、美味っ!」
美味しい表現をいくつも連ね、肉を刺した棒を青年の頬に近づけてくる。青年は座ったまま体を斜めに避け、どうなっているんだと不満そうに相棒の方を見た。
その幸せそうな姿に微笑みを浮かべ、自身も満更でもなさそうに肉を頬張り、青年の視線に気が付いたときには苦笑いで返す。
「……喜びの表現……だと思う」
「もはやどこぞの民族。喜びの舞だろ、あれは」
青年は呆れた様に愚痴を零すが、その呆れ顔にもどこか優しさが混じる。
「明るい食事というのも初めての経験だ」
体躯からひと際大きな肉を食いちぎる姿を見せるゼンもまた、どこか穏やかな雰囲気で感想を述べた。
「まだまだ、ある」
この場の全員が一番驚いたのは、ブンの調理だ。採取の場でも、狩りの時でものほほんとゆったりとした口調と動きで緩やかだった。
しかし、調理が始まったとたんから、ブンは俊敏な動きで、もはや残像でも見えているのではと錯覚すら起こす。
火をおこし、肉を捌く。
下拵えもなんのその。
なんなら、保存食も同時に処理し、食材が次から次へと料理に変わっていく。
感嘆の声が漏れ出すのも納得がいった。
そうして怒涛の時間が過ぎていく中で、この時間が続けばいい。
青年は、一人立ち上がるとダンジョンの方へと向かっていく。
「あれ、魔王?」
騒がしすぎたかとパインは少しテンションを落とし、青年の後を追うように動き出す。
それに続いてマスカ、ゼンも立ち上がる。
「続けていい。状況整理を少しするだけだ」
考えてもみれば、こんな状況になってからまだ一日目だ。
頭の整理が追い付いていない。
だから、少し、起きたことをゆっくりと整理したかった。
パインにせよ、マスカもゼンも青年の行動をよく見ている。
水を差したことに、自身の行動も考えなくてはいけないと反省しつつ、ひらひらと手を振る。
まだ始まったばかり、まだまだ続くのであれば考えることは考えていた方がいい。
そう一日の終わりを感じた。
所だったのだが、
「――⁉」
ダンジョンに足を一歩踏み入れた途端、妙な気配に青年は口に出さなければいけなくなった。
「何かいる……」
その瞬間、穏やかだった雰囲気は一気に、緊張が走る。
長い一日はまだ、終わりを告げない。
パインとマスカは隣に並び、ゼンが一気に青年との距離を詰める。
「魔獣、それとも……?」
気配察知はゼンの方が上だろう。
しかし、ある程度の距離、相手の力量などに影響されるゼンとは違い、ダンジョンの内部となれば話は別だ。
「分からない。視認もできない」
ダンジョンの説明はゼンにはまだしてはいない。
それでもゼンは納得し、前衛へ出る。
「ブン?」
ふとゼンは気が付いた。
この緊迫した状況を迎えた今、たった一人だけが、同じ状態を維持していることに。
「殺気……ない」
ブンは残っている食材を保存食に変えながら、向き直ることなく作業を続ける。
言いたいことは分かる。悪意を持ってダンジョンに侵入したのならば、それらしい何かをして来るはずだ。
しかし、それがない。
「短絡的にはなれない……が、勘か?」
ブンは頷いた。
ゼンは困ったようにダンジョンの天を仰いだ。
行動を共にして以来このブンの勘に幾度となく助けられてきた。
無下にはしたくないという気持ちが生まれる。
ただ、それを魔王である青年に納得できるだけの理由は持ち合わせていなかった。
両者の気持ちを考え納得する形を選びたい。
そんな葛藤に時は流れる。
その間、青年は何も言わない。
「気にしなくていい。やるべきことをするべき」
ブンはそんなゼンの気持ちを掬い取り、自身の気持ちは捨てていいと言う。
その瞬間だった、ゼンは青年に向き直り言い放った。
「おそらくだが――」
だが言い終わるや否や、
「大丈夫らしいが、二人は付いてくるか? 俺は確認しに行かなくちゃいけないけど」
「もちろん、行くに決まってるでしょ! 何か気になるし……」
「……私達の家だもんね」
どうしてそうなるのかゼンは混乱する。
「ちょちょ、待ってくれ! 信用するのか?」
自身でもおかしなことを言っているとは分かっている。
だが、聞かずにはいられなかった。
「我々はまだ、信用に足る事をしていない。事を成してからならまだわかる。しかし、今回、いや現状で起きたことへの対処としては、信用どころか……ただの勘を信じろと言っているのだぞ」
一つ間違えば立場が危うくなる。
そう分かっていても納得が出来なかった。
その答えを出したのは、悪魔族の少女達だった。
「だって、今更でしょ。ブンがいないと食べることに困る」
「……ゼン、さん……がいないと狩りもできない」
それは利用価値の話かとゼンは思う。
しかし、それであれば、それこそバナに頼った方が幾分かマシではないかと。
ゼンは青年を見た。
「理由が必要か?」
ゼンは頷くしかない。
「信用を得るのは難しい。ただ、得た信用も一つ間違えば失ってしまう。信用なんて言葉は、それほど脆い。時間を掛ければそれが強固になる? 否、時間は関係ない。二人は共にした経験と、それこそ勘を信じた。ゼンとブン、その二人と共にしてきたラン、その三人となら普通の生活を共にできるってさ」
「……そんな、曖昧な……」
言葉を失う。
しかし、結局のところ、そんな曖昧な言葉だけの信用では証明することなど不可能とも悟る。
それこそ、生涯を共に生き証明していくしかない。
ゼンは膝を付き、再び――否。
新たなる心持ちによって、宣言する。
いつの間にか、ブンも同じ態勢をとっていた。
「わが身、そして仲間であるブン、そしてランの三位。生涯を持って、あなた方魔王の軍門に下る決意をし、生涯を持ってその証明をさせていただきたい」
言葉と覚悟の違う宣言。
青年は、一歩前に出る。
青年からすれば、少女二人の願いがこの地へ降り立ち、留まらせる理由。
しかし、それだけでは足りなくなってくる。
【魔王】。
その存在がどうであれ、その存在を背負うならば、ゼン達のように覚悟がいる。
青年もまた宣言しようとしたその時だった。
「やっぱりへんだ」
「……えっ、こんな時に?」
空気を読まないパインにおろおろと静止を掛けようとマスカが慌てた。
「違うっ。ゼン、ブン、あと、ここにはいないけどランも! まだ私もマスカも、まだ役立たずだけど、頑張るから私達と一緒にいてくれる?」
「あ。……そうだ、そうだね。お、お願いしますっ!」
マスカは勢いよく頭を下げる。
何時から立場を上のように行動していたのだろうか。
行動への命令は間違いなく必要だった。
それに関しては相手を見下してのものではないし、間違いでもない。
これからも同じようにしていくだろう。
しかし、これはこれ、パインの行動は決して間違っていない。
なにせ、まだこのダンジョンはスタート地点にすら立っていない。
その目的へと歩み始めた途中、そのためにこの三人は必要だ。
青年は、パインとマスカの横に並ぶ。
「な、何を⁉」
「それは……」
ゼンは当然慌てて止めようとし、初めてブンの慌てる姿も見られた。
それでも青年はやめない。
「力を貸してくれ」
ぶっきらぼうでも、精神誠意心を込め、頭を下げ、手を差し出した。
「あ、頭を上げてくれっ、そんなつもり我々は――」
次には、青年は頭を上げている。
ただ伸ばされた手はそのままに、視線をゼンに向けその瞳は力強く語っている。
それが青年――魔王としての覚悟。
全てを語らない。
それでいて、ゼンにはしっかりと届いた。
がしっ、と交わされた両の手。
険しい道のりに新たな住人が加わる。
そんな新たな門出。
それを、
「ねぇ、そろそろナニかの正体確認した方がいいんじゃない?」
「……ぱ、パインちゃん……⁉」
打ち破ったのはパインだった。
「はは、そうだな」
「違いない、進もう」
「よろしく」
そうして、ダンジョンに潜り込んだ正体を突き止めに進み始めた。




