第82話 男子会
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その日の夜。
都内某所の居酒屋。
仕事終わりの男三人が、個室のテーブルを囲んでいた。
「うわーーっ! また負けたー!」
「声でかい」
「いいじゃん! 男子会だぞ、男子会!騒いでなんぼ。」
スマホを持ち上げながら上機嫌な相澤に、晃が呆れたように言う。
どうやら、飲み会にて
昼休みのラスクロ武闘大会の続きをしているようだ。
「負けたテンションじゃないな。」
国崎がグラスを片手に苦笑する。
「よし、負けた記念にここで乾杯!」
「なんでそうなる。」
「せめて仕事お疲れ様とかにして。」
「分かった分かった。 コンビニ案件お疲れ様でーす!」
三人で軽く乾杯を交わす。
カチンと響くグラスの音。
ごくりと喉を通り過ぎるビールの炭酸が、仕事の疲れを一気に流しこんでくれる。
「ぷはぁあああ!」
「CM出れそう。」
相澤の飲みっぷりを初めて目の当たりにした晃がつぶやく。
「だろ?くににもよく言われる。」
「コイツ、毎回一口目みたいな反応するんだもん。」
国崎がケラケラと笑った。
そんな2人を晃はマジマジと見つめた。
「まさか、短期間の職場で飲みに行くほどの友達ができるとは思わなかったな。」
晃の視線に気付いた相澤が、真顔で晃を見つめ返す。
「俺も、クール気取りイケメンマッシュ君とこんな仲になると思ってなかったよ。」
「言い方。」
晃がため息をつかと同時に、国崎と相澤が笑う。
そして。
相澤がテーブルに並べられた料理をつまみながら、身を乗り出す。
「……で?あっくんはどんな感じなん。」
「何が」
相澤はテーブルに肘をつき、ニヤニヤと晃を見つめる。
「あっくんと乃村先輩、仲良いなーって思って。」
「……は?」
唐突な話題に晃の箸が止まった。
相澤は恋バナがしたいらしい。
「ほら、今回の案件でもさ、二人ともなんか息ぴったりだし。仕事中も自然に会話してるし」
「仕事なんだから当たり前でしょ」
「いやぁー、どうかな?仕事だけじゃなくて、プライベートでも仲良いじゃん?」
「何が言いたい」
明らかに何かを企んでいる顔だった。
「それって、どういう関係なの?」
「どういうって……」
晃は面倒くさそうに眉を寄せた。
そして、手元のグラスを持ち上げる。
「別に、ただの友達だよ」
あまりにもあっさりした答えだった。
相澤は一瞬、目を丸くした。
「えー? 本当に?」
「本当に」
国崎ものっかる。
「のん先輩のこと、好きとかないの?」
「ない」
即答。
迷いも、ためらいもなかった。
……少なくとも、二人にはそう聞こえた。
「ふーん……」
相澤は意味ありげに国崎へ視線を送る。
国崎もまた、何かを考えるようにグラスの中身を見つめていた。
「……そっか」
ぽつりと呟いた国崎に、晃が視線を向ける。
「何?」
「いや」
国崎は顔を上げた。
いつもの人懐っこい笑顔とは、少し違う。
どこか緊張したような、けれど、腹を決めたような表情だった。
「俺、明日、のん先輩に告白するわ。」
「…………は?」
晃がグラスを片手に固まった。
隣では、相澤が勢いよく立ち上がりかける。
「えええええ!? ちょっと待って!?」
「声でかいって」
「いやいやいや! だって、くに! いつ決めたのそれ!」
「たった今。」
国崎は照れくさそうに頬を掻いた。
「この前、相澤に相談してから、色々考えたんだけどさ。……やっぱり、自分の気持ちはちゃんと伝えたいなって」
相澤は一瞬だけ騒ぐのをやめた。
そして、にっと笑う。
「……そっか」
「はい」
「よし! 俺は賛成!」
「ありがとうございます」
「当たって砕けろだ!」
「なんで砕ける前提なの。」
「いや、だって告白ってそういうもんだろ!?」
「そういうもんじゃないでしょ……」
「ちなみに俺はこの前の合コンでフラれた!」
「失敗してんのかい。」
国崎は苦笑した。
けれど、その表情はどこか晴れやかだった。
ずっと胸の奥にしまい込んでいた恋心。
やっと気づけた自分の本当の気持ちから、もう逃げたくなかった。
「……それで」
国崎は、向かいに座る晃を見た。
「あっくんにも、聞いておきたかったんだ。」
「俺に?」
少しだけ間を置き、晃にまっすぐ向き合い口を開く。
「俺がのん先輩に告白しても、いい?」
晃は眉をひそめた。
「……何でわざわざ俺に聞くの。」
「それは……」
国崎は言葉を探すように視線を落とした。
実莉が、誰を想っているのか。
それを、国崎は知っていた。
いや、少なくとも、そう思っていた。
何気ない会話の中で見せる表情。
晃に向ける、他の人とは少し違う視線。
本人は隠しているつもりなのかもしれない。
けれど、
好きと自覚する前からずっと実莉を見てきた国崎には、何となく分かってしまった。
実莉が晃に向ける感情は、ただの友達に対するものとは少し違う。
だからこそ。
本人の口から、ちゃんと聞いておきたかった。
「……あっくんと、のん先輩って仲いいじゃん」
「まぁ、それはそう。」
「だから……」
国崎は一度、息を吸った。
「あっくんが、のん先輩のことをどう思ってるのか。知っておきたかったんだ。」
晃は黙った。
「もし、あっくんものん先輩のことが好きなら…俺、ちょっと考え直そうと思って。」
「…………」
「でも、そうじゃないなら。俺は俺の気持ちを、ちゃんと伝えたい」
国崎はまっすぐ晃を見つめた。
「……だから、聞いたの?」
晃の質問に、国崎は静かにコクリと頷いた。
本当は、少し怖かった。
もし晃が実莉を好きだと言ったら。
自分はどうするのが正解なのだろう。
引き下がるのか? よくわからない。
それでも、晃の気持ちを知らないまま告白して、
せっかくできた友達を失うのは嫌だった。
後腐れなく、自分の気持ちに決着をつけたかった。
(自己満足だな。)
国崎は心の中で呟き、俯いた。
晃はそんな国崎を暫く見つめていた。
やがて小さく息を吐いた。
「……いいんじゃない?」
「え?」
国崎が目を瞬かせる。
「告白するのは、くにの自由でしょ?」
「……それは、そうなんだけど」
「実莉さんさ、すごく信頼してるよ。くにのこと」
晃は淡々と続けた。
「仕事でも、よく頼りにしてるって側から見てて感じる。 ちゃんと見てると思うよ」
「…………」
「だから、いいんじゃない? 応援するよ。」
そう言って、グラスを口に当て持ち上げる。
思いのほか、あっさりした返答だった。
国崎は、拍子抜けしたように瞬きを繰り返す。
もっと、何か言われると思っていた。
驚かれるとか。 止められるとか。
少しくらい、複雑な顔をされるとか。
彼のことだから、今の言葉にはきっと嘘偽りなどない。
「……ありがとう。」
国崎は、ほっとしたように笑った。
その様子を見ていた相澤が、突然、国崎の肩をバシバシと叩いた。
「よかったな、くに! 乃村先輩の親友が公認してくれたぞ!」
「いっ、痛い。」
「よっしゃ! そうと決まれば明日決行だなー! 今日は前夜祭だ、前夜祭!」
「おおごとにすんな」
どんちゃん騒ぎな相澤に、国崎が呆れたようにつっこむ。
「いいじゃん! こういうのは勢いが大事なんだよ!」
「……ははっ」
国崎はとうとう堪えきれず、声を上げて笑った。
「まあ、そうだな。明日、頑張るよ。」
「そのいきだ!」
相澤はニヒッと笑った後、再びグラスを掲げる。
国崎もそれに続いた。
晃も、少し遅れてグラスを持ち上げる。
三人のグラスが、軽い音を立ててぶつかった。
その後も、男子会はしばらく続いた。
「んじゃ、さっきの続きやりますかぁ!」
相澤がスマホを横に構える。
「またラスクロ?」
呆れながらもゲーム画面を起動する晃。
「今度はあっくんとくにが勝負な。」
「っしゃ、今度は勝つ。」
2人に続いてログインする国崎。
いつも通りの、他愛もない時間。
やがて店を出る頃には、すっかり夜も更けていた。
「じゃあなー! くに、明日頑張れよ!」
「うん、ありがと。」
「……お疲れ」
駅へ向かう相澤と国崎を見送り、晃も帰路についた。
夜風が頬を撫でる。
明日。
国崎が、実莉に告白する。
その事実が、頭の片隅に引っかかっていた。
別に、自分には関係のないことだ。
実莉とは、付き合いの長いただの友達。
それだけだ。
2人が付き合ったところで、なんの問題もない。
国崎はいいやつだ。
真っ直ぐで。嘘が付かなくて。
きっと、実莉のことを大切にしてくれる。
応援すると言ったのも、本心。
……なのに。
ふとした瞬間に、脳裏をよぎる光景があった。
夏祭り。
人混みの中、はぐれないようにと握った手。
最初は、ただ必要だから握っただけだった。
本当にそれだけ。
のはずなのに。
指先に触れた柔らかな感触。
思っていたよりも小さな手。
そして。
こちらを見上げた実莉が、照れたように頬を赤らめて笑った。
晃は足を止める。
街灯の明かりだけが、人気のない歩道をぼんやりと照らしている。
車の走り去る音が遠くで響き、また静寂が戻ってきた。
ゆっくりと、自分の手を持ち上げる。
何かを確かめるように、掌を見つめた。
もちろん、そこには何もない。
もう、あのときの温もりなんて残っているはずもない。
それなのに。
どうして、こんなにも鮮明に思い出すのだろう。
晃は小さく眉を寄せた。
「……なんで」
声が、夜の静けさに溶けていく。
「どうでもいいはずなのに」
胸の奥に、名前のつけられない何かが引っかかっていた。
晃はしばらくその場に立ち尽くしたあと、ゆっくりと手を下ろした。
そして、再び、誰もいない道を歩き出す。
あの日と同じような、
まだじんわりと暖かい湿気を含んだ風が通り過ぎた。
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