第79話 この気持ちの名前
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小会議室に晃と実莉を残して退勤する二人。
それが国崎にとっては、何となく気が引けた。
いや、何となくというか。
かなり気が引けた。
会社の外はまだ昼間の熱が残り、じんわりと暑い。
そんな中、国崎と相澤は駅に向かって歩き出す。
「のん先輩達、大丈夫かな」
チラチラと会社を振り返りながら、ぼそりと呟く国崎。
それとは裏腹に、相澤はスマホをいじりながら前を歩いている。
「ん? 大丈夫だろ。あの乃村先輩のことだし」
信頼から出た一言なのか。
それとも、飲み会のことを考えていて適当に答えているのか。
国崎には分からなかった。
できれば前者であってほしいところだ。
「ほら、早く行くぞー!」
相澤はスマホから目を離し、国崎を振り返り叫ぶ。
国崎は最後にもう一度、名残惜しそうに会社を振り返った。
そして、軽く息を吐いてから相澤を追った。
「ところで、何の飲み会なんだよ」
両手で黒いリュックの持ち手を握りながら、早足で追いついた国崎が相澤に尋ねる。
「え? 決まってるだろ」
「合コンだよ、合コン」
至って真剣に答えている。
「しかも聞いて驚くなよ?」
「なに」
「相手は……看護師だ。」
真顔。
国崎は開いた口が塞がらなかった。
「お前、そのために今日退勤したのか……」
「当たり前だろ! 大事なんだよ、出会い! いい彼女をゲットするには場数踏むしかねぇんだよ!!」
言ってることがめちゃくちゃである。
呆れながら聞いている国崎。
それを察したのか、相澤は大きく溜息をついた。
「……俺、末っ子でさ。上に歳の離れた姉が二人いんの」
「……なんだよ、急に」
「いいから聞け」
突然の話題転換についていけない国崎をよそに、相澤は話を続ける。
「二人とも実家から離れたところに嫁いだもんだからさ。俺の親がなかなか会えないーって嘆くんだよ」
「うん」
「孫もいるけど、いていないようなもんだよな。滅多に会えないんだから」
「何が言いたいんだ」
「俺は両親が元気なうちにいい彼女作って、結婚して。孫を抱かせてやりたいんだよ。相澤家の長男として」
国崎は隣の相澤を見た。
彼は真剣に前を向いている。
――それが本心なんだ。
直感でそう思った。
「だから早く彼女欲しい」
「結局そこに繋がるんだ」
「悪いかっ!」
拳を握りながら頬を膨らます相澤に、思わず吹き出す。
「ふふっ、いや別に」
「真剣に話したのに笑われた」
「俺が言うのもだけど、まだ25歳で若いのに、そんなこと言うやつ珍しいなとは思ったよ」
「子供が若くても、親が若いとは限らないだろー」
「まあ、そうだよな」
適当に相槌を打ちながらも、国崎は心の底から相澤に感心していた。
黄金色の夕日がビルの隙間をゆっくりと水平線に向かって落ちていく。
相澤の横顔がその優しい光に照らされる。
そんな彼を、国崎は眩しそうに見つめた。
「……お前、良い奴なのか悪い奴なのか分からなくなるよな」
「はぁ?? いつでも良い奴だろ!?」
心外、とでも言うように目を見開きながら抗議する。
「まあ、裏表がなくて真っ直ぐってところは良いかもな」
「最高の褒め言葉だよな、それ。嬉しー」
「はいはい」
そして間もなく。
国崎への反撃が開始する。
「実際、お前も狙ってるんだろ?」
「え?」
「乃村先輩のこと」
「なっ!」
一気に顔を赤らめ、一歩仰け反る国崎。
そんな反応を見て、相澤はケラケラと笑う。
「ほんと分かりやすいよなー」
「……やっぱ、そうなのかな」
「ん?」
「好きなのかな。のん先輩のこと」
「はぁ??」
突然の質問に、素っ頓狂な声が飛び出る。
「お前、その反応、全部無自覚なの……?」
「その反応?」
「ほら、乃村先輩の名前出したら顔赤くしたり。アワアワしたり」
「え、俺そんなことしてる?」
「うわ、やばい。ほんとに無自覚だ」
相澤は口を両手で覆い、大袈裟に国崎から距離を取る。
ドン引きの模範のようなフォルムで。
「……いや、この気持ちは単なる尊敬だと思ってたんだよ」
「テキパキ仕事こなすのん先輩を見て、俺もあんな風になりたいって、ずっと背中を追ってきたから」
「でも、夏祭りでのん先輩と晃さんが一緒にいるところ見て嫉妬したり」
「うん」
「今日だって、今二人で残業してると思うと……なんか、むず痒いというか」
「うんうん」
「あれ、これって本当に尊敬なのか? って最近分からなくなってきたんだよ。なんか変なんだ」
駅に向かい歩きながら、自分の気持ちを整理する国崎。
そんな彼に、相澤は腕を組みながら大きく頷く。
「恋だよ、そりゃ」
「……コイ」
「うん」
「コイ……」
まるで、コイとは何ぞや……とでも言いたげな反応をする国崎。
流石に耐えられなくなった相澤は、国崎の頬を抓った。
「……お前なぁー! なんで25にもなって、そんなにピュアなんだよぉおお! なんか腹立つな」
「いででで?!!」
半泣きでつねられた頬をさする。
「仕方ないだろ! 大学までずっと本格的にバドミントンやってたんだよ!」
「理由にならんわ!」
「ひど!!」
言い合いをしながら歩いているうちに、最寄り駅が見えてくる。
「とにかく! お前のいいところも、俺と同じだよ」
「どういうことだよ」
「隠してるつもりなんだろうけど、感情がそのまま伝わってくる。つまり裏表がない! そして、好きなことには真っ直ぐだ」
「それがお前の良いところ」
国崎を指さしながらニヒッと笑った。
「まあこの先、どうしたいのかはお前自身が決めろ!」
相澤はそう言って、国崎の背中をポンと叩いた。
「当たって砕けろ! だ!」
「なんで砕ける前提なんだよ」
「まあ、どうなっても俺はくにの味方だぞ」
「それ、振られるフラグじゃん」
思わず国崎の口元が緩む。
さっきまで胸の中に引っかかっていたものが、少しだけ軽くなった気がした。
自分が乃村実莉に抱いている感情が少しづつ形になってきた。
名前のわからなかった心のモヤモヤが、
少しづつ「恋心」という形に溶け込む。
「……ありがとな」
「ん? 何が?」
「いや、なんでもない」
「変なやつ」
相澤は不思議そうに首を傾げたあと、すぐにスマホを取り出した。
「まあ、そんなことより俺は未来の嫁を探しに行ってきまーす」
「そゆなことよりって…切り替え早すぎだろ……」
「人生、出会いが大事なんだよ!待ってろ俺の嫁!」
そう言いながら、相澤は改札を抜ける。
「彼女通り越してるじゃねぇか……」
ぼそっと呟く国崎を振り、大きく手を振った。
「じゃあな、くに! また明日!」
「おう。また明日」
相澤はそのまま、駅のホームへ向かって軽い足取りで歩いていく。
……と思ったら。
数歩進んだところで、突然スキップを始めた。
浮き足立つとはまさにこの事だ。
「…………」
国崎は無言でその背中を見送り、肩を竦めた。
本当に、最後までよく分からない奴だ。
「……やっぱ、悪いやつだわ」
そう呟きながらも、
国崎の顔には小さな笑みが浮かんでいた。
さっきまで抱えていた迷いは、まだ完全に消えたわけじゃない。
けれど。
少しだけ、自分の気持ちと向き合ってみようと思えた。
それはきっと、あいつが余計なことまで喋ってくれたおかげだ。
「……ありがとな、相澤」
聞こえるはずのない声で、そう呟く。
夕暮れの駅。
人の波に紛れていく相澤の背中を見つめながら、
国崎もゆっくりと改札を抜けた。
明日から。
少しだけ、何かが変わるかもしれない。
そんな予感を胸に抱きながら。
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