第78話 事件発生?!
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晃と相澤の賑やかな声が廊下にまで響いていた。
賑やかなのは主に相澤だが。
とにかく、ドがつくほどの平和な昼休み。
だが。
そんな時こそ、何かが起こりそうな予感がするものだ。
この小会議室も例に漏れず、
平和な時間に終わりが近づいていた。
「ただいま!」
昼休みも終わりに差しかかった頃。
実莉と国崎が、慌てた様子で小会議室へ戻ってきた。
「おかえりー……って、どうした?」
相澤がスマホから顔を上げる。
なんだか嫌な予感がする。
晃も画面から目を離した。
小さく息を整えた実莉の口から、衝撃の一言が発される。
「事件発生よ。」
「…事件?」
国崎が手にしていた資料を机の上に置く。
「クライアントに完成した広告を確認してもらったんだけど……」
「うん」
「商品が一つ足りませんでした」
「……え?」
晃が瞬きをする。
「正確には、先方との認識の食い違いで……」
実莉が資料をめくる。
「今回の夏祭りスイーツ、二種類って聞いてたでしょ?」
「うん」
「実は、もう一種類ありました」
「…………そんなことある?!」
相澤が勢いよく立ち上がり、資料を確認しに来る。
国崎は資料を指さしながら呟いた。
「わたあめオレ」
「…………」
「……わたあめオレ?」
相澤が復唱する。
「そう。わたあめオレ」
「甘ったるそう…」
相澤が眉間に皺を寄せながら言う。
「そこじゃないだろ。」
国崎がツッコミを入れながら頭を抱えた。
「てか、初歩的なミスすぎん?」
「俺たちも今日初めて知ったんだよ……」
「えぇ……」
相澤が机に突っ伏す。
「それ、最初に言ってくれよ……!」
「本当にね……!」
実莉も頭を抱えた。
「しかも、もう広告のほうはほとんど完成してるでしょ?」
「うん」
「ポスターも、Webバナーも、店頭POPも……」
「全部、わたあめオレが入ってない」
「そういうこと……」
実莉が小さく息を吐いた。
「幸い、デザインそのものを全部作り直す必要はないみたい」
そう言って、完成済みの広告データを指差す。
「商品部分のイラストを追加して、レイアウトを少し調整すれば対応できそう」
「……ってことは」
相澤が恐る恐る晃を見る。
「あっくん、お前の仕事が増えた…」
三人の視線が、晃へ集まった。
「……」
晃は完成済みのデータを確認する。
残り一週間。
やることは、わたあめオレのイラスト制作。
それを既存の広告に組み込み、全体のバランスを調整。
さらに各媒体用に書き出し直す。
「……やるしかないでしょ」
そう言って、晃は自分のタブレットを取り出した。
「晃くん……」
実莉が少し申し訳なさそうにする。
「大丈夫。今からやれば間に合うと思う」
「本当に?」
「うん」
晃はタブレットを起動し、ペンを手に取った。
「じゃあ、まず商品資料見せて」
「これ」
実莉が資料を渡す。
「わたあめオレ……」
晃が商品の写真を見る。
淡い紫、ピンク、水色のパステルカラーで彩られた愛らしいパッケージには、
小さな金平糖のような模様があしらわれている。
フワフワのわたあめを連想させる雲のような字体で、商品名が書かれていた。
いかにも、若い女性をターゲットにした飲み物。
「…見るだけで胸焼け。うちの姉にはウケそうだけど。」
「ゆめかわってやつね。」
実莉が苦笑する。
「ちなみに、どんな感じのイラストにする?」
「夏祭りっぽさは残したいかな」
「了解」
晃は画面にペンを走らせ始めた。
「じゃあ、やりますか」
「……うん!」
こうして。
順調だった広告制作に、突然の追加作業が発生した。
――そして。
それは、就業時間内に終わるような量ではなかった。
────
「……終わったー!」
午後六時。
相澤が大きく伸びをした。
「今日はここまでにするか」
国崎もパソコンを閉じる。
「お疲れ様でしたー」
「お疲れー」
二人が席を立つ。
「あっくん、また明日な!」
「うん」
「のん先輩も、お疲れ様です。」
「お疲れ様」
就業時間を過ぎタブレットとパソコンに向かう晃と実莉の背中を見つめ、
国崎は申し訳なさそうな顔をした。
「残って手伝いたいのは山々なんですが…社会人スポーツクラブのヘルプ呼ばれてて。」
「いいのいいの、気にしないで帰った帰った!」
「ほんとすみません。」
「ちなみに俺は飲み会です、すみません。」
「アンタは黙って退社しなさい。」
「はーい。」
元気よくその場を去る相澤に、実莉は溜息をつく。
「あこまで来ると潔くて逆にいいわね。」
実莉の一言に、国崎は苦笑しながら小さく頭を下げ、小会議室を後にした。
しばらくして。
オフィスには、数人の社員しか残っていなかった。
「……晃くん」
「ん?」
実莉が時計を見る。
「まだ、やれそう?」
「うん」
晃は画面から目を離さない。
「もうちょっとでイラスト終わるから」
「そっか……」
実莉は少し迷ったあと、自分のパソコンを開いた。
「じゃあ、私も残る」
「実莉さんは帰っていいよ」
「いやいや。私がクライアントとの確認で気づけなかったことだし」
「でも、実莉さんが残っても――」
「進行とか、レイアウトの確認くらいならできるから」
そう言って、実莉は椅子に座った。
「一人で残業するより、二人でやったほうが早いでしょ?」
「……まあ、それはそう」
「じゃ、決まり」
実莉が笑う。
「もうひと頑張りしようか」
「うん」
静かなオフィスに、キーボードを叩く音と絵を描くデジタルペンの掠れた音だけが響き始めた。
こんな時間も悪くないかもな、
実莉はそんな事を心のどこかで感じていた。
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