第75話 距離感
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一方その頃。
晃と相澤を小会議室に残し、
国崎と実莉は、社員食堂に来ていた。
それぞれ昼食を済ませながら、午前中の仕事について話している。
「それにしても……やっぱ、のん先輩ってすごいですよね。」
「何が?」
「仕事の進め方ですよ。」
国崎は箸を置き、実莉を見る。
「みんなが円滑に仕事できるように、ちゃんと話し合う時間を作ったり、一緒に仕事する人同士が打ち解けられるように場を設けたり。」
「……。」
「昨日だって、晃さんと相澤を交えて、いきなり仕事を始めるんじゃなくて、ちゃんと自己紹介から始めたじゃないですか。」
実莉は少し驚いたように目を瞬かせる。
「そういうところ、やっぱ尊敬します。」
「……何? 急に。」
実莉はクスッと笑った。
「褒めても何も出ないよ?」
「いやいや、本当に思ったんで。」
「ふふっ。」
実莉は嬉しそうに笑う。
「でも、ありがと。」
「……はい。」
それから、少しの沈黙が訪れた。
食堂のざわめきだけが、二人の間を流れる。
やがて実莉が、ぽつりと口を開いた。
「……やっぱさ。」
「はい?」
「自分が指揮を取って仕事を進めるのって、何回やっても慣れないの。」
「……え?」
予想外の言葉に、国崎は目を丸くした。
「そんな風には見えないです。」
思わず口から出た。
俺の知っている、のん先輩は。
テキパキと仕事をこなして。
ミスなんかほとんどなくて。
みんなに的確な指示を出して。
それでいて、誰からも慕われている。
だからこそ、今の実莉の言葉は意外だった。
「そう?」
「はい。」
「まあ……そんな自分の内面を悟られないようには心掛けてるからかな。」
実莉は苦笑する。
「自分についてきてくれるみんなを、不安にさせたくないから。」
「……。」
国崎は何も言えなかった。
「……何故、それを俺に?」
「うーーん……。」
実莉は少し考え込む。
そして。
「なぜだろうね。」
そう言って、ふっと笑った。
「アンタは、この会社に入ってから一番世話の焼ける後輩だけど。」
「ひどっ。」
「でも。」
実莉は少しだけ目を細める。
「ずーっと私についてきてくれてる仲間でもあるからかな?」
「……。」
国崎は何も返せなかった。
けれど、何も思わなかったわけではない。
少なくとも会社の中では。
実莉にとって、自分という存在は特別なものなのかもしれない。
そう思った。
「……のん先輩。」
「ん?」
「昨日も、晃さんと一緒に帰ってましたよね。」
「えっ、うん……。見てたの?」
「はい。」
国崎は一瞬間を置いてから、慌てて両手を振った。
「たまたまですよ? 断じて後をつけていたわけでは。」
「ふふっ。」
「二人の後ろ姿が見えたので、二人きりでご飯にでも行くのかなとか気になっちゃって、少し遠くから離れて見てただけで。」
必死に弁明する国崎を見て、実莉は思わず笑ってしまう。
「違う違う。陽奈ちゃんちにお邪魔してたの。」
「……陽奈?」
「うん。ほら、この前会ったでしょ? 晃くんのお姉さん。」
「あー!」
国崎が手を叩く。
「あの超絶足の遅い美人。」
「どんな印象よ。」
実莉は呆れたように笑った。
「まあ、事実だけど。」
「そこ認めるんですか。」
「とにかく、二人きりではないよ。」
「そ、そうですか……。」
国崎はホッとしたように息を吐く。
そして。
「前から気になってたんですが。」
「ん?」
「晃さんとは、どういう関係なんですか?」
「えっと……どういうとは?」
「いつも仲良さげだし。夏祭りでは二人でデートしてたし。」
「ええ……デートじゃないけど……。」
実莉は困ったように眉を下げる。
「今後は! 二人で何かご予定とかあるんですか?」
「よ……予定……?」
実莉は軽く混乱する。
デートの予定?
それとも、どこかへ出かける予定……?
「その……付き合う予定とか。」
小さな声だった。
けれど、国崎はしっかりと実莉を見つめていた。
「えっ。」
予想の斜め上を行く質問に、実莉は目を丸くする。
「べ……別にないけど。」
「そうなんですね。」
何を聞いてんだ、俺は。
そう思いながらも、国崎の胸の奥には小さな安堵が広がっていた。
「そろそろ、昼休み終わりますね。」
「うん。小会議室に戻ろうか。」
「はい。」
二人は食べ終えた食器を返却棚に戻し、食堂を後にした。
────
小会議室へ戻る廊下。
その方向から、何やら騒がしい声が聞こえてくる。
「うひょー! あっくんナイスプレイ!!!」
楽しげな相澤の声。
「「あっくん……?」」
二人は顔を見合わせ、首を傾げる。
晃をあだ名呼びしている。
実莉と国崎は、恐る恐る小会議室の扉を開けた。
すると。
「いやぁ、ラスクロでこんなに熱く戦えるとは思わなかったー!」
そこには、女子社員二人と晃、そして相澤がいた。
全員がスマホを横向きに持ち、ゲームをしている。
そして何より。
相澤の距離が、昨日とは比べ物にならないほど晃に近くなっていた。
ガラス扉を開けた実莉と国崎は、入口で呆然と立ち尽くす。
実莉の顔が、みるみる引きつっていく。
その声で、晃が二人の帰還に気づいた。
「あっ……おかえり……。」
少し気まずそうな顔をする晃。
「おー! おかえりなさーい!」
相澤は満面の笑みで手を振った。
「た……だいま……。」
国崎は、実莉の反応に違和感を覚える。
「ゲームしてるの?」
実莉は平静を装いながら尋ねた。
「はい! ラスクロの武闘大会を!」
「ラスクロ……。」
実莉の表情がさらに固まる。
その時。
昼休み終了の合図が鳴った。
「あ、もう時間だ。」
女子社員の一人がスマホをしまう。
「楽しかったねー!」
「是非、また戦わせてください。」
「え、あ、うーん……。」
晃は、ワイワイと騒ぎながら小会議室を出ていく女子社員たちに、曖昧に返事をする。
「よし。昼からも頑張ろうか。」
実莉はそう言うと、いつもの「のん先輩」の顔に戻った。
けれど。
国崎の頭には、先ほどから一つの言葉が引っかかっていた。
――ラスクロ。
実莉と晃の関係に、何か繋がりがあるのかもしれない。
その事実に気づき始めたのは。
この場では、国崎ただ一人だった。
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