第73話 触覚系男子、増殖…?
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その事件は突然起きた。
晃、出勤2日目の朝である。
「……どういうことなの、これ。」
その日の勤務は、実莉の素っ頓狂な一言から始まった。
────
時は数十分遡る。
晃出勤直後のことだ。
作業のために貸し切った小会議室に入る。
鍵は空いているが、今は誰も居ない。
部屋の片隅の机の上に、実莉のカバンだけが置かれている。
「実莉さん、もう会社にいるのか。」
ぼそっと呟く。
晃も席に着き、大きく深呼吸した。
そして、ズボンのポケットからヘアピンを取り出し、前髪を軽く止める。
普段は隠れている額が露わになる。
これがいつも作業する時のスタイルだ。
「よし。」
作業準備に取り掛かろうとしたその時だった。
「おはよーございまーす!」
扉の方から元気な挨拶が飛んできた。
「…おはようございます。」
晃は返事をしながら、ゆっくり振り返る。
そこに居たのは、相澤健人だった。
昨日とは異なり、無造作にセットされたヘアー。
そして。
頭のてっぺんにはピョコンと跳ねた触覚。
「……。」
晃は口を開け、視線を相澤の頭頂部に向けたまま固まった。
相澤も相澤で、晃の髪型を見て固まる。
「えっ?! 朝倉、今日あの髪型じゃないの?!」
「あの髪型……?」
晃はぼんやりしながら首を傾げる。
「ほら、昨日の頭の触覚。」
「……あー、あの謎の癖っ毛。」
思い出したように頷く。
「もしかしてあれって、わざとやってた髪型じゃないん?」
「いや、違う。たまたま。」
「ええええったまたまなの?!」
大袈裟に驚く相澤。
「てっきり流行ってる髪型なんかと思ったのに…」
「もしかしてそれ、俺の真似したの?」
晃が相澤の頭を指しながら言う。
相澤は扉の前で固まる。
暫くの沈黙の後。
相澤は両手でサッと頭頂部を隠した。
「べ、別に真似じゃないし。たまたまだし。」
「……そっか。」
相澤は頭頂部を抑えたまま、
少しぷくっと頬をふくらませながら、自分の席に向かって歩く。
「ちなみにさ。」
席に荷物を下ろした後、相澤が晃にコソッと話しかける。
「……その髪型って流行ってるの?」
「いや、これはオレの作業スタイル。」
「うんだよな。」
再び沈黙。
「今またパクろうと──」
晃の言葉を遮るように、相澤が口を開く。
「してない。パクろうとしてない。別にモテたい訳じゃないし。」
「下心見えすぎ……。」
「なんだよ新人のくせに!」
「急な先輩面……。」
晃が呆れていると。
「おはようございます。」
また1人、出勤してくる。
「おお、くに。おは……よ……」
扉を開けた国崎に挨拶を返した相澤が固まる。
「お前……」
国崎の頭を指す相澤の指が震える。
まるでホラーでも見ているかのように。
「……?」
相澤の反応を不思議に思い、晃も国崎の方を見る。
そして目を見開いた。
しっかりと跳ねているのだ。
頭頂部の1束の髪が。
「……国崎さんまで……?」
「……へ?」
2人の視線の行先が、自分の頭に生えた触覚である事に気づいた国崎は、
慌てて頭を抑えた。
「俺の…真似……?」
晃が首を傾げる。
「い! いやこれは違っ!」
「お前もモテたいのか……?」
相澤が口元を抑えながら言う。
「違うって!! これ寝癖!!」
慌てて頭頂部を撫でて髪を落ち着かせる。
だが何度触ってもピョコンと1束だけ天井に向かって飛び起きる。
その直後。
「あ、みんなもう来てたんだ。」
淹れたてのコーヒーを持った実莉が部屋に入ってくる。
「おはよう……?」
実莉の視線は男性陣の髪型に向かった。
そして冒頭へ戻る。
「……どういうことなの、これ。」
相澤と国崎の頭頂部ぴょこんとはねた1束の髪は、
誰が見ても昨日の晃を連想させる。
「なんで相澤くんとくにはその髪型なの……?」
固まる実莉に慌てる2人。
「あ! いやこれは寝癖なんです! 晃さんの真似をしたわけでは……!」
必死に弁明を図る国崎とは裏腹に、
「俺だってモテたいんです!! 女子社員にチヤホヤされたいんです!」
拳を握りしめ、熱弁する相澤。
「その髪型はモテないと思う…」
晃がタブレットを開きながらぼそっと呟く。
「モテてたじゃん!!! 昨日モテてたじゃん!」
「知らん……」
「ねぇ、このイケメンマッシュ君ずるいよ!」
相澤は、子供のように地団駄を踏む。
「俺はそんなんじゃ無いですからね! ほんとに寝癖なんです! ほら! のん先輩、見てください! 撫でても直らないでしょ?!」
言い合いする2人をよそに、
実莉の前で、実際に頭頂部を撫でてみせる国崎。
完全にカオス空間であった。
「朝からなんなの、ホント……。」
実莉が頭に手をやり、呆れながら呟く。
小さな会議室は、朝から大変賑やかだ。
「ほんとに俺のは寝癖ですからねーーーー…?!」
国崎の悲痛な叫びが会社全体に響き渡るのであった。
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