第67話 一方的ライバル認定
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午後6時。
仕事終わりのオフィス。
日が長くなり、外はまだお昼のように明るかった。
「なんか、外が明るいと早く帰れてる感じして得した気分。」
「そうですね。」
帰宅前の実莉のデスク。
嬉しそうに荷物をまとめながら笑う彼女の隣で、
国崎は苦い表情のまま、短く答えた。
結局一日中、国崎の気持ちはモヤモヤと雲がかかったままだった。
帰宅の準備を進める実莉の手元をぼんやりと眺める。
綺麗に整理されたデスクの端。
クリアファイルに丁寧に挟まれた数枚の書類。
上司に託された朝倉晃宛ての書類だ。
「よし、お待たせ!」
帰宅準備を終えた実莉は、最後にクリアファイルを大事にカバンの外ポケットにしまい、顔を上げた。
「じゃあ行こっか。」
「はい。」
実莉と共にエレベーターへ向かう。
短期間ではあるが、これから朝倉晃と同じ職場で過ごすことになる。
晃は、国崎の直属の上司である実莉のつながりで働くことになったため、
挨拶も兼ねて国崎も一緒に書類を届けることになったのだ。
オフィスを出て、2人並んで歩く。
本来ならスキップしたくなるほど最高のシチュエーション。
だが、今日の国崎は違う。
誰が見てもわかるほどに表情が固い。
そんな国崎の隣で、実莉はハンディファンを取り出し、電源をつける。
小さな風が実莉の髪の毛をふわりとくぐる。
風に乗った実莉の柔軟剤の優しい香りが国崎の鼻をくすぐった。
思わず実莉の方をチラリと見る。
不意に目が合う。
実莉が微笑みかけてくる。
「さすが夏。まだ明るいし、暑さも残ってるね。」
「ははっ、ほんとですねー」
国崎は居心地が悪そうに目を逸らしながら答える。
実莉は首を傾げる。
普段より口数が少ない国崎の様子に気づいていた。
国崎の様子を伺うようにしばらく無言で歩くが、
何かを思いついたようにハンディファンのボタンを押す。
そして、
実莉は突然、国崎にハンディファンを向けながら近づく。
「えいっ」
勢いよく国崎の頬にハンディファンの冷却プレートを押し付けた。
「冷たっ!? えっ?! 何?! 氷?!」
目を見開き、頬を押さえながら後ずさる国崎の反応を見て、
実莉は思わず吹き出した。
「ほんとおかしすぎ。」
「もぉーーなんなんですかー!」
頬を膨らませながらも、自分の目の前で腹を抱えて笑う実莉の姿を見て、つられて笑ってしまう。
「あ!」
「やっと笑った!」
「えっ」
「ほら、今日ずっとつれない顔してたでしょ?」
「あ……」
ばれてた。
「ちゃんと見てたよ?」
実莉はそう言いながら国崎の腕を人差し指でツンと押した。
見てた。
その一言にドキッとしてしまうが、
「見てたって……」
「うん、だって私。くにの直属の上司だから。」
「あ。あぁ、そういうことですか。」
「上司として後輩の変化にはちゃんと気づかないとねー。」
そう言って駅に向かって歩き出す。
少し立ち止まっていた国崎も、慌てて後を追う。
「くに?」
国崎が追いついたことを確認してから、実莉が口を開く。
「あっ、はい。」
「困ったことあったらさ」
「遠慮せずいつでも相談してよ?」
「困ったこと……」
その一言で、思わず口が開く。
「あの!」
「ん?」
「のん先輩は、晃さんのこと──」
どう思ってるんですか?
そう聞こうとした瞬間。
「あれっ?! 実莉ちゃん!」
少し離れた場所。
駅方面から、1人の女性が手を振りながら駆け寄ってくる。
毛先にかけて淡い桃色に染まったグレージュのセミロング。
スニーカーが地面を蹴るたびに、白いワンピースがふわりと揺れる。
「あ!」
「陽奈ちゃん!」
陽奈と呼ばれた女性は、大きく手を振りながら、
休まず足を動かしている。
……はずなのだが、
なかなか実莉たちの元へたどり着けない。
限りなく足が遅い。
「え……おそ……」
国崎は無意識のうちに思ったことを口にしてしまう。
こちらから迎えに行った方が早いのではないか。
国崎と実莉がそう思い始めた頃、
やっと合流できた陽奈。
「はぁ……はぁ……やっと着いた。」
まるで長距離でもマラソンしてきたかの如く、膝に手をやりながら前かがみで立ち止まる。
スピードの割にはかなり息が乱れている様子から、かなり体力が少ないことが伺える。
「お……お疲れ様です……」
少し引き気味に国崎が声をかける。
「お疲れ様……」
下を向いたまま、片手だけを上げて答える陽奈。
「ふぅ……」
ようやく息が整った陽奈は、髪をかきあげながら立ち上がった。
その瞬間、国崎はハッと息を飲んだ。
垂れ気味のくっきりとした二重。
愛嬌のある笑顔。
髪を派手に染めたギャルに見えるが、
その愛くるしい笑顔と小柄な体格は、どこか小動物を思わせる。
誰が見ても、可愛らしい美人。
そして。
初対面のはずなのに、
どこかで出会ったことがあるような気がする。
そんなことを思いながら、国崎は陽奈を見て首を傾げた。
「陽奈ちゃん、お仕事帰り?」
実莉が声をかける。
「そう、今日は少しだけ遅くなっちゃった。実莉ちゃんもお仕事お疲れ様!」
そう言いながら、陽奈の視線は国崎の方へ向く。
「こっちは国崎。職場の後輩。」
「あー! 後輩さんか! 初めまして〜。」
「あっ、はい! 初めまして、国崎翔馬です。」
慌てて頭を下げる。
「こんにちは〜、私は朝倉陽奈です。」
「朝倉……?」
「あ、そうそう。晃くんのお姉さんだよ。」
「えっ?!」
「晃のこと、知ってるんだ!」
「うん、2回ほど会ってると思う。」
「あぁ、そうだ! もうすぐ一緒にお仕事するんだっけ? 晃が言ってた。」
「そうなの。急に声かけたのにOKしてくれて、ほんとに助かった。」
「実莉ちゃんと仕事できるから、あの子も喜んでたよ! 遠慮せずこき使っちゃってね!」
「あ、そうだ。これから晃くんの家に書類を届けに行くところで……」
「あぁ、それなら明日で良かったら、私が渡しとこうか? 家来ると思うし。」
「え、いいの? 助かる!」
実莉と陽奈が会話をしている間も、国崎は驚いたまま固まっていた。
もちろん、会話の内容なんて入ってこない。
視線だけはずっと陽奈に向いている。
頭に浮かぶのは、
いつも眠たげなマッシュヘアのイケメン、朝倉晃。
晃に似ているから会ったことがある気がしたのか。
納得がいった。
晃とは数回しか顔を合わせていないが、
彼の言動から、いい人なのは国崎も分かっている。
頭では分かっているのだが。
先週は大人びた浴衣姿の実莉と親しげにデートして、
家に帰ればこんな美人な姉まで居るのか。
そんなことを考えていたら、
国崎の心の中にふつふつとなにかが湧き上がってくる。
ずるい。
ずるすぎる。
環境に恵まれすぎではないか。
幼稚な感情だという自覚はある。
だが。
(なんか……負けたくない!)
美人な姉の登場で、国崎のスイッチが入ってしまった。
その間に、実莉と陽奈の会話は終わってしまっていたようだ。
「ごめんね、じゃあ書類宜しくね! 提出は週末だから、それまでに書いてもらって。」
「了解〜。じゃあ気をつけてね。」
陽奈は去り際に、国崎に微笑みかける。
「国崎さんも、うちの弟を宜しくね!」
国崎はその声で我に返る。
「あっ! こちらこそ。」
駅の反対方向へと去っていく陽奈の後ろ姿を、実莉と共に見送る。
「やることなくなっちゃったね。」
実莉が言う。
「そうですね……。」
ぼんやりとしながら答える国崎。
「どう? 今からご飯行かない?」
突然の実莉からの提案に、明らかに表情が変わる。
「えっ!! 今からですか?!」
「そうだけど……ダメそう?」
「いやいやいや!! ダメなわけないです、行きます!」
「良かった。」
単純だなぁ。
そう思いながらも、実莉はクスッと笑ってしまう。
先程までのモヤモヤは完全に消えた。
今の嫉妬心は一旦忘れよう。
先のことはまた考えればいい。
そう思い、切り替える国崎。
だが、ライバルと共に職場で時を過ごす日は着実に近づいてきていた。
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