第66話 知り合いのイラストレーター
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月曜日の朝。
週の始まり。
通勤通学中の人々は皆、なんとなく足が重い様子。
そんな中、群を抜いて足取りが重い人物がいた。
「はぁ……」
スーツ姿にエナメル質の大きな黒いリュックを背負い、両手で持ち手部分を押さえながら猫背気味で歩く青年。
国崎翔馬だ。
いつもはスタスタと元気よく歩く彼だが、
今日は高身長に見合わないほどに歩幅が狭い。
駅からなんとか職場に辿り着く。
エレベーターを降りて、
オフィスについてから何となく視線が向かったのは、
実莉の席だった。
カバンはない。
出勤直後のルーティンであるコーヒーも置いてない。
まだ出勤していないようだ。
国崎は静かに瞳を閉じ、大きく息を吐く。
「おはよーございまぁすー……」
漂う暗いオーラ。
明らかに普段の彼とは異なっていた。
どよーんとしながら自分の机へ向かう。
隣の席の同僚の青年が、そのオーラをすぐに察知する。
「お前……どしたんだよ」
机に荷物を下ろす国崎を、異様な物を見る目で見つめる。
「新章の始まりから空気重くするのやめろよ」
「なんの話だよ……」
同僚の発言にため息をつく国崎。
「で、なんかあったの? ……まさか先週末早退したのは、身内の不幸ごとだった……?」
「いや違う。ただの手伝い」
「よかった。心配したわ」
同僚はほっと息を吐く。
先週末の早退。
それは夏祭りの焼きそば屋の手伝いのためであった。
嫌でも思い出してしまう。
大人びた浴衣姿の実莉の照れくさそうな笑顔と、
その隣で親しげに寄り添う晃の姿を。
脳裏に二人の姿がよぎり、げんなりしてしまう。
「近いんだよ……距離が……」
カバンから書類を取り出しながら、思わず呟く。
「えっ、俺?」
自分に言われたと勘違いした隣の同僚が、大袈裟に距離をとる。
「いや、お前に言ってない! ただの独り言」
慌てて否定する国崎。
同僚はその様子をしばらく見つめ、何かを察したように、
ははぁ、と顎に手を当てる。
「乃村先輩関連か」
「はっ!? なんでわかった?!」
国崎は目を見開きながら同僚を見る。
先ほどのどんよりした雰囲気といい、
今の反応といい……
国崎は感情が表に出やすいタイプだ。
かなり。
「……わかりやす」
同僚は思わず吹き出す。
笑われたことが気に食わないのか、
国崎はあからさまに頬を膨らませた。
「ほっといてくれっ!」
プイッとそっぽを向きながら荒々しく席につく。
「まぁまぁ」
「話してみなよ、何があった?」
「言わない」
「黙っててもわかんないぞー」
「言わない!」
「……話したら楽になるしさ! ずっとそんなどんよりしたオーラ出されてたら困るって!」
「……」
同僚の押しに観念したのか、国崎は小さくため息をついた。
「誰にも言うなよ」
「任せろ」
念を押してから、国崎は話し始める。
先週末の早退は、夏祭りに出店する実家の焼きそば屋の手伝いのためだったこと。
焼きそば屋に浴衣姿の実莉が来たこと。
実莉は青年と二人で来ていたこと。
かなり親しげだったこと。
「……なるほどなぁ」
話を聞き終わった同僚は、腕を組みながら頷いた。
「それ、乃村先輩の彼氏じゃね?」
「なっ?!」
「違うって!!! 前、駅で会った時は友達って言ってたし!」
「それ過去の話だろ」
「なんで傷えぐるの?!」
胸を押さえながら反論する国崎を横目に、
同僚は机に仕事の準備を出し始める。
「もう本人に聞けばいいじゃんか」
「え?」
まさかの提案に国崎が固まった直後。
「おはようございます」
規則正しくヒールの音を鳴らし、実莉が出勤してきた。
足音に合わせてサラサラと揺れる赤髪。
姿勢良く歩く姿。
相変わらず仕事ができそうな雰囲気を纏っている。
夏祭りでの出来事がまるで嘘かと思うほど、
いつも通りだ。
「ほら、噂をすれば」
実莉を指差しながら、同僚が国崎の方を見る。
そして、指を宙に向けたまま、固まった。
「……何してんの」
同僚の視線の先には、
いつの間にか自席の椅子の後ろに屈んで隠れた国崎の姿が映った。
178センチの大きな体。
もちろん隠れきれるわけがなかった。
椅子の上から茶色い癖っ毛がぴょこんと見える。
まるでかくれんぼしている大型犬のようだった。
「なんか……反射で……」
国崎は恐る恐る顔を覗かせながら答える。
実莉はそんな国崎たちに気づく様子もなく、
いつも通りコーヒーメーカーへ向かっている。
自分の奇行を見られていなかったようで、ほっと胸を撫で下ろす。
「本人に聞けるわけないだろ……」
そう言いながらゆっくりと立ち上がる。
そして隣の席を見る。
「え?」
周囲を見渡す。
いない。
先ほどまで隣で話していたはずの同僚が。
「まさか!?」
国崎は慌てて実莉の方へ視線を向ける。
「乃村先輩〜」
そこには実莉に向けて片手を上げながら駆け寄る同僚の姿が。
「あ、おはよう」
実莉も挨拶を返している。
「おまっ!?」
駆け出そうとする国崎だが、もちろん間に合うはずもない。
「乃村先輩、彼氏いるんですか?」
聞いた。
どが付くほどストレートに。
突然の質問に目を丸くする実莉。
それを遠くから見て頭を抱える国崎。
「え……」
「い、いないけど……」
「そうなんですね〜」
返事をしながら国崎の方を見る同僚。
――いないってさ。よかったな。
とでも言いたげに小さく親指を立てる。
国崎は呆れながらも、
晃とはまだ付き合っていないという事実に内心ほっとした。
その時。
「乃村さん、おはよう。ちょっといい?」
実莉の後ろから上司が声をかける。
「あ、はい」
入れ立てのコーヒーを片手に振り返る。
「先週全体メールで送ったイラストレーターの件なんだけど……」
書類を見せながら話す上司。
「あ、イラストレーター見つかったんですか?」
駆け寄ってきた国崎が、軽く同僚の頭を叩きながら話に割って入る。
「お、そうそう。募集してたんだけど、乃村さんが見つけてくれたんだよ」
急ぎだったからほんと助かる、と後頭部に片手をやりながら上司が笑う。
「へぇ……」
少し、嫌な予感がする。
「イラストレーター……のん先輩のお知り合いですか?」
「あ、うん。たまたま友達がデザイナー兼イラストレーターしててね」
「声かけてみたら、快く承諾してくれて」
上司に手渡された書類に目をやりながら、実莉が答える。
「社員証を仮発行したいから、この書類をその人に渡して記入してもらってきて!」
書類を渡し終え、その場を離れる上司。
「はい」
答えながら大事そうに書類を自分の席に運ぶ実莉。
その後ろを追う国崎と同僚。
「そのお友達って……」
「もしかして男ですか?」
また同僚が変な質問をする。
「まあ、そうだけど……」
怪訝そうに答える実莉。
「あ」
「くにも知ってる人だよ」
実莉は国崎の方を振り返りながら笑う。
その一言で、分かってしまった。
国崎と実莉の共通の知り合い。
一人しか思い当たらない。
グレージュのマッシュヘア。
気だるげで眠そうな瞳。
「もしかして……」
「……晃さんですか」
そうであってほしくない。
そんなことを思いながらも、名前を口に出してしまう。
「当たり!」
のん先輩は、
見たくもないほどに明るい笑顔で頷いた。
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