第65話 パパのお迎え
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「行っちゃったねぇ。」
走り去る車を見送りながら、みはるがぽつりと呟いた。
「そうですね。」
隣で拓郎が静かに頷く。
みはるは片目をこすり、大きなあくびをひとつした。
「眠くなっちゃったかな。」
実莉がくすっと笑う。
「うん……ちょっとだけねむい。」
そう答えながらも、小さな手には射的で手に入れた大きなウサギのぬいぐるみがしっかりと抱えられていた。
その姿を見た拓郎の口元に、自然と優しい笑みが浮かぶ。
「今日はたくさん遊びましたからね。」
「私達も、そろそろ帰りましょうか。」
みはるがコクリと頷いた、その時だった。
「たくろー先輩ー!」
遠くから聞こえた声に、真っ先に反応したのはみはるだった。
「あっ!」
「パパー!」
さっきまで眠そうだったとは思えないほどの大きな声。
その声で目を覚ましたのか、拓郎に抱かれていたとうやも、もぞもぞと身を動かしながら目をこする。
みはるの視線の先には、長い髪をお団子にまとめた男性が立っていた。
少しふくよかな体格で、どこか親しみやすい柔らかな雰囲気をまとっている。
「あぁ、杉田。」
「お疲れ様。」
拓郎が穏やかに声を掛ける。
みはるは誰よりも早く駆け寄り、ぎゅっと抱きついた。
「お疲れ様です。」
「うちの子ども達がお世話になりました。」
杉田は拓郎へ深々と頭を下げる。
そして顔を上げた瞬間、隣に立つ晃を見て目を見開いた。
「あっ……!」
「デモンストレーションの時の!」
ラスクロ五周年記念イベント。
武闘大会デモンストレーションで、拓郎の操る”岩石じじぃ(仮)“と激闘を繰り広げたハンマー使い・アキ。
そのプレイヤー本人が目の前にいた。
「たしか……晃さんでしたっけ!?」
「そうですけど……」
次の瞬間。
「たくろー先輩の会社の者です!杉田と申します!」
ものすごい勢いで距離を詰められ、晃は思わず一歩のけぞる。
「ラスクロ五周年記念イベントでは、本当にお世話になりました!」
「いや、そんな……」
「それと!」
杉田は勢いそのままに頭を下げた。
「デモンストレーションの動画がネットへ流出してしまい、完全に対処しきれず……本当に申し訳ありませんでした!」
「え、いや、全然……」
完全に圧倒され、晃は片手を上げたまま固まってしまう。
そんな様子を見て、拓郎が静かにため息をついた。
「その件については、」
「私から既に謝罪してあるので。」
「本人は『人気が出てファンが増えた』と喜んでたので問題ないよ。」
「最近ではゲーム内で、アキを見に来る女性プレイヤーへ投げキッスエモートをするくらい楽しんでましたし。」
「なんか第三者に言われると腹立つな。」
晃が真顔で返す。
否定はしないらしい。
その横で実莉は肩を震わせ、必死に笑いを堪えていた。
「あ……そうだったんですか……」
杉田があからさまに安堵する。
「少し引いた顔しないでください。」
「なんか傷付く。」
「い、いや違うんです!引いてないですよ……多分!」
「嘘つくなら最後まで自信もって言い切って?」
晃のツッコミに、ついに実莉が吹き出した。
「ご、ごめん……!」
笑いをこらえながら謝る。
ひとしきり笑ったあと、杉田は実莉へ向き直った。
「ちなみに……。」
「貴方が、すい♡さんですよね?」
「えっ!?」
突然ゲーム内の名前を呼ばれ、実莉の肩が大きく跳ねた。
「な、なんでそれを!?」
杉田は苦笑いしながら小声になる。
「どらピコ抽選会場での騒動が、スタッフの間でも話題になってまして……。」
「あー。」
晃が思い出して吹き出す。
「あれは確かに凄かった。」
実莉の顔が一気に真っ赤になる。
「ホワイトどらピコを愛してくださってありがとうございます。」
杉田は丁寧に頭を下げた。
「個人情報管理どうなってるのぉ……。」
実莉は両手で顔を覆う。
「ご安心ください。」
「外部へ漏らすことはありません。」
拓郎が胸を張る。
「その言い方が一番信用できない……。」
実莉がぼそりと返した。
「みのりおねーちゃんいじめちゃだめ!」
みはるが頬を膨らませる。
「みはるちゃん……!」
実莉は思わず胸を押さえた。
その一言で、その場は再び笑いに包まれる。
「さて。」
拓郎が時計を見る。
「そろそろ解散しましょうか。」
「そうだね。」
晃と実莉も頷く。
すると杉田が口を開いた。
「皆さん、よろしければ車で送りますよ。」
「少し離れた駐車場なんですが……。」
拓郎は少し考えたあと、晃と実莉を見た。
そして何かを思い付いたように笑う。
「では、お言葉に甘えて……。」
「私だけお願いします。」
「え?」
杉田が一瞬きょとんとする。
しかし、拓郎の視線の先にいる二人を見て、すぐに意図を察した。
「……承知しました。」
「お二人は電車なり徒歩なり、ご自由にお帰りください。」
「「言い方!!」」
晃と実莉のツッコミが綺麗に重なる。
拓郎は満足そうに微笑みながら歩き出した。
少しだけ振り返り、
「またゲームでお会いしましょう。」
そう言い残す。
「また明日!」
「今日はありがとう!」
二人の声を背に、子ども達を抱えた拓郎と杉田は人混みの中へ消えていった。
その背中が見えなくなるまで見送る。
残されたのは、実莉と晃。
「……また二人になっちゃったね。」
少し照れくさそうに実莉が笑う。
「……ああ。」
晃も照れ隠しのように頭をかく。
花火大会が終わり、人の流れは駅へ向かって動き始めていた。
「帰るか。」
「うん。」
二人は肩を並べて歩き出す。
人混みに押されるように歩いていると、不意に。
指先が触れた。
どちらからともなく。
自然に手を繋ぐ。
どちらも何も言わない。
ただ、その手だけは離れなかった。
その時。
実莉のスマートフォンが小さく震える。
──ピコン。
祭りの喧騒に紛れ、その音に二人は気付かない。
画面には、会社の上司から届いた一件のメール。
件名。
『急募 イラストレーター募集』
この一通のメールが。
夏祭りの終わりとともに、新たな恋の物語を静かに動かし始めることを――
まだ、二人は知らなかった。
第3章 夏祭り編 ー完ー
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