第63話 2人で見る花火
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少し開けた広場の中央。
二人は人混みから少し離れた、大きな木の下にある古いベンチへ腰を下ろした。
5人が集合した時の場所だ。
遠くでは歓声が上がり、夜空には次々と花火が咲いている。
だが、有料観覧席ほど視界は開けていない。
木の枝が少しかかり、大きな花火も半分ほど隠れてしまう。
「ちょっとだけ見えにくいね。」
陽奈は苦笑しながら夜空を見上げた。
「せっかく海斗さんがお金払って席取ってくれたのに……。」
「十分だよ。」
海斗は穏やかに笑う。
「こうして見られるだけで十分。」
その言葉に、陽奈も少しだけ肩の力を抜いた。
「そっか。」
袋からりんご飴を取り出す。
赤く光る飴が、飾られた提灯の優しい光を反射していた。
「はい。」
一本を海斗へ差し出す。
「ありがとう。」
海斗は受け取り、小さくかじる。
甘い飴の音が静かに響いた。
その間にも、夜空では大輪の花が次々と咲いていく。
「あ!」
陽奈が突然、空を指差した。
「今の見た!?」
「ん?」
りんご飴を咀嚼しながら海斗が首を傾げる。
「猫の形じゃない?」
「え、ほんと?」
海斗も慌てて空を見る。
「……ごめん、分からなかった。」
「横向きだったからかな?」
陽奈はくすっと笑う。
「ちょっと変な顔してたけど、ちゃんと猫だったよ。」
「惜しかったなぁ。」
「次はちゃんと見たい。」
「もう終わっちゃった。」
「えぇー。」
海斗が子どものように残念そうな声を漏らす。
その反応がおかしくて、陽奈は思わず笑ってしまった。
「海斗さんって、そういうところあるよね。」
「どこ?」
「意外と素直。」
「褒めてる?」
「たぶん。」
二人は顔を見合わせて笑った。
しばらく、花火だけを眺める静かな時間が流れる。
夜空へ大きな花が咲き、音が少し遅れて胸へ響く。
その沈黙を破るように、海斗がぽつりと口を開いた。
「実は俺。」
「夏祭りで花火を見るの、初めてなんだ。」
「えっ!?」
陽奈は驚いて海斗を見た。
「意外!」
「そう?」
「うん。」
「海斗さんって、チャラチャラしたイメージだから。」
「こういう場所、しょっちゅう来てるのかと思ってた。」
「なんかちょっと失礼だな。」
海斗は思わず苦笑する。
「俺、人と関わるのは好きだけど、人混みそんなに得意じゃないからな。」
「でも今日は。」
花火を見上げながら、小さく笑う。
「ラスクロのみんなと来れて、自分でも驚くくらい楽しかったよ。」
「そっか。」
陽奈も優しく笑った。
「それなら良かった。」
再び夜空を見上げる。
その横顔を見つめながら、海斗は静かに言った。
「初めての花火を。」
少し照れくさそうに笑う。
「ひなちゃんの隣で見られて良かった。」
陽奈は花火を見上げたまま、小さく笑った。
「もう。」
「口説くのは本当に好きな子だけにしときなよ?」
その言葉を聞いた海斗は、小さく息を吐いた。
「そのつもりだけど。」
「……え?」
陽奈は思わず目を見開き、海斗を見る。
海斗は花火ではなく、まっすぐ陽奈を見つめていた。
真剣な眼差しだった。
「本気で好きだ。」
「ひな。」
その呼び方に、陽奈の鼓動が大きく跳ねる。
「五年前。」
「ゲームで出会った時から、ずっと。」
その瞬間だった。
祭りで一番大きな花火が夜空いっぱいに咲いた。
轟音が辺りを包み込む。
色鮮やかな光が二人を照らした。
沈黙が流れる。
花火の音だけが響く。
祭りの喧騒さえ、どこか遠くへ消えてしまったようだった。
まるで、この世界に二人だけしかいないかのように。
──ずっと好きだった。
つまり。
ハルが貝類へ淡い恋心を抱いていた、あの頃から。
いや、それよりもっと前から。
貝類はずっとハルを想っていたのか。
頭の中で様々な記憶が繋がっていく。
ラスクロ五周年記念イベント。
初めて実際に会った時。
『マジか……会えたな。』
本当に嬉しそうな顔で笑っていた理由。
初対面なのに、不思議なくらい距離が近かった理由。
優しくて。
真っ直ぐで。
時々、驚くほど甘い言葉をかけてくる理由。
全部。
全部、繋がった。
「……。」
陽奈は言葉が出なかった。
「えっと……。」
海斗の気持ちは嬉しい。
本当に嬉しかった。
だけど。
過去の恋愛で負った傷が、陽奈の足を止める。
また同じことになるんじゃないか。
また傷つくんじゃないか。
そんな不安が頭をよぎる。
一歩が踏み出せない。
戸惑う陽奈を見て、海斗は夜空へ視線を移した。
「今日。」
苦笑しながら呟く。
「伝えるつもりじゃなかったんだけどなぁ。」
「え?」
「ごめん。ひなちゃんを困らせる気はなかった。」
海斗は夜空を見上げたまま続ける。
「歳の差もあるし。」
「急にこんなこと言われたら、困惑するよな。」
「そんなことない……!」
陽奈は慌てて首を横に振る。
だが海斗は優しく笑ったまま話を続けた。
「今のは忘れて、とは言わないけど。」
「無理に返事する必要はないよ。」
「俺は。」
少しだけ照れくさそうに笑う。
「今の自分の気持ちを、ひなちゃんに知っておいてほしかっただけだから。」
「まぁ。」
肩をすくめる。
「所謂、自己満ってやつだね。」
再び大きな花火が打ち上がる。
眩しい光が夜空いっぱいに広がった。
その光とともに、現実へ引き戻されたような気がした。
海斗は大きく息を吸い込み、手足を目一杯伸ばしながら空を見上げる。
「近くで感じる花火の音っていいね。」
「なんか、日頃の鬱憤が全部弾け飛ぶような爽快感がある。」
さっきまでの真剣な表情は消え、いつもの海斗に戻っていた。
「……そうだね。」
陽奈も花火へ目を向ける。
腹の底まで響く大きな音。
それなのに、不思議と嫌な音ではない。
心地よく身体を巡り、胸の中に溜まっていたモヤモヤが少しずつ消えていく。
だけど。
一つだけ。
どうしても消えないものがあった。
『好きだ。』
あまりにも真っ直ぐな、その言葉。
素直に応えられなかった自分への嫌悪感。
過去に囚われたまま、一歩踏み出せない自分。
このままで、本当にいいのだろうか。
そんなことを考えているうちに。
花火の小さな光の欠片が、静かに夏の夜空へ溶けていくのだった。
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