第60話 ひなちゃんのイケメン彼氏
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屋台通り。
花火開始まで、あと5分を切っていた。
人混みの中を、海斗は足早に歩く。
向かった先は、陽奈が買い出しへ向かったであろう屋台エリア。
りんご飴。
唐揚げ。
焼きそば。
たこ焼き。
ずらりと並ぶ屋台からは、食欲を誘う香りと威勢のいい呼び込みが響いている。
だが今はそれどころではない。
海斗は足を止め、辺りをゆっくり見渡した。
「……いない」
ぽつりと呟く。
「おかしいな」
買い出しに来たのなら、この辺りにいる。
そう遠くは行ってないはずだ。
早足で別の道を歩き始める。
だが、白地に淡い桃色の花柄が入った浴衣姿は、どこにも見当たらない。
人の波だけが絶え間なく流れていく。
海斗はもう一度、大きく周囲へ目を向けた。
真剣な表情。
パーマ風の栗色の髪。
彫刻のように整った顔立ち。
さらに百八十センチを超える高身長。
落ち着いた色合いの浴衣姿も相まって、人混みの中でも圧倒的な存在感を放っていた。
「ねぇ見て!」
「やば……めっちゃイケメン!」
「芸能人じゃない?」
すれ違う人たちが思わず振り返る。
視線が集まる。
しかし海斗は気付いていない。
いや、気付いていても気にしていなかった。
陽奈を探すことしか頭になかった。
その時だった。
「あの、お兄さん!」
後ろから声をかけられる。
振り向くと、派手めな浴衣を着た女性二人が立っていた。
「一人ですか?」
「よかったら一緒に花火見ません?」
いわゆる逆ナンというやつだった。
海斗は二人を見ると、ふっと柔らかく笑う。
「お、いいね。」
海斗にとっては慣れたものである。
「二人とも浴衣めっちゃ似合ってる。」
さらっと口にしたその一言。
「えっ♡」
「やばっ! 褒められたんだけど!」
「しかもイケメンから!」
キャー!♡
二人は顔を見合わせて大はしゃぎする。
海斗は苦笑しながら肩をすくめた。
「でも、ごめん。」
「今はさっきはぐれてしまった彼女探してるんだ。」
その一言で、二人の動きが止まる。
「えっ!」
「彼女いるの!?」
「うん。」
海斗はあっさり頷く。
「えー! 本当に?」
「ほんとほんと。」
嘘である。
だがこういう状況の場合、
彼女とのデート中であると嘘をついたほうが
相手が引き下がってくれやすいということを海斗はよく知っていた。
「ふぅーん?」
女性の一人が海斗に疑いの目を向ける。
「じゃあさ!」
ニヤニヤしながら身を乗り出した。
「本当に彼女いるなら、名前言ってみてよ!」
「名前?」
「そう!」
「嘘じゃない証拠!」
今回はそう簡単には逃してくれないようだった。
海斗は少しだけ考える。
(今は急ぎだから背に腹は代えられないな…)
(ごめん、名前借りるよ)
そして少しだけ息を吸ってから答える。
「…陽奈。」
「ひなちゃんっていうんだ!」
「へぇ~!」
「可愛いの?」
その質問に海斗は迷うことなく笑った。
「うん。」
「めちゃくちゃ可愛い。」
その即答ぶりに二人は思わず笑ってしまう。
「そんな好きなんだ?」
「ひなちゃんとはどこではぐれたの?」
「どんな格好の子?」
質問攻めが始まる。
「えっと……」
海斗は困ったように笑う。
「今、その彼女探してる途中でさ。」
あやふやな答えに疑いの目を向ける。
「ほんとかなぁ?」
「実は私達をあしらうために適当言ってたりして!」
二人の声は少しずつ大きくなり、周囲の視線まで集まり始める。
(これは困ったな……。)
そう思った、その時だった。
「あっ!!」
元気な声が響く。
「もしかして!」
海斗が振り向く。
そこには、中学生くらいの女の子が二人立っていた。
一人は肩の上で綺麗に切り揃えられた黒髪の少女。
もう一人は、色素の薄い髪を左右でふたつ結びにした少女。
二人とも目を輝かせていた。
「貴方がひなちゃんの彼氏さんですか!?」
「え?」
どうやら会話の中に出てきた名前を聞かれていたようだ。
海斗は目をぱちぱちさせる。
「えーっと…、誰?」
黒髪の少女がぺこりと頭を下げる。
「私、鈴木歌恋っていいます!」
「私は香山桃子です!」
「ひなちゃんの学校の生徒なんです!」
自己紹介を終えた2人は
海斗を見上げながら目を輝かせる。
「わぁー!」
「ほんとにイケメンだ!」
「話に聞いてた通り!」
「ひなちゃん、すごーい!」
二人で盛り上がる。
その様子を見たギャル二人は顔を見合わせた。
「あ、本当に彼女いたんだ。」
「じゃあ邪魔しちゃ悪いね。」
「行こっか。」
二人は軽く手を振ると、そのまま人混みの中へ消えていった。
海斗はその後ろ姿を見送り、小さく息をつく。
「……助かった。」
そして歌恋と桃子へ向き直る。
「ありがとう。」
二人の手を優しく握る。
「助けてくれて。」
歌恋と桃子は顔を見合わせる。
「え?」
「何がですか?」
「どういたしまして……?」
理由はよく分からない。
それでも二人は嬉しそうに笑った。
その時だった。
「あ、そういえば!」
歌恋が思い出したように声を上げる。
「イケメンなお兄さんが彼氏ってことはさ。」
「ひなちゃんと一緒にいた男の人って、誰だったんだろ?」
その一言で。
海斗の表情が変わる。
「……男の人?」
歌恋と桃子は同時に頷いた。
「さっき見かけたんです。」
「ひなちゃん、男の人と一緒にいたんです。」
「最初はデートしてるんだと思ったんですけど……。」
海斗の眉がゆっくりと寄る。
胸騒ぎ。
「詳しく聞いてもいい?」
先ほどまでの柔らかい雰囲気とは違う。
穏やかではある。
だが、その声にはわずかな緊張が滲んでいた。
歌恋と桃子は顔を見合わせ、小さく頷く。
「実はさっき屋台の通りでーー」
二人は先ほど見た出来事を、一つ残らず海斗へ話し始めた。
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