第58話 鯉、再び。
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買い出しを終え、帰ろうとした、その直後だった。
突然、陽奈の腕を誰かが掴んだ。
「……鯉……さん?!」
陽奈に名前を呼ばれた瞬間、男の表情がぱっと明るくなる。
「ハルちゃん! 覚えててくれたんだ!」
「えー! 浴衣めっちゃ似合うね!? かわい!」
「とりあえず腕、離してくれます?」
「あっ、ごめんごめん! 会えたのが嬉しくて、つい。」
片手で頭をかきながら、慌てて手を離す鯉。
「どうしてここに……?」
突然現れた予想外の人物に、陽奈は戸惑いを隠せない。
「ラスクロでチャットしてるの、チラッと見ちゃったんだよね。」
「夏祭りに参加するって言ってたからさ。調べたら電車で簡単に来られる場所だったし。」
「今日来たら、またハルちゃんに会えるかなって!」
「あぁ……そういうことですか。」
(あちゃー……見られたくない人に見られてたな。)
確かに今日は、ラスクロの武闘会会場チャットで予定を合わせていた。
オープンチャットだったとはいえ、その場にプレイヤーは見当たらなかったため、完全に油断していたのだ。
「ハルちゃん、ゲーム内だとつれないからさぁ。」
「もう一回、直接会って話したいなって。」
「あはは……そういうことですか。」
確かに最近の陽奈は、ゲーム内で鯉を避けていた。
女性プレイヤーに誰彼構わず声をかけるため、自然と距離を置くようになっていたのだ。
いわゆる”出会い厨”である。
(厄介だな……。)
陽奈は周囲をさりげなく見渡す。
鯉と一緒に来たらしい人物は見当たらない。
「え、一人で来たんですか?!」
「もちろん!」
満面の笑みだった。
「ハルちゃんは? もしかして一人なの?」
期待に満ちた目で聞いてくる。
「いや、ゲーム内チャット通り、ラスクロのいつメンと来てて……。」
「でも今は一人だよね!」
鯉は身を乗り出した。
「だからさ……俺とデートしてよ!」
「いや、だから、いつメンが花火の観覧席で待ってて……。」
「あっ、そうか! もうすぐ花火上がるよね!」
「じゃあ、せっかく会えたんだし二人で見ようよ! ね!」
「この人、全然話聞かないな?!」
陽奈のツッコミが祭りの喧騒に響く。
「そんなこと言わないでさぁ!」
「今日はハルちゃんに会うためだけに来たんだよ!」
(本当はアキちゃんや、すい♡ちゃんにも会ってみたいけど。)
(でもハルちゃん、若くて美人だし……。)
(浴衣姿のハルちゃんとデートできたら大収穫!)
(願わくば……。)
(手を繋いで花火を見て。)
(そのまま――キス!!)
(そこから始まる二人の恋!!)
(……鯉だけに。ぷふっ。)
鯉の頭の中では、下心全開の妄想が繰り広げられていた。
もちろん、そんなことは露ほども知らない陽奈は、大きくため息をつく。
「しつこいと嫌われますよ。」
「そんなこと言わないでさぁ。」
「賑やかなお祭りで一人で歩くの、結構メンタルにくるんだよ。」
(じゃあ何で一人で来た。)
陽奈は心の中で鋭くツッコミを入れた。
その直後。
鯉は両手をパンッと合わせる。
「ね! 一瞬だけでいいから相手して!」
「俺を助けると思って! お願い!」
少し情けない姿ではあったが、鯉はそんなことを気にしている場合ではなかった。
前回は、貝類に追い返された。
今回も、このまま黙って陽奈を貝類のもとへ帰すわけにはいかない。
少しでも長く、自分のそばへ引き留めたい。
その意地は、貝類への小さな仕返しでもあった。
なかなか引き下がらない鯉に、陽奈は半ば諦めモードへ入りつつあった。
(ほんとに厄介な人に捕まっちゃった……。)
(こんなことなら、海斗さんと買い出しに来ればよかった。)
「はぁ……。」
陽奈はため息をつき、屋台の熱気で霞む夜空を見上げた。
⸻
一方その頃――
屋台が立ち並ぶ通り。
腕を組みながら仲良く歩く二人の女子中学生がいた。
一人は肩の上で綺麗に切り揃えられた黒髪に、ロリポップをくわえた少女。
鈴木歌恋。
もう一人は、色素の薄い髪を左右でふたつ結びにした少女。
香山桃子。
陽奈が勤める中学校に通う二年生コンビだ。
二人とも動きやすさ重視のラフな服装。
手には、お揃いのヨーヨーが揺れていた。
「やっぱお祭りは屋台巡りだよねー。」
歌恋がヨーヨーをつきながら言う。
「だよねー。でも射的、一個も取れなかったの納得いかない!」
桃子が悔しそうに頬を膨らませる。
「全然違う方向に飛んでたじゃん。」
歌恋は、桃子のコルクが真横へ飛び、おじさんが慌てて避けた姿を思い出して吹き出した。
「あれは風が吹いたから!」
「強風すぎでしょ。」
即座にツッコミが入る。
「ほかの当て物でリベンジしたい……。」
「それもいいけどさ。」
歌恋は桃子の肩をぽんっと叩いた。
「本来の目的、ちゃんと覚えてる?」
「もちろん!」
二人が祭りへ来た本当の理由。
それは――
「「ひなちゃんのデート偵察!!」」
互いを指差しながら声を揃える。
思わず顔を見合わせ、クスッと笑った。
今日の放課後。
保健室で聞こえてきた、陽奈と誰かの楽しそうな電話。
その真相を確かめるため、急遽夏祭りへの参戦を決めたのだった。
「覚えてるならよし!」
歌恋は満足そうに頷く。
「屋台巡りもいいけど、ひなちゃん探しながら歩かないとね。」
「イケメン気になるー!」
何でも首を突っ込みたくなる年頃である。
「でもさ……。」
二人は周囲を見渡した。
「全然見つからないね。」
陽奈を探し始めて、気付けば一時間近く。
途中、屋台に夢中になる時間もあったが、それでも見つからなかった。
「美男美女カップルなら、すぐ目につきそうなのになぁ。」
桃子が腕を組む。
「あっ!」
歌恋が手を叩いた。
「もうすぐ花火始まるし、観覧エリアにいるんじゃない?」
「絶対そうじゃん!」
「歌恋、天才!」
再び腕を組み、人混みを器用にかき分けながら歩き出す。
その時だった。
「あっ!!」
歌恋が突然足を止める。
「あわっ!」
桃子が少しだけバランスを崩した。
「な、何?」
「見つけた!」
「あれ、絶対ひなちゃん!」
歌恋が指差した先。
少し離れた場所に、白地に淡い桃色の花柄が入った浴衣姿の女性が立っていた。
横顔だけでも分かる。
間違いなく陽奈だった。
「えっ! ひなちゃん浴衣姿だ!」
「めっちゃ似合ってる!」
「ってことは……。」
桃子が目を輝かせる。
「あれだけおしゃれしてるんだから、絶対デートだよね!」
「絶対そう!」
「お相手さん見える?」
「うーん……ここからじゃ見えない。」
花火会場へ向かう人の流れが邪魔をして、一緒にいる人物が見えない。
二人は人波をかき分けながら近付いていく。
すると。
人の隙間から、男性の姿がちらりと見えた。
「え……?」
二人の顔が引きつった。
陽奈の隣にいたのは――
「なんか……癖、強くない……?」
二人の期待とは裏腹に、
そこにいたのは、イケメンとは程遠い人物だった。
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